第9話 驚異的なシュート
ゴールデンウィークは長い。
俺がそう思うようになったのはつい最近のことだった。
部活は毎年休養日として扱われるし、とっくにするべき仕事が終わっている。その現状に退屈感を覚えているのだ。
「萌、なんか困っていることはないか?」
そう訊くと妻の萌はこうしか答えない。
「ううん、全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
まぁ、困っていることを追及するのもよくないことだからあまりしつこく言わないでおこう。
それにしても・・・退屈だ。
俺は気分転換に外に出掛けることにした。
外に出てみると、心地よいバスケットボールの音が響いていた。隣の家の庭からだ。覗いてみると、そこは広くて、人がポツリと見えるだけだった。
「あれ・・・駿河さんだ!駿河さん!!」
その彼に声を掛けられる。
「おう、凌空。朝から早々頑張っているな。」
”凌空”とは、北中の隣町の学校である東中学校の男バス部で、うちの隣に住んでいる子供だった。越してきたときから、俺が北中の女バス部の顧問だと知り、親しくなっている。
凌空は笑顔を見せ、駆け寄ってきた。
「駿河さんは部活ないんですか?」
「あぁ。凌空もなのか?」
「そうなんです!最後の中連なんで、精一杯頑張ろうと思って自主練を。」
「精が出るな。」
凌空はふと思いついたように俺を見た。
「そうだ!駿河さん、俺と勝負してください!」
その途端、俺の血の気が騒いできたのがわかった。
「フ・・・面白いことを言うな。」
「そうですか?一度、女バスの名門校と勝負してみたいなって思ってたんです!」
「俺は顧問だぞ?」
「そのほうが都合イイですよ!それに、駿河さんって男バスのエースだったんでしょ?」
「・・・まぁな。いいじゃないか。楽しみだ。」
「ホント!?早くやりましょ!あ、どうぞ入って!!」
「お邪魔します。」
俺はこの庭を目で把握した。たとえ中学生でも手は抜かないつもりだ。
「凌空、身長はどれくらいだ?」
「174cmです。」
「ならハンデはいらないな。よし、凌空がオフェンス、俺がディフェンス。2回ゴールに入れたらお前の勝ち。いいな?」
「はい!」
俺はジャージの上を脱いでTシャツ姿になった。凌空は目つきをキッと変えて、ボールを持つ。
「いつでもどうぞ。」
俺がゴール付近に構えて言うと、直ちに凌空はやってきた。
動きは割といい線いっている。ボールのドリブル捌きも無駄がない。さぁ、どうくるのか・・・・
シュッ
凌空は身を小さくして俺という壁をかわそうとした。俺も俺で手を使いながらボールを取ろうとする。このままいけば、確実に俺の手にボールが当たり、弾くことができる。そう確信したが・・・・
キュッ、ポスッ_____
それは一瞬だった。俺の目がかすんだ気がして、凌空が見えなくなったと思う。その隙に凌空はシュートを打ったんだ。俺の目を誤魔化したのは紛れもなく凌空そのものの動きだった。
速い・・・・
そう思うしかなかった。
「ヘヘッ、どうです?俺の動きは。」
「大したものだ。中学生とは思えない。こうなったら、俺も本気を出させてもらうぞ。」
「望むところっ。」
俺は凌空にボールを渡し、再び構えた。こうなったら、高校時代のように必死に場を把握するか。
凌空は直進してくる。このパターンで行けば、俺の目の前でかわし、シュートを打つか、そのままロングシュートを決めるか、それか、ターンなどの動きを含め、俺を惑わすか・・・・。あの速さを俺も再現すれば、ボールは弾ける。が、凌空がどの速さでくるか、まだわからない。
凌空の一歩出した前足で俺は決めつけた。ロングだ。半歩ほど近づき、ジャンプすれば余裕で間に合う。よし、行こう。
一瞬のその判断で俺は凌空の投げたボールをキャッチした。
「ぅえ!?」
俺は微笑んでボールを返す。
「本気、出したが。」
「くぅ・・・流石エース・・・・。でも次は負けません!!」
凌空は素早くゴールに向かって駆け出した。敵より早めに出る作戦か。でも、そういう選手は数多く体験したんだ。すまん、凌空。
凌空を追いかけ、手を伸ばす。が、凌空はシュートしたようなフェイントを見せ、そのままドリブルした。
「なにっ!?」
俺は思わず声を出してしまった。凌空はにっと笑って俺の脇をターンして、そしてシュートを決めた。
ボールは直ちに落下して、バウンドする。
俺は息が上がっていた。凌空もだ。無理もないだろう。
「駿河さん、俺の勝ですね!」
「凄いよ、凌空・・・。俺も実力が落ちたな。面目ない。」
凌空は首を振ってくれた。
「あ、最後に一本打たせてください!」
そう言って、ゴールの目の前に立つ。そして、高くジャンプして、一本のシュートを打った。
シュッ_______
俺は目を見開いた。
なんと無駄のない確実なシュート。そして、その動き。俺は見惚れてしまった。
「ふぅ。駿河さん、ありがとうございました!」
「凌空・・・今のシュート・・・・」
「え、今のが何か?ま、まさか変なとこでも?」
「いやとんでもない。その逆だ。・・・それ、そのままいけば高校でも活躍できるぞ。」
「ホントですか!?ありがとうございます!」
礼を口にする凌空だが、自分がどれだけ凄いのかわかっていない気がする。しかし、俺にはわかった。数多く戦ってきた学校のなかでこれ程綺麗なシュートは初めて見た。勿論、中学校の中ではだが。
「ありがとうな、凌空。勉強になった。またやりに来てもいいか?」
「勿論です。いつでも待ってますからっ!」
凌空は元気よくそう言ってくれた。
「それじゃ、俺はいくよ。またな。」
「はい!!」
凌空に見守られながら、俺は庭を出ていった。
それにしても・・・
あのシュートが今でも目に焼き付いている。市内名門を誇るこの女バス部員の中であれだけのシュートをできる者があろうか?そう思えば、今の自分でさえあそこまでできるのか少々不安だ。
俺は思わず立ち止まった。
無性に自主練がしたくなってくる。遅れを取ってはならない。俺の負けず嫌い精神が働きかけた。
直ちに自分の家に戻った。
ガチャ!と思い切りドアを開けると、萌はビックリしてリビングから顔を覗かしてきた。
「びっくりした・・・。お帰りなさい、逞真。結構早かったね。」
「あぁ。・・・・萌、バスケットボールはどこにしまった?」
「バ、バスケットボール?どうして?」
「これから自主トレーニングを試みる。」
萌はおかしそうにクスクス笑っていた。
「急にどうしちゃったの?体力落ちたとか?」
「そんなところだ。それよりどこだ?」
「確かガレージだった気がする。探せばあるよ。」
「わかった。ありがとう。」
俺は再び外に出て、ガレージでボールを探した。
数分もしないで見つかったボールは新品のように輝いたオレンジ色をしていた。いつも屋内で使用していたせいかもしれない。よし、空気も正常だ。
隣の庭に立ち寄る。引っ越してきたときからこのゴールは俺も使っていいことになっているから、今回は勝手ながら入らせてもらった。
すぐにボールを持って、フリースローの位置についた。気合を込めて、シュートをきめた。
ポスッ
まぁ、いままでの成績からしては標準的なシュートだ。どこも引っかからずかごに入る。
でも納得はいかない。凌空はもっと正確な動きだった。
もう一度シュートをしてみた。いや、これも違う。
再び。・・・先ほどのほうが近かった。
全部シュートは収まっているけれど、納得できるまで続けていた。いくらやっても凌空のようにはできない。何故だ。これは年齢の差だろうか?中学生より身に付きが悪いのは確かだが、それにしてもどうすればあのように学べたのだろう。
まさに・・・天才。
もう100本くらいのシュートは打ったであろう。その時、庭の外から声がした。
「す、駿T!?」
この呼び方からして生徒なのだろうが、その人物が意外過ぎて思わず目を見張ってしまった。
女バスのキャプテン兼駿河学級メンバーに遭遇するとは、今日の俺は運がいいのだろうか。
「伊月。」
「先生何してるんですカーッ!?」
大声でこのまま話すのもなんだ。俺は庭の外側に近づいた。
「ちょっとトレーニングをな。」
「ここ先生んちですかッ!?」
「いや、隣だ。」
「あぁ、なんだ。ってえ!?つまり先生んちの近所まで来ちゃったわけ?」
「お前は何しているんだ?」
伊月は、今にも愚痴を口にしそうな何とも言えない顔を向けてきた。
「駿T!聞いてくださいよ!!」
「な、なんだ?」
「ゴールデンウィーク中、北中恒例の部活休暇デーじゃないですか。そこもツッコみたいところなんですけど、まず聞いてください!体鈍っちゃうんで市民体育館行って練習しようと思ったんですネ?」
「おう、偉いじゃないか。」
「でしょ!?天才なみですよね。なのに祝日中はどこも開いてなくて!さまよってたらここまで来ちゃったんですっ!」
「はぁ、それは災難だったな。」
伊月はうんうんと頷く。
「まずなんでゴールデンウィークが部活ないんですか!他の学校はこの時期に伸びるのにィ・・・」
「いや、そんなこと言われても、来た時から決まってたことなんだよ。」
「駿Tたすけて~・・・・」
俺は考えた。
「そうか、その意欲に免じて・・・いい場所を与えてやる。」
「え、ホントですか?」
「あぁ。この庭だ。ゴールもあるし、広いから使いやすい。」
「え、でもいいんですか?」
「いいよ。責任は私が取るから。入れ。」
「お邪魔しま~す♪」
伊月は嬉しさと不安を交えた笑顔を見せた。
「うわっ!何ココ、広っ!!」
「そうだろう。自由に使っていいから。」
そう言って、場を離れようとすると、
「待って駿T!」
と背後から叫ばれた。振り向かざるをえれない。
「どうした?」
「あの・・・見ててくれません?せっかく顧問いるのにもったいないじゃないですか!あ、忙しいならいいですケド。」
「まぁ、正直暇だったんだ。いいだろう。見てやる。」
「やった☆ちゃんとアドバイスしてくださいよぅ?」
「わかってる。」
伊月はニカッと笑って、ボールを持った。10mくらい離れてそこからゴールに向かって走る。
別に標準的な動きだが、納得は行かない。納得のいくプレーがどんなものなのかイマイチわからないが。
スリーポイントの位置からボールをシュートすると、それはギリギリ入った。
「どうですかっ!?」
「・・・・」
黙っていて悪い、伊月。しかし、俺は今でも凌空の動きを見てしまって焼き付いているんだ。それより劣った動きは、正直言ってつまらない。でも、女バスとしてスリーポイントが決まるのはプレーに強い。
「まぁ、標準的な動きだ。」
「駿Tがそうやって言うのは、まぁまぁってことですよね。」
「そういうことだ。だが、スリーポイントがよく入るのは伊月のいいところだから、これからもそれが劣らないようにすればいい。」
「はい!ありがとうございます。」
元気よく礼をした伊月は再びゴール下に立つ。そして、ドリブルをし始めた。・・・無駄が多い。動きはそれなりに早いが、無駄のある動きがそれを抑えてしまっている。
俺は立ち上がって、素早く伊月のボールを跳ね返した。
「えっ!?」
その反動で伊月自身も倒れてしまう。
「あぁ、済まなかったな急に。大丈夫か?」
「あ、ハイ。先生・・・動きが速くて、ビックリしただけです。」
「もっと速い奴なんてたくさんいるぞ。これくらいでビビるな。」
「なんか、普通の部活みたいですね。」
伊月が苦笑していた。
その後も厳しくなってしまった練習が続き、伊月はボロボロだった。
ゴクッ
「ぷはぁ、生き返るぅ~。」
俺の家で、伊月は俺の出した炭酸飲料を飲む。
「悪かったな、厳しく指導して。」
「いえいえ。いつものことじゃないっすか♪」
すると、萌が2階から降りてきた。
「あら、いらっしゃい。」
「あ、萌さんだ!こんちわ~。」
「逞真に誘拐されたの?」
「ハイ♡」
「馬鹿。お前がやってきたくせに。萌もなに言ってるんだよ。」
「だってねぇ?」
「そうですよ。」
「意味が解らない。」
俺は女に弱いとつくづく思った。
「あ、伊月。せっかく家に来たんだ。いいものを見せてやる。」
「え、なんですか!?」
不思議がる伊月を引っ張り込んで自室に連れ込んだ。
パソコンの電源を入れ、操作する。その間、伊月はじっと俺の部屋を見渡していた。隠すようなものもないし、別に気にしないが、近ごろの女子というのはこういうことに敏感なんだな。
「駿Tの部屋って綺麗ですね。真面目な性格がよく出てます。」
「褒めてくれているなら、ありがとうよ。それより、もっとこっちに来てくれ。」
伊月は何に警戒しているのか、ズルズルと近寄ってくる。
「画面を見てくれ。」
「これ、何ですか?」
「市内の女子バスケットボール部の詳細に対いてまとめたものだ。」
すると、突然伊月はホッと胸を撫で下ろした。
「よかったぁ~。なんか怪しいもの見せてくるかと思った・・・。」
「誰がするかよ。」
「でも・・・凄い。駿Tこんなもの作ってたんですか。」
「あぁ。時期を見て部員にも見せようと思ってたんだが、お前はキャプテンだしな。先に見せておく。」
伊月はしばらくそれを見詰めていたが、ふと呟いた。
「個人の動きまで正確に出されてる・・・。あ、この人、ライバルのところでいつも取られるんだ。」
俺は微笑みを浮かべた。本当、バスケのことになると、誰よりも集中するんだな。
「今日はありがとうございました。中連前なんで、スッゴイ役立ちました!」
「また何かあれば私に言え。」
「ウィッス☆」
伊月は元気よく自転車をこぎだした。その背中が、昔の俺のように錯覚してしまったのは気のせいだろうか。
ゴールデンウィークは長くて、退屈するが、たまにこんな日もいいかもしれない。偶然、誰かに会ったり、天才的な力を目にしたり。
何故か、忘れ去られていたものがよみがえってきたのだった。
更新、遅れてスミマセンでした^^;
次回もよろしくお願いします☆




