閑話 1
☆来たばかりの詠星です。
まだこの世界に来てすぐの頃、というか、来たその瞬間か・・・。
五体欠けることなく無事この世界に降り立った詠星に精霊王たちは安堵して、父であるガイアスにその報告に出向いていた頃。
「・・っぐ、・・いった・・。」
伸びをしてバキバキッと骨が鳴ってから、瞳を見開いたモノ。
漆黒の瞳は空を見上げ、首をコキッと鳴らして起き上がる。
「どこだ、ここ?」
斎木 詠星。見知らぬ草原にて、御目覚めの瞬間でした。
≪大体さ、右も左も解らない人間を置いてみんなしていなくなるって、あり?≫
文句はありますよ、私だって、と言わんばかりに詠星はユファを見る。
≪お前、勝手に起き出しといて、ゆーよなぁ。≫
ユファは貢物である果物をゴロゴロと詠星の前に転がした。
≪勝手に・・って。≫
≪目覚めぬはずだったのだ。我らが返ってくるくらいまではな。仮死状態で来た詠星を戻ってから皆で蘇生させ、その時に再構築する陣を敷くつもりだったのだからの。≫
エンヤがそう言って焼いた方がうまい果物をその指先の炎で焼いている。
≪要するに、あれだ。この世界の成分が身体に力を与えてしまったってことだろう?やはりガイアスの子は只者ではないという事さ。≫
≪仮死状態であるにも拘らず、いや仮死状態だったからこそ急激に吸収して覚醒してしまったんだろう。こちらとしても初めての事だからな。済まなかったな、詠星。≫
アルファの言葉に続きアークがそう言うと、彼に免じて許してしまう。アークは精霊王の中では一番気が長いというか穏やかだ。それは、まさに大地のように包みこむように。
再構築が済んで、お腹が空いたという詠星の為に、皆が持ってきたそれぞれの食べ物を囲んで話していた。話は詠星がやって来たばかりの時のことだ。
そう、詠星が小さな妖精を捕まえて虐める前までの話。
(虐めてないってば!)
右も左も解らない場所で詠星は目覚めた。
まだ頭がはっきりしない感じで数回頭を振ってから、何故か寝転がっていたのでうんっと腹筋に力を込めて起き上がると、目の前には森の景色が広がっていた。
かなり深い森らしく、木々の景色は切れ間なく、鳥らしき鳴き声やガサガサと何やら動く音も聞こえた。
(どこ?ここ。)
確か自分は酒を飲んで朝帰りの途中で・・・。
タクシーで・・・・公園で話して・・・。朝・・。
と記憶を巡らせていると、急に眼の前に飛び出してきたものがあった。
あの時は冷静だった、というか叫び声を上げたくてもびっくりしすぎて余裕がなかっただけなのだが・・・。
それは詠星の5mほど前にある大きな木の後ろの草むらから飛び出してきたのだが、びっくりしたのはその容貌だった。
(ド・ピンクです。)
イノシシが・・・。
というか果たしてその動物が詠星の知っているイノシシであったかどうかは解らないのだが、容貌はそっくりだった。
まぁ敢えて言うなら、牙が長すぎた感はあったが。
グヒッ ブヒッ とか意味不明の声を上げつつ飛び出してきたそれは、真っ直ぐ詠星に向かって走って来ていた。
見れば手負いらしく、所々血が出ている。
(ヤバい!)
手負いの動物が危険な事位都会育ちの詠星だって知っている。しかもどうやらこれは相当デカイ方に入る大きさだ。
くるっと周囲を見回して、詠星は伸ばしていた足を折りたたみ、体育座りのようにしてからお尻を地面から持ち上げる。そしてぐっと足の筋肉のばねを利用してそのまま上に飛び上がった。
(っって、ゲ!)
イノシシもどきは走り去ったが、上がった詠星が問題だった。
(な・・何ですか、ここ。)
頭上に枝があったのを認めたので飛び上がって捉まる気でいたのだったが上がりすぎた。
いや上がり過ぎたというレベルではなかった。
辛うじて迫って来た枝は避けたが、その上の枝にはぶつかったし、それを折っても勢いは止まらず更に上の枝を折りながら詠星は結局木を飛び出してしまったのだ。
(・・・・!)
その時見えた遠くの景色に、ここが自分の知るところではないと確信した。・・・まではよかったが、勢いは無くなれば後は下降するだけである。
(・・・ですよね・・・。)
落ちる身体を止められる訳もなく、じゃあどうするか?
(捉まるしかないだろ!)
今度は足で小さな枝を折りながら下降し、枝の大きさを識別しつつ掴まれそうな枝ぶりを視線で探す。落下の勢い+詠星の体重・・・ここの重力がいかばかりかは知らないが、大きな枝ぶりの方がいいに越したことはない。
(届け!)
真下に現れた枝に手を伸ばしてしっかりと腕を巻き付ける。
(・・っ!・・)
ギシッと下に引っ張られる勢いに負けて腕が解けそうになるのを何とか堪えると、代わりにバサバサと他の枝が撓り、そして腕が擦れた。ブーランブラン・・・と何度か身体は揺れて止まった。
大きくため息をついて、詠星は枝に身体を引っ張り上げるとその枝に座った。その直後、
「どっち言った?」
「あっちだ、枝が折れている。傷を負ってるぞ、そう遠くには逃れていない!」
ガザガザと草むらをかき分けて3,4人の人が現れてさっきのイノシシ戻りを負っているらしかった。
(狩人・・さんですかね?)
その割に銃は持っていない様子だった。
縛るためのロープを肩にひっかけている者、槍みたいなものを持っている者様々だったが、誰一人詠星が乗っている自分たち頭上の枝を見上げなかったのは助かった。
帽子みたいなものに、肩にはロープ。足元はかなり足にフィットしたブーツみたいなものを履いていて、パンツには膝当ての様なサポーターみたいなものがはまっている。
その声が上を見るんじゃないか、バレるんじゃないか、とハラハラしながら下を見ていると、3人は立ち止まって目印であろうもの木々に刻み、話しながら歩いて行った
「どうしてこうなった?」
思わず呟いてしまったところで、返事をくれる誰がいるわけでもない。
青い空、緑の大地、そして可愛らしい屋根が続く街並。
はぁ~・・・何度目になるか解らない大きなため息をついた詠星だった。
その後、襟もとに入り込んだフィンを捕まえたのだ。
≪そういやフィン、どうしたっけ?≫
≪あいつか?テス、フィンは?≫
≪いますよ、呼びますか?≫
うん、と詠星が肯くと、テスが何やら空気を探ってぱっと手を広げると、そこにはフィンがそうそうたるメンバーを前に縮みあがっていた。
≪フィン!≫
名を呼ぶと、フィンは羽を震わせて振り返る。そしてその視界に詠星を捉えると、にっこりと笑った。
≪御子様。≫
≪その節はありがとう、フィン。≫
冒頭のちょっと前・・・でした。




