11 「加護を取り上げる。」
「”精霊に何が出来る”とほざいてたな。」
怖いくらい静かな声にびくりと顔を上げる。
【転移】
視界がぼやけたと思ったら、王城の裏の丘に来ていた。
「フローレンス、お前にはきついだろうが、お前が学習することは腹の子も学習する。親の務めだと思えよ。」
何をする気なのか説明する前に母上にそう言うと、母上は、
「いえ、先ほどのことですっかり身体が軽くなって、久しぶりに気分がいいのです。それに私も知りたいのです。この世の理を。」
と、微笑んで頭を下げた。そうか、という感じで彼はそちらへ肯くと皆へ向き直る。
今この場にいるのは、父上と母上、自分にエセル、マーカス。そして数人の護衛と魔術師、そして主だった幹部の貴族たちだ。貴族たちは今まで執務室の隣で会議中だったのを、そのまま一緒に連れてこられたらしい。
「アッシュフォード。お前が思っていることは少なからず加護付きではない奴は思うことだろう。それを何というか知ってるか?」
「知らん。」
「馬鹿だな。」
「馬鹿ではない。」
「エセルよりは馬鹿だろう?何一つ叶わなかったくせに。」
「・・・・っ不敬だ。」
「二言目にはそれしか言えん馬鹿だからこんな紐を生みだすのだ。」
「何だとっ!」
「真実だ。認めよ。そこからしか人間は強くなれん。」
「それは・・・。」
言い返す自分に彼はため息をつく。それがいかにも小さな子供の我儘に対する感じのもので、胸の中に情けなさが広がってゆく。
「まぁ、いい。今から見せてやろう。お前たちが軽く見ている”精霊”が何をお前たちに与えてくれているかを、な。」
【範囲結界】
私を中心に半径100mの範囲で結界を張った。それは空も地中もだ。
≪エンヤ アルファ ユファ オーズ アーリー テス アーク 協力してくれる?≫
7精霊王を呼びだした。
今この中にいる者は私を除いて30人ほど。その中に加護付きは5人。その5人にはうっすらと精霊王たちの気配が解るのだろう・・自然と膝が折れている。
「今、王たちを呼んでいる。姿が見えないのは不便だろうから、視えるようにしてやろう。もちろん聞こえるようにもな。」
≪みんな姿を強化してくれる?≫
言うと、
『お前の心のままに≪詠星≫』
私の名前以外は聞こえるように調整した声は、皆に届いているようだった。そして、皆の顔に広がる驚愕。
≪恥ずかしいだろう!≫
7人が私を丸く囲むようにして傅いているのだ。そりゃ驚くよ。だって”精霊王”だよ”王”。
(やーめーてー・・・)
恥ずかしがっても極力表情は変えないようにしつつ、皆を見回す。
『何を望む?≪詠星≫』
加護を取り上げる。
そう宣言して、アーリーに向き直る。
「結界内限定で加護を取り上げて、アーリー。」
『御意に≪詠星≫』
アーリーが光を発すると、それが収まった時には傍にあった池の水がどんより曇っていた。透明度がなく、まるで毒でも含んでいるかのように底が見えない薄汚れた感じの池。そしてそれに続く川もまた同様であった。しかしその先、結界を出た後の川は本来の輝く透明な水の流れのまま。
『飲み比べてみるといい。』
人々にアーリーが言う。皆それぞれに手で水をすくって飲み比べる。その味の違いに、後から結界内の水を飲んだ者は吐き出していた。
『不味いと感じるのは、その水の中に栄養素が入ってないからだ。水はただ水なのではなく、その中に見えない栄養を蓄えそれを飲む者に与え、また植物へと受け継ぐ。私は水の監視者、加護を取り上げればむろん雨も降らせない。池もそのうち枯れるだろう。』
そう言ってアーリーは消えて行った。
「アーク、お願い。」
言うとアークはにやりと笑って私の手を取ると、その甲に温かい唇を押しあてた。
(何すんだ・・・。)
こっちが恥ずかしがっていると解ってての、悪戯っ子的な笑みを浮かべつつ。
『承知した≪詠星≫』
アークが肯いた途端、ちょっと離れたところにあった木が倒れた。
『僕は大地の監視者。さっきアーリーが水分を抜いたところに僕が加護を取り上げたせいで地面が木を支えられなくなったのさ。触ってごらんよ、さらさらした砂みたいな地面だろう?加護と水分が抜けてしまえばそうなる。木どころか植物さえ育ちはしないよ。』
じゃあねぇ・・と言いながらアークも消えた。
『次は私か?』
「テス、ごめんね。」
『いいや、何よりお前の頼みだ。馬鹿がいると大変だな。我の加護を取り上げよう。』
言った途端だった。結界内に態と含ませた森の一部の木々たちがシュウシュウ・・・と音を立てながら枯れて行った。枝が落ち、木が倒れて、腐って砂のようになってゆく。
そしてテスの足元からススス・・・と地面の芝が枯れ始め、結界内に緑がなくなった。
『我らの≪詠星≫を罵った意味を知れ。≪詠星≫が許さなければ、お前たちは隣と同じ目に会うことになるぞ。』
言い捨てて消えた。
テスが一番怖いと思うんだ、7人の中では。
『そうだな、あ奴はめったに怒らんからの。その分怖いの。では我か?』
「うん、お願いエンヤ。」
『可愛いのう≪詠星≫だがしかし・・・・フローレンス。』
エンヤは王妃に近づいて行く。そしてそのお腹に手を翳しつつ、小さく呟いてから顔を上げた。
『腹の子に触る故、一時的にその子だけは加護で結界を張ったぞ。・・・我が加護を与える予定の子ゆえな大事にしてもらわねばならん。その子が人為的にでも殺されたら我はこの国ごと燃やしかねん。』
恐ろしいことをにっこりと笑いながらいい、皆に向き直る。
『我はエンヤ。炎の監視者。我が司るは炎のみに非ず。お前たちがあるのが当たり前だと思っているあの火も我のモノ。よって…。』
太陽を指さしてエンヤが宣言すると身震いするほど寒さが押し寄せてきた。
『我が温めた空気も冷える。死ぬまで凍えて我が身を省みろ。』
いいながらフェードアウト。
「オーズ。」
『何だい、俺は最後かと思ったよ。だって俺が加護を取り上げると確実に死ぬぞ。』
そうなんだよね、だって大気だから。だから・・・。
「一瞬でいい。それでフローレンスのみ除外してほしいの。」
だって子供に酸素がいかなくなっちゃう。
『なるほどな・・・楽な仕事だ、承知した≪詠星≫』
『俺は大気の監視者、オーズ。今から加護を取り上げるが心して受けよ、愚かなる人間よ、パニックになるなよ。』
言ってフローレンスの背後に回る。
『よく見ておけ。お前が逃れることが出来るのは、腹に子がいるからだ。それがエンヤの加護付になることが決まっているのと、≪詠星≫の優しさだ。』
途端に皆が喉を押さえてのたうつ。
そりゃそうだ。
だって空気がないんだもん。苦しいよ。でもね1分くらいは息は止められるし。まぁ前置きがなかった分吸い込んで息止めてって感じじゃなかったから不意打ちで苦しさ倍増だと思うけど。
『解除。・・・≪詠星≫を怒らせるな、俺たちの兄弟であり父を同じくするものであることを忘れるな。』
最後のちょん・・とフローレンスの周りに張った結界に触れてパチンと壊してから消えた。
『最後は俺たちか。』
ユファとアルファが左右に並ぶ。
「うんちょっと特殊でしょ。長い時間がなければ分からないから。だから。」
そう言って二人と手を繋ぐ。
『人間たちよ、俺たちは昼と夜の監視者。その意味が解るか?』
マーカスが口を開く。
「まさか…時が・・・。」
『そう、流れることのない永遠の時間の狭間に落ちる。俺たちの加護がなくなる時それは時間が止まる時だ。もちろん加護を取り上げるのだから一番最悪の時間に、だ。見るがいい、我らが加護を取り上げた一番新しい場所だ。』
皆が立つ空間を小さく纏め、半径10mほどにしたものを飛ばした。
リンドル王国 首都ドートル
昼と夜のこない空間と、普通どおりに昼と夜が来る空間が並び立つ国。
その間には直径10㎝ほどの壁が立っている。不可視の壁だ。内側…つまり王城と貴族街からは外は見えるし音も聞こえる。庶民たちが暮らす外側からは中を感知することはできないし、そもそもそこに“ある”ということを認知することは出来ない。
テスの加護を失った内側と加護溢れる外側。そしてそれを見せつける様な壁。テスの怒りの深さと怖さが浮き彫りになっている。
『俺たち精霊は、お前たちのように子を成すことはない。その分加護付きに対する気持ちは深い。それこそお前たち人間の愛情などにも負けないほどな。永遠の時を生きる俺たちにとって、お前たちの命など一瞬に等しい。その中で加護付きの成長を見守り死ぬのを看取り、また輪廻で還ってくるのを待つのがどれほどのことか解るか?テスの目の前で殺された加護付きは280年ぶりに還ってきた魂だった。しかもテスのお気に入りの精霊をつけてやるところだった。加護付きが死ねば、それに付く精霊もまた消滅する。テスは目の前で二人の子を殺された。目を抉られ踏みつけられ四肢を裂かれた遺体にテスの叫び声で俺たちはみな呼びつけられた。”殺しても足りない”とテスが言うから、こうしよう、と提案したのは俺たちだ。永遠に俺たちの“檻”の中へ。テスの怒りが収まるまで、永遠に。』
そこには幽鬼のように壁伝いに彷徨っている人間たちがいた。壁の向こうを羨ましそうに妬ましそうに絶望の瞳で見つめながら、時々壁を叩いては絶望しただ歩く。穴や壊れているところはないかと思いながら歩いているのだろうが。
「他国に逃げた貴族や王族、すべてがこちらへと戻されている。何も知らずに働いていただけの人間は逆に全員出した。この中の人間たちは知っていて何もしなかった者と一緒になって贅沢をし国を疲弊させ、民を苦しめたもの。皆罪のあるものばかりだ。国自体が苦しんでやっと生まれるはずだったテスの加護付きを失くした罪は全員で払ってもらう。王城内で蓄えた食糧が一番尽きた時を見計らってユファとアルファの力を発動させたんだ。飢え、苦しみもがいたところで、テスの加護がない故植物は育たない。また二人の加護もない故時間が動かないから芽すら出ない。殺し合っても死にはしない。傷は出来るけどね。自殺も出来ない。」
「・・・。」
ユファがアッシュフォードの頭を掴んで、目を反らせないようにする。
『我らの加護なしでは生きてゆくことすら出来ぬお前たちが、俺たちの愛しい加護付きを愚弄することは許さん。お前が愚弄したパウロはな父自らが選出した選ばれた魂だ。死して3度の転生を繰り返しつつ善行のみを行い、父自らが名を与えて来た稀有な人間だ。お前などより余程価値がある。それを一歩間違えば自らの国をこのような目に合わせるはずだったお前がこの口で語るな。』
「しって・・・。」
『当たり前だ。俺たちはいつもそこにいる。何時いかなる時も。お前がエセルを罷免しようとした時もパウロの忠告を一笑した時も。”今は北部よりも自分の地盤を固めることが先決だ”などと、貴族に根回ししていた時もな。そんなに腹の子が怖かったか?自分の地位が奪われるかもしれないと?お前とあのカイロスの立ち位置は同じだと気付け。』
目の前に曝されているのは3年たった今も死んだばかりのように横たわっているかつての隣国王太子カイロスの姿。両目を抉られ、身体中の骨が潰れているのであろうぺしゃんこになった姿に深々と剣が刺さっている。
「クリスが死んでいたら、次はお前たちの国だった。クリスがパウロにひそかに保護されていなければね。クリスとパウロとクリスに付いている精霊に感謝しろよ。精霊は主であるテスがどれほど怒るか知っていたから、必死でクリスを庇って逃げ出したんだ。戦火の中、まだ6つのクリスを隠しながら隣町まで。」
さて、心を入れ替えますでしょうか。




