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彼方の地から  作者: 竜胆
14/34

14  「準備と覚悟をして待ってて?」

 「お邪魔しまぁす。」

そう言って入って来た人間を、皆は注視した。

漆黒の瞳と髪。白い肌に少年のような少女のような体格で、ランバードを見つけるとそっちへと歩いて近付いてゆく。

「おまえは・・・。」

「誰だ?」

という人々の声に

「パウロ。メアリー知らない?」

という言葉を重ねて無視。

その時、気がつくべきだった。ランバードを新しい名前で呼び捨てにしたその時に。

誰かが術を飛ばした。

「パァ・・ン」という大きな破裂音がして、あぁ吹き飛ばされたか、と皆が思った時煙の中からその人物が一歩出てきた。

何でもないという感じで、全然ダメージもなくそこに立っていた。


「バスクのミグリン神官長。 それが精一杯か?そんなものでは我に傷一つ負わせるどころか、髪の毛一本吹き飛ばせんぞ。」


静かな声ながら、その威圧感は凄まじかった。

「ではこちらもお返しをしようか。」

口の端だけで笑った人物は、すっと手を翳すと、


【返還】


知らない言語で呟いた途端、ミグリンの身体から急速に力が引き抜かれて行くのが皆にも解った。それはミグリンの色を纏ってその人物の掌に吸収されていく。

「い・・い、や・・・やめっ。」

ガタガタと震えながら呻くミグリンと、それを顔色一つ変えず表情すらないまま見つめながら、あろうことかまたランバードと話し出す。

「メアリーに大切な用があるんだ。お使い?」

「えぇ、街まで行ってますが、もう帰る頃だと思います。大切な用とは何ですか?」

ランバードにしても至って普通だ。

「うん、ランバードにも関係するんだけどね、メアリーお嫁に出しちゃってもいい?・・・・・あぁ、もう終わりだね。」

すっと翳していた手を納めると、ミグリンはもう息も絶え絶えといった感じだった。

そしてその人物の掌の上にはミグリンの青を彩った頭ほどある球体が浮かんでいた。

「結婚、ですか?ミハイルですかな?」

ランバードはニコニコ笑っている。うんと肯いて今度は指をくいっと曲げた。途端にミグリンの身体が浮かんでその人物の前まで運ばれる。

「いきなり人を攻撃するようランバードは教育しなかったろ? 若いからって侮られないよう気を張るのもいいが相手を見て喧嘩を売れよ。死ぬぞ。」

視線を合わせてから、その球体をずずっとミグリンに押し付けると、それは彼女の胸辺りから身体の中に取り込まれてゆく。“返すよ”と言いながら。

「大丈夫か?ミグリン。肩の力を抜いて、深呼吸をしながら力を意識して身体全体に行き渡るよう気を巡らせろ。一気に入れたから気を失うぞ。」

と、ミグリンの額に触れてその揺れる身体を指一本で固定しているらしい。そこに来て初めて皆は気がついた。

「い、としごさま・・・。」

誰が呟いたのか、その小さな言葉が部屋に零れた。


「あぁ、そうだ。 我が唯一神ガイアスの子“零”。」






 「御名前を決められたのですね?」

パウロはそう言って席を勧めると、私の目の前に手ずから入れてくれたゾーイという飲み物を置いてくれた。これは地球で言うところのコーヒーにそっくりの味をしていて、コーヒー党だった私にとっては、非常にうれしい飲み物だった。

ただ…そうただこれって木の実なんだけど・・・なんだけどさ・・変な形してんだよね。初めて見た時は即効消えたもん、その場から。

だって!! だってよ、よりによって! 

あぁ、確かに嬉しかったさ。美味しいし懐かしいし。・・小さい頃からいろいろと視えたり感じたりしてきて、あんまり怖いものがない私だって怖いもの、というか好きになれないものはある。

パウロがこうしてゾーイを入れてくれる度に、それを口に入れながら(でも飲むんです。だって美味しいから。)あれをつい思い浮かべるわけよ。

美しい緑の木の枝にびっしりと、そうびっしりとなっているゾーイの実。あの黒々とした艶のある・・・大きさといい光り方といい、よく似た地球の生き物、ゴ●ブ●をね・・・。

でも哀しいかな美味しいんだよね、また。

喰い気(飲み気か?)に負けるって人としてどうなんだと思うこともあるんだけど、まぁ今更か?とか開き直りも必要だよね、だって異世界だし、精霊だし、神様だし・・ってかなり現実逃避して、現在に至ってる訳で。ついつい浸っちゃうわけなのよ、これが出ると。

「・・うん。呼びにくかったろ?それにほら、バレバレ感がちょっとね・・・だから。通称って思ってくれていい。」

“創る”のがガイアスで“壊す”のが私なら、名前は単純に“零(0、ゼロという意味で“レイ”)“でいいんじゃないかと思ったんだ。ポチやタマよりまともだろうし。

「零様。先程は失礼を致しました。ランバード神官長より話だけは聞いていたのですか、よもや来て戴けるとは思っておりませんでしたので・・・。」

深々と頭を下げるミグリン。彼女は最近神官長を拝命したばかりの女性で、元はパウロの養子。何でよその国かというと、この世界ではガイアス以外の神はいないから。つまり世界唯一神がガイアスなので、どの国もガイアスを信仰し、神殿も王のいる街の本殿はガイアス神で、あとの地方はそれぞれその土地にあった精霊の神殿だったり(たとえば海沿いだと水関係でアーリー神の神殿とか)、でもどこの街にも大きさは異なれど神殿はあるんだと。

そしてそれぞれの国にたった一人神官長が配属されている。これは転勤制があるらしくずっと死ぬまでその国、ということはないそうだ。それは特定の国や地域、王や貴族との癒着を防ぐためなのだそうだが、神殿や神官の立場は基本中立。どこにも属さず、誰の臣下でもなく。長は当たり前ながらガイアスで。

「用がね、あったんだ。二つ。一つはね、さっきも言った通りパウロの子、メアリーに求婚をしたいと申し入れがあったことと・・あとひとつは・・パウロ。」

パウロをじっと見る。

「はい。」

貴方は気が付いているでしょう。聡い人だから。

「ここを、サージェスを出ようと思う。」

そう言うと、

「はい。」

にっこりと、解ってますよって顔で返事をされた。

この人は爺様みたいだ、といつも感じていた。実年齢からいくと、父親の方が近いんだろうけど(どうかな?ここって1年=520日あるからな。それで計算すると、私はまだ13歳だよ。)無条件に甘えたくなるってゆーか、解ってますよ感がある割に、それが嫌味でなく前面に出されないさり気なさが、“大人の人”って感じなんだよね。

「私どものどれかの国にお越しですか?」

さっきから人をガン見していた彼が言う。

金茶の髪に細面の茶の瞳。そうか、実家が山岳地帯だからアークの加護付きか。

「そのつもり、ってゆーか、全部を回ろうと思ってる。」






その言葉に部屋の中がざわめいた。自分たちの国にまで来てくれる、と。さっきまで話していた議題はまさにそれだったのだから。

「中にはパウロが独り占めしてるなどと、不穏な言葉もあったようだが・・・なぁ? ザクトの。」

と冷たい空気を纏わせて零様はランバードの向かい側に座っているザクト国神官長コスタモールを見た。

「そ・・・すみません。」

”そんなことは・・”と言いかけたのだろうが、彼は頭を下げた。

「イライラしている原因は解っているが・・・気になるくらいなら今回は代理を送ればよかったろう?来る馬車の中でもずっと愚痴ってたな。流石にお前たち一人一人の都合に合わせてこちらは動けないし、動く気もないからな。・・・コスタ。」

ビクッと彼の肩が揺れる。

「生まれたぞ。無事だ。奥方も大丈夫だぞ。つい先ほどだ。・・・・あぁよく泣いてるな、元気な・・・。」

「女ですか?女の子ですよね?」

零様の言葉を奪うようにして身を乗り出し、唾を飛ばす勢いでコスタモールは聞いた。そうか・・・。だから最初からイライラしていたわけか。

「・・・・。」

そんなコスタモールを見ながらにやにやして零様は、肩を竦めて教えなぁいと言っている。

「零様!」

「おっ!・・・母親譲りの金の髪に金の瞳。真っ白な肌の、そう・・待望の女の子だよ。」

やった! と飛び上がる勢いで席を立ったコスタモールに零様が口を開く。

「コスタ。お前、すぐ帰れ。」

「・・・・は?」

部屋がシン・・とした。それは怒っていっている訳でないのは、声の調子で解る。表情はあまり変わらない方の様だから、知らず声で判断してしまう。コスタモールは、零様を振り返って泣きそうな顔をする。

「ご不興を?」

「違うわ。どんな暴君だ、私は。・・・オーズが下りる。私が送ろう。その方が早い。パウロ席を外す。皆庭にいてくれ、すぐ戻るから、私の旅の連れを紹介しておく。」

言ってすぐのことだった。零様はコスタモールの襟首をガシッと掴んだかと思うと


【転移・目的地ザクト神殿】


消えた。

もう誰一人声を出すことは出来なかった。

この世界には魔法がある。しかしそれでも転移は魔法陣を使って行われるものであって、一言で転移を、それもほかの人間を連れてというのは初めて見た。

(でたらめだ。)



 指示されたように中庭に出るとすぐだった。目の前の空間が光ったと思ったら、零様が立っていた。

あっさり帰って来た零様は手ぶら…いやお一人だった。皆がコスタモールを探すような素振りをすると、「置いてきた。あれは今日は使い物にならん。」と微笑んでいらっしゃった。

「先ほどの言葉は・・。もしや。」

「ん? あぁ、生まれた子はオーズの加護付きになる。嬉々としてオーズが下って来ていた。オーズ好みの美しい赤子だったよ。綺麗な瞳をしていた。」

≪御子様、そのような言い方は・・・まるで主が。≫

≪うるさいな、マルスは。事実だろう?お前だってあまりに速さに呆れていたくせに。≫

≪ですが・・・。≫

≪いいじゃないか。あれはフラウの花の精を付けることになったぞ。気にかけてやれ。≫

≪・・・御意。≫

風の精霊と話しているのは解った。言葉は理解できないが。精霊語は、どんなに修業をしようが勉強をしようが、人間には聞きとることは出来ないし覚えられない。


【魂・魄】


現れたモノに、皆は後ずさった。更には≪ま・・魔獣。≫と言ってしまい、黒い方に不興を買った。

「魂と魄だ。 魔獣ではないよ、どっちかってゆーと神獣だから。彼等と共に行く。どこからどのルートでとは教えない。それにこの格好でも行かないから。」

そう言うと顔を一撫で。瞳の色と髪の色が変わる。

「それに一番に神殿に顔を出すとも約束はしない。私は街を人を見てみたいからね。」

この国の王が会いたいと打診してきた時、「なら来れば?」と言った話はランバードから聞いた。

「ただ、貴方たちには言っておこうと思って。 父から“守るに相応しくないと判断したら壊していい”と言われていることをね。」

静かに言われた言葉に、最初は理解が出来ず、そして理解した後は驚愕した。

“壊す”

零様はふっと笑って静かに佇んでいる。私たちの反応を見ているようだった。

「そ、んな・・・何故? 何故ですか?」

ミグリンの呟きに、

「そんなに驚くことか? 何も全てを滅ぼすとは言ってないぞ。ただ、一部の人間が得をし苦しめられている人間がいた場合、そしてそれが理不尽であったなら、私は迷わず力を振るうと言っているだけだ。その一部の者たちだけが消えることになろう。それで何か、困ることでもあるのか?」

零様はミグリンへと視線を投げながら、言っていることは全員へだ。

「それ・・・がもし王族でも、ですか?」

「当たり前だろう? そんな事が躊躇する材料にでもなると思っているのか? 何の為に神殿は中立でどこにも属さない作りになっていると思ってる、ソレイク。何故見て見ぬ振りをし、耐えねばならん。そなたたちの力が小さいからというのなら、なぜ精霊王たちや父を呼ばん。心からの助けの言葉なら届くのに。そうパウロは教えたろう?得をし、悪事を働く者たちの声にかき消されてはならない。許してはならない。“真実の扉が開く時、人は平等に裁かれん。”お前たちが毎日の祈りをする時に最後に唱える言葉は飾りではないのだぞ。」

事実、決まり事のように祈りをし、その言葉の意味を神官になった当初ほど考えたことは最近はなかった。それが真実だと零様はおっしゃった。

だったら、日々愚痴を言っていた自分の悩み事も恨み事も?全部届いていると?

そう考えていたら、こちらを見てにやりと笑われた。

(まさか・・・ほんとうに・・?)

「内容を嗤っているのではないぞ、ソレイク。百面相をしているそなたの顔が面白いから笑っているだけだ。もちろん、内容を知ってはいるがな。」

またにやりと含み笑いをする。

「ひどい!」

「聞こえるのだから仕方ないだろう?加護付きのそなたたちは他の民より私たちに近い。その分聞こえる。職業病だと思って諦めるんだな。それに今更だろう?・・・今までだって散々付いている精霊を通して育ってきた過程の全てを見られているんだから。」

あんな事もこんな事も、振られた事も恥をかいた事も・・・。落ち込んできた。


 「まぁ・・・そういうことだ。とにかく私は世界を回る。何かあったら何かするかも?だから、心の準備と覚悟をして待ってて・・・ってことだ。」

疑問符付きなのがいかにもで、怖かった。

・・・ってことでやっと旅立ちます。けど、その前にあと一つ。

そうあの甘えん坊の始末です。

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