13 「教えなぁい。」
神殿の奥、神官長ですら許可なく立ち入れない場所がある。
「パウロ。」
そこに座す人影がゆっくりと立ち上がって振り返る。
漆黒の髪、向けられる迷いのな黒曜石の瞳。
「愛し子様。」
パウロは床に膝をつき、見上げた。
白い肌を惜し気もなく曝し、手が痺れるほどに冷たい泉に身を浸していた詠星は、薄い布一枚の姿でパウロの前に立つ。濡れた身体にその布は纏わりつき、いやが上にもその性別を露わにする。そして、
「ご成長なされましたか。また力が上がっておいでです。」
曝した姿は、ここへ入った時より僅かに大きくなっていた。
身体の細さなどは変わらないものの、身長が伸びている。髪も伸び、肩辺りで遊んでいた毛先は、背の中央まで伸びている。手足が長くなり顔立ちも僅かに大人びていて、当初は10歳程度と思われていたが今では15、6には見える。それでも実年齢を考えると幼く見えるのだが。
(どうやら空気に馴染んできたらしい。)
と詠星は思った。
”この世界”の空気感に、人間であったはずの詠星の身体が。
(それってますます人外ってことデスネ。)
複雑な心境ではあるが、ガイアスを自分の父と認めたあの時から、“嫌”ではない。
(でもいいこともあるもんね。)
乾いた布に身体の水分を吸い取らせながら、自分の身体を改めて見る。
”電信柱”だの“まな板”だのと言われていた己の胸が大きくなっていることだ。
(どれくらいなんだろうね。これ。)
大学生になってまで胸が無きに等しかった故に、詠星は信じられないことにブラというものを着けたことがなかった。だからカップ数なるものを知らない。
「メアリーには遠く及ばないけど・・・。」
ぼそっと口にすると、着替えを用意していたパウロが、
「あの子は特別大きくございます。愛し子様は一般的ではないかと、乏しい私の知識ではございますが。」
と言って、着替えを手渡してくる。
それに何と返していいものか・・・バサッと被るだけの服を着て、詠星は言った。
「いつものところにいる。」
【パウロってばさ、好々爺って感じのくせして、意外と遊んでたりしてたのかな?】
久しぶりの日本語を語りかける相手は・・・。
【そうだな。今でさえあれほどなのだ。若いころはさぞやモテたろうな。】
真っ白な毛並みの獣。
マンモスほどの大きさの。
【いやぁ~!生臭坊主?】
【それを言うなら神父だろう? しかもここでは妻帯は許されているゆえ、“生臭”扱いは可哀想ではないか。】
長く大きく美しいふっさふさの尻尾を左右に振りつつ、背に乗っかっている詠星にそれは言った。
【突っ込まないでよ、言葉の綾でしょう? つーか・・・魄も大きくなってるし。】
【うむ。主の力が上がった故我らの力も大きくなっておる。】
【それって魂も?】
【そうだな、我らは対故な。嬉しいぞ。】
【そっか、なら良かった。お休み。】
ふあわわぁ~と欠伸をして、詠星は眠りに入った。
面会をさせてくれ、と申し出る人間は後を絶たなかった。
それこそ王族から貴族、庶民に至るまで様々で、その内容も「子供のどれに跡を取らせたがいいか?」だの、「うちの人はいつ帰って来れるのか?」など、挙句には“占い師ではないんですぞ。逆に不興を買ってしまわれます。”とパウロが追い返さなければならないほど。
鉄壁な結界を張ってあるので、危害を加えようと思っている人間は一歩たりとも神殿の敷地にすら入ることは出来ないが、逆を言えば敵意さえなければスルーである。
「ミハ エセル 。」
「「何です?」」
鍛錬が終わって草原にうつ伏せていたのをゴロンと空を見上げる様に態勢を変えて二人を見る。
ミハは私の横に座っていて、エセルはまるで見張りででもあるかのように起立したまま周囲に視線を飛ばし、精霊術で気配を探っている。
「ここを、出ようと思う。」
そろそろ潮時ではあると思っていたが、このところの訪問者の数とそれに忙殺されているパウロが本来の仕事が出来ないほどだと聞けば、名づけ親の親心が疼く。・・・って、聞こえはいいが、興味を押さえられない。
元々面倒臭がりの割に、自分ひとりであれば結構活動的であった詠星にとって建物の中から出ないという生活を長くは続けられないのも道理だ。
「どちらに?」
「決めてはいない。が、世界を視ると父に言って出て来たから。」
この世界で生きてゆくと決めた時、自分が護っていかなくてはいけない世界が、どんなものなのか説明ではなく自身の目で確かめたいと言い出したのは詠星だ。
それをガイアスは快く肯いてくれた。
≪行っておいで、詠星。≫
と。
≪君が護るに相応しいと思える世界かどうか、異世界で育った君だからこそ解ることもある。≫
それでもし疑問が生じたら、精霊王たちなり自分自身の力なりを使い、正すか消滅させるか決めていい、と。
≪それでいいの?壊しちゃったらどうする?≫
≪いいんだ。試行錯誤して創り上げていくものだろう?ここは元々我の力で成り立っているものだ。我は“神”だと言われているが、自分自身で“神”だと名乗ったことも意識したこともない。ただ生まれたのが何時かすら解らないが、存在したその時から、この力は“あった”のだ。それについてしばらく考えたこともあった。”なぜ力があるのか”、“なぜ我なのか”と。しかし答えをくれる者はいなかった。だって“我”は“我”のみなのだから。 だったら、生かすにはどうしたらいいと考えたのだ。我は”生みだす”ことしか出来ん。だったら”生めばいい”とね。生みだされたものは創ったものというのは、何時かは壊れるか壊されるものだ。しかし我にはそれが出来ない。その為に精霊王たちを作った。守り、壊すために。彼らは我の息子たちだ。だったら詠星、貴女は我の娘だ。 彼らと同じ我の力を持ち、しかし彼らと違い我と性質の同じ全ての力を持つ。貴女だからこそ出来ることがある、我はそれを反対する気も止める気もない。貴女は貴女らしくここにあってさえくれればいいのだ。≫
そう言っていたガイアスの言葉を人間たちに教えることはないが、”造る”ことのみにしか力を使うことが出来ないというのは歪なことだ。必ず反対に作用するものが出てくる。それが“私”だというのなら、“私”はこの目で確かめなければならない、と思うのだ。
世界を。
人々を。
その暮らしを。
「御一人で、行かれるですか?」
「う~ん・・・それはパウロにも反対されたんだけどね・・・まぁ今日会合があるだろう?それにちょっと顔出して他の国の神官長たちにも顔見せだけして、行くことは知らせておこうと思ってるよ。でも誰を何人連れてどのルートから行くとかは教えない。まぁ、抜き打ちテストみたいな?」
というと、抜き打ちテストが解らなかった二人に説明をする。二人は納得して肯いたのだが、ミハイルが、
「では連れて行く“誰か”は決めてるのだな。」
と鋭いことを言う。
まぁ二人には見せてもいいか、と目の前に広がる草原に二人…というか二匹を出すことにした。
【魂・魄】
突如空中から出現した二匹のものは、スタッと彼女の前に降り立つと、その巨大な身体に似合った太い脚を折り曲げ彼女の前に従うかのように身体を伏せた。
世界には沢山の獣も魔獣もいる。しかし、これは・・・。
真っ白の体躯に長い体毛、金の瞳に長い鼻面。大きく口が裂けたその顔は一見魔獣よりも怖そうだが、瞳には理知的な光が宿っている。もうひと片も同じ感じだが、色は黒。闇のような濃い黒だった。
「これ・・・は?」
驚きで声が途切れがちなエセルがやっとそれだけを吐き出す。
「“式”“式神”という。黒が魂、白が魄。私が幼い頃より傍にいる。・・・彼らと行くよ。」
(シキガミ)
耳慣れない言葉を時折話す愛し子ではあるが、また奇妙な神の名前を告げた。
「“それ”は・・・。」
ミハイルがそう言いかけると、
【“それ”とな? お主、無礼な。】
黒い方・・魂がそう言って大きな口を開いた。
【こら。その言葉じゃ通じないよ。さっき教えたじゃん。】
何と言っているのか解らないが、愛し子が何かを言うと、今度は白い方が口を開いた。
「お前”ミハイル”とか言ったな。我は気が長い方だが、これは気が短い。“それ“呼ばわりに怒っているぞ。」
と、親切にも教えてくれた。が、
「“これ”って何だ!“これ”とか“それ”とか・・・・お主ら纏めて噛み砕いてやる。」
黒い方が怒って唸ると、すかざず愛し子が髭を引っ張った。
「やめて。ミハは友人なんだよ。・・・・ごめんね、久しぶりに出てこれて伸び伸びしたいんだ。大丈夫だよ、口では何といっても彼らは強いから。そして日頃はコンパクトだし。」
「コ・・・?クト?」
「あ・・あぁ、いいよいいよ。ごめん解んない言葉使って・・・。それよりミハとエセルには頼みたいことがあるんだ。留守中。」
“留守中“という言葉を使うということは、いつか“ここ”に戻ってくる気でいるのだろう・・・とそれだけで、ほっとする自分がいるのをおかしな気持ちで考えた。
「何ですか?」
「アッシュフォードを、ね。鍛えなおして欲しい。発つ前に挨拶には行くけど、腑抜けになってるんだ。ショックが強すぎたのかもしれないが、必要なことだったしさ。・・・私はね、“王”であるなら、綺麗なことも穢いことも、いや穢いことなら尚更他の臣下たちより知っておくべきだと思ったんだ。だって、解っててそれをやるように命令する立場だから。清濁飲み合わせて、それでも国民の前で、爽やかに笑っていられるのが“王”の仕事だと思ってる。」
仕事、ですか・・・と俺が言うと、
「そうだよ。”王”という役職の“仕事”だよ。個人のことを指す言葉じゃない。だって引き継がれてゆくモノだから。今はクリフォード、次はアッシュフォード。この国ではね。誰よりも辛く苦しく、それでも雄々しく大らかに笑っているのが仕事だよ。だからこそ尊敬を集め慕われる。愚痴を言う王なんて見たくもないし、飾りなら尚更いらないだろ?民にとって“この人がいれば大丈夫””この人に付いて行けば大丈夫”と思われる度量を持つ者が“王”だよ。出来ないなら、最初から継いじゃ駄目だ。後になって“やめた“が出来ない仕事だから、最初に覚悟を持たないと。一生臣下と民の前では仮面を被って生きてゆく覚悟を。決断をするなら、その責任と結果をすべて一人で負う覚悟をね。」
それを二人に持たせてほしいと彼女は言った。
「何故ですか?ミハイル隊長はまだしも・・・。」
「お前が学友で在り、心の底ではお前を必要としているし、好きだからだよ、アッシュが。」
信じられない!という顔をして彼女を見つめるエセル。まぁそうだろうな、とは思う。今までの態度が態度だったから。嫌がらせしかしてるのを見たことがないからな。
「だから。お前も“王太子”としてではなく、“同級生”として接してやって。・・・言ったろう?アッシュは甘やかされて育ってきたどうしようもないボンボンなんだよ。甘ったれで、意気地がなくて我儘で。」
「要するに“子供”だと言いたいのか、王太子に向かって。」
俺の発言にびっくりした顔をしてエセルは慌てて周囲を見回すが、誰もいやしない、と肩を竦める。
「そうだよ。立場なんか関係ないだろ?“それ”は自身で自覚するものだ。そこから出発しなくちゃいけないのを、あのガキはしなかった。生まれた時から与えられて育ってきたために誰も教えてやらなかった。教えるべき相手はあの公爵だろう?保身と出世のことしか頭にない。あれは王のミスだ。クリフォードにもそう言っておいた。だから同じ歳でありながら自覚が出来ているエセルと自他ともに厳しいミハに頼みたい。」
「わ…私は、そんな立場では・・・。そんな大それた・・。」
「・・といえるエセルだから、だよ。“己が無知であることを知る人間は馬鹿ではない。己の無知を知らない人間は馬鹿である“だよ。お前にはアッシュの逃げ道になって欲しいんだ。マーカスと共にね。正直本心を曝す人間が一人もいなければ、人は潰れる。綺麗事だけでは生きてはいけないから。“王”の仮面を脱げる場所がなければアッシュは潰れる。その場所になってやって。真夜中にグダグダ言いながら酒を飲む相手でもいい、執務室で悪態をつく時、突っ込みを入れる相手でもいい。その内、その仲間に王妃も加わる日が来るだろう。」
にやりと笑う彼女に、まさかと思う。
「・・・王妃の当てが?」
王太子は女癖が悪いことで有名だが、本気の相手は今だ一人もいない。秘めたる相手がいるのかすら。
「あるよ。でも教えなぁい。」
にやにやとほくそ笑んでいる彼女は、とても楽しそうだった。
成長しました。約10㎝ほどですが。それでも小さい方です。




