1 「お前、誰?」
(・・・行ったか?) そっと溜息をついて肩の力を抜くと、トスン・・と背を木に寄りかからせた。見渡す視界いっぱいの平原。その奥に遠く見える街並。色とりどりの屋根。
(綺麗だなぁ。)と、普段であったならのんびり眺めるところだが…。
(どうしてこうなった?)今度はさっきよりも大きなため息をついて空を仰いだ。
昨夜は友人の誕生日で、仲間で集まって祝いという名目の飲み会をしていた。5人で盛り上がり、主役が潰れたのを機に解散。残った友人と二人で主役を本人のアパートに運んだ後、タクシーで家の近くの公園前まで乗って帰ってきた。その頃はもう朝だった。
「今度、彼氏に会ってね。あんたの目で確かめてほしいの。」
高校からの友人・・優佳はそう言って笑っていた。
「ああ、いいよ。でも厳しいよ、覚悟して。」
大切な友人を預ける相手なんだから・・と意味を含ませれば、優佳は花のように笑った。綺麗だと思った。普段から可愛いとは思っていたけど、今は綺麗だと。いい恋をしてるんだと思えた。そういう相手なんだな、君を大切にしてくれているんだね。嬉しかった。
二人で公園のベンチでそんな話をして缶コーヒーを飲んだ後、学校へ登校する小学生の列が見え始めたころ別れたのだ。公園から左が優佳。右に下って行くのが自分。
手を振って歩き出し、公園を出て右に下って横断歩道を渡る人波に少し遅れ・・・。
(あれ? それからどうしたんだっけ?)
考えても何も思い出せない。まるで真っ白で、そこだけ切り取られたように記憶が・・・。
そんなに酔っていただろうか?確かにかなり飲んではいたが、もともと酒には強いと自負があったし、どうせ送って帰らないといけないんだろうな、と思っていたから知らず知らずのうちにセーブもしていたはずだ。
考え込んでいるとさわさわと風が吹き抜け、肩より少し伸びた髪が首筋を撫でてゆくのがくすぐったかった。虫でも入ったかと襟と髪の間に手を差し入れ、そのくすぐったい原因を掴みだした。
(・・・・・・。)
見なかったことにしよう。
「あー、やっぱ酔ってたか?かなり。」
誰にいうでもなく、独り言。しかし・・・。
『ねえ、見えてますよね?』
(返すなよ。)
「夢、かな?これ。ってゆうか、大学始まってる時間じゃ?」
腕時計は8時13分。優佳と別れた時間で止まっている。
「壊れたかな?あーあ・・爺様のお古だからなぁ、これ。気に入ってたのに。」
ふるふると指を振って捕まえていたモノを軽く手放すと、さも残念そうに(いや本心から残念なんだけどね。気にってたのも本当だし。年代物の時計だからね。)時計を見てため息をついておいた。
『無視しないでいただきたいんですけど。斎木 詠星様。』
ひた、と視線を合わせる。そのモノと。
「お前、誰?」
ビリビリと身体が、いや実体がないのに身体がというと語弊があるけど、身体ごとその場の空気が痺れる様な気がした。
真っ黒な真っ直ぐな瞳がひたとこちらに向けられ、反らすことは許されない威圧感が迫ってきた。もともとうねっていた髪がざわめくように逆立っているような気がして、浮いているのに貼り付けられている感じがして動けない。
「もう一度聞くよ。お前、誰?」
さすが、あの方が呼んだ人間だと思わずにはおられなかったくらいだ。
この威圧感、迫力…人間版『主』か、もしくは親子。・・・まぁ親子というのは絶対にあり得ないのだけれど。あの方は唯一無二、絶対の存在であり、永遠の理。
『私は、ウィン。』
聞かれたから答えたのだが、にっこりと笑った顔からは相変わらずの威圧感。
「聞き方が悪かったか?…こういう場合、名前を聞いていると思うのかい君、いやウィン。」
存外に察しが悪いね、と言われた気がした。
しかも名を呼ばれた時、呪を掛けられたような束縛を感じた。まさか・・・名で縛れる?
『わ・・っ我が主様のもとへとご案内します。』
(こ、こわいよぅ。)
詠星の目の前に浮かんだまま踵を返そうとした時、その透明に近い羽根を掴まれる。
『千切れるぅ~、お助け・・・』
思わず泣き声を上げると、呆れたようなため息が聞こえてぱっと放たれる。
「そんなに力入れてないよ。・・質問に答えてないだろう?”君は、誰?”。もちろん、名前は聞いてないよ。」
(・・・・・。)
『…生まれたばかりの木の精です。』
「妖精ってこと?」
『はい。まだお使いくらいしかできませんが。』
「では“主様”って?」
『私たちを統べていらっしゃる“主”でございます。王…と言った方が解りやすいでしょうか、人間の世界では。』
(王・・・ね。絶対権力者ってこと?)
外国ならまだしも自分が住んでいた地域には王様なんていなかったかピンと来ないし、主従関係らしいが、庶民にはそれも感覚的に解らない。
【妖精】
【王】
(こりゃ、友人がやっていたファンタジーゲームの世界だな。・・・てことは何か?本当に道端かなんかで寝てるのか?それとも、事故ってあの世か?)
その時、声が聞こえた。
≪詠星・・・こちらへ。≫
きょろっと周囲を見回しても、何もないし誰もいない。ふと目の前で羽ばたいているウィンを見ると、さっきよりも元気がいい感じで羽がばたついている。
「今のは?」
『主様です。道を開いて下さるようです。・・愛されていらっしゃるのですね。』
(愛されて…って…。何だそりゃ。)
ため息をついた途端、扉が現れた。文字通り、“扉”だ。薄く透けて見える様な感じで全体的に光背がさしてはいるが、それ以外は普通の家にあるような扉、玄関の。
(入って来いってか?…怪しい。)
そう独りごちると、ウィンの羽を捕まえて開けたばかりの扉から中へと放りこんだ。ウィンならば眷属らしいから害はないだろうと踏んで、だ。その開けた扉の中、真っ白な空間に、何かがいた。人影ではない、でも嫌な感じはしない、何かが。
(・・・・いってみようじゃないか。)
初めての投稿です。何卒生暖かく御覧ください。




