第23話 幾斗事件★解かれたコタエ
コツン・・・コツン・・・・
薄暗い通路に足音だけがただ響く。
警官2人に挟まれて静かに歩くその男の眼差しはとても冷酷だ。まるでこの刑務所の様に。
手首に手錠をされつつ彼は自分の肌に残る血を見る。その手は震えていた。
足音が止むと、次に強く扉を閉める音が響き渡った。狭く暗い室内に監禁される者がまた一人、増えたのだった。
「駿河逞真ぁ?なんでまたこんな奴が・・・・」
ここは刑務所の事務室。今日新しく入った資料に目を通しながら少々若めの男が驚きのあまり呟いた。
「中学教師が生徒を刺殺未遂した容疑で現行犯逮捕・・・・嘘だろぉ?こいつに限ってそんなことするはずねえじゃねえか・・・・」
「知ってるのか、真田」
付近にいた彼の先輩がふと尋ねる。
「ええまあ。丁度良かった、松崎さん。この資料作ったの貴方ですよね。この事件、僕に担当させてくれやしませんかね?ちょっと気がかりなことがあるもんで」
「ほう、真田がか。・・・いいだろう、この事件はお前に任せた」
「ありがとうございます」
ニッと笑顔を見せ頭を下げたのは、逞真の旧友である真田達之介だった。すぐに友人のいる牢屋へ向かう。
ガチャ、と監禁場所のカギを開け、彼のいる個室部屋に近寄った。
「・・・おい、駿河。取調室へ迎えだ。さっさと準備しろ」
その言葉に顔を上げた逞真は一瞬目を見開いた。
この刑務所の場所と達之介の勤務場所を思い出すと、彼は無言で達之介から目を逸らし、立ち上がった。
取調室で達之介と逞真が向かい合って座る。
2人のほかに、パソコンでまとめる人、補佐役など3名ほど部屋にいる。
黙り込んで向かい側のネクタイのあたりに目線を当て続ける彼に、達之介は口を開いた。
「さて、今回の生徒殺害未遂の件、本当にあんたがやったんですか?」
「・・・・・彼をあのような姿にしてしまったのは事実です。わかっているでしょう?現場の床にあった男子生徒の血の付いたナイフ、くっきり私の指紋が残っているはずです」
逞真は淡々と答えていた。その事実は変わりなく、達之介は少し考え、また言葉を発した。
「確かに指紋はあんたのものだった。しかし、その下に、薄く他人の指紋も残っている。百歩譲ってあんたがやったとして、その前にナイフを握っていた人物も事件に関係してるんじゃないですか?もしも単独での犯行ではなく複数で行ったことならば、素直に証言してください」
乾いた瞳をしている逞真は一旦目を閉じた。
「よく・・・覚えていません。当時私は体調が優れておらず意識が朦朧としていましたので記憶が・・・・__とにかく、生徒をあのようにしてしまったのは紛れもなく私です。その記憶は残っています」
「では、何故あんたはあの倉庫で、生徒と接触していたんです?普通あんな場所で教師と生徒が会ったりしませんよね?彼があそこで何かしていたとか?何か知っていることがあれば、教えてください」
とうとう逞真は頭を押さえた。辛そうに俯き、
「どうして、だっけ・・・」
と呟いていた。尚も真田巡査は質問を投げかける。
「警察側で掴んだ情報なんですが、その日その倉庫ではある暴力団体の薬物売買を行うことが予定されてました。それについて、なにか存じては?」
黙ったまま逞真は頭を抱え続ける。巡査は悟って部屋にいるほかの刑事に言葉をかけた。
「これ以上の聞き込みは今日の所難しそうです。あとのことは僕がしておくので退出してもらってもいいですか」
刑事たちは達之介の言うとおり部屋をあとにした。
2人だけの取調室で、不意に達之介が問いかける。
「なあ駿・・・・本当はお前がやったんじゃねえだろ?お前みたいな奴が生徒に恨みをもって殺人を起こすなんざしねえよな?何か違うトラブルがあって、ああいう形になったんじゃねえのか」
「わからないんだ・・・・・・俺、本当に記憶が途切れ途切れで、何故あの現場にいたのかも他に誰がいたのかも曖昧なんだ。そんな中表明したってなんの説得力もない、そうだろう?気が付けば床に腹を刺された生徒の姿があって、その刃物を持っていたのが俺だったんだ。だから、刺したのは恐らく・・・・この俺だ」
それを聞き、達之介は立ち上がった。
「わかったよ、お前のいいたいことは。だがそれではそうなった経緯や真実が見えてこない。今の証言のままでは駿はただ刃物を握っていたというだけで男子生徒を刺殺した事実がないだろ。・・・・お前にはこれ以上なにも訊かねえから安心しとけ。なにか心当たりが思い出せたんならいつでも言ってくれ」
「・・・・・わかった」
取調室を出る前、達之介は一言逞真に言った。
「ひとつ言っておく。俺は信じてるからな、お前は“被害者”だって」
逞真は乾いた笑みで
「警察の奴がそんな感情的でいいのかよ」
と言い、その後は黙り込んでまた暗い牢屋まで足を運ばせた。
一方、幾斗の方はというと、市立病院で入院していた。意識は戻らず怪我は少しばかり深いが、命に別状はない。
それを知った生徒はまるで探偵の様にあの事件を推理し始める。
「絶対に違うよ!駿Tは人殺しなんてしない!」
「でも、あのときナイフ持ってたし・・・・自分で事実だ、って言ってたし・・・・・」
「そんなのウソだよ!駿Tは優しいから、なんか隠してんだよきっと」
「そうだよ!それに、神威組はどーしたんだよ!あの場所で薬物売買してたんじゃないの!?」
「逃げたのかも。幾斗がああなったから・・・・・」
「じゃあ神威組関わってるってこったろ?駿Tはただそこにいただけかも知んない」
「まってまって。今俺たちが言ってるのは意見であって証拠がないじゃん」
「だって、どーすればいいのさっ!まだ中学生だから説得できないし証人にもなれないじゃん!!」
「うちらに、なにかできることないのかな・・・・・・」
クラスメイトらは押し黙った。そのとき、一時間目の社会科の授業のため梅木先生がやってきた。
「どうした3組。一斉に暗い顔して・・・・駿河先生はまだ帰ってこないけれど切り替えて授業も頑張ろうよ。あと半年もすれば受験だよ」
しぶしぶ3組のメンバーは授業を真面目に受けた。その内容は、裁判や地方自治。民事裁判や刑事裁判、三権分立などのキーワード、直接請求権などの説明がでてきて、尚更生徒たちは授業に身が入る。
そして授業後、生徒たちは自分の担任のためになればと詳しいことを求めて梅木先生に色々質問していた。
「このことが、役に立てばいいんだけどね・・・・」
そんなことを誰もが思っていた。
数日後、逞真に面会が許された。
その相手は、妻の萌だった。娘である日和を抱き、面会室で不安げな表情をして夫を待つ。
連れ込まれた夫の顔を見ると、萌は言葉を失いかけた。
(違う・・・・・逞真じゃない・・・・・まるで別人・・・・・・・・)
逞真の目は家族を見る目でなく、絶望して何も信じていない目をしていた。目線を二人に移しても、その影が一層深くなるばかりだ。
「逞真・・・・なんでこんな・・・・・・」
「帰れ」
「え・・・・?」
冷たい声で言われ、萌は怪訝そうな顔をした。
「帰ってくれ。今の俺が、お前に話せることなんて何もない。帰ってくれ」
「嫌よ。ちゃんと理由を聞くまでは帰らない」
「話は聞いているんだろう、その通りだ」
「だから・・・・どうして・・・・?」
「何も言えないと、言っているだろう・・・・!」
彼の荒げた声に萌は押し黙るしかなかった。
逞真の口調はまるで二人の間に夫婦という関係がなく他人と話しているようだったのだ。
沈黙が続く中、逞真は少し申し訳なさそうに頭を押さえつけ、溜息を吐いた。
「済まない、萌。お前にどれだけの不安や迷惑をかけているか、痛い程わかっている。でも今の俺は、容疑者でしかないんだ。もう、俺とは逢うな。殺人未遂容疑だぞ?そんな、そんな最低なことを疑われたこの俺がお前を、日和を守っていく資格なんて_________ない」
「逞真、違うよ・・・・何かの間違いだよ・・・・守る資格ないとか、そんなこと言わないで・・・・・」
逞真は右手を広げてガラスの先の萌に見せた。
「見えるか?血、生徒の血だ。俺の手は穢れてるんだよ・・・・こんな手で、日和を抱けるわけない。父親失格だ、もう、なにも残っていない・・・・・」
萌は涙を流した。拳をガラスに打ち付け俯く彼の姿が痛ましくて、哀しくて、思わず涙が出てくる。それを悟ったのか、まだ赤ん坊の日和まで泣き出してしまう。そんな娘をあやしながら萌は言う。
「逞真・・・・駄目よ、自分を恨んじゃ。自分を責めちゃ」
震えた声にだんだん強さが現れる。キッと夫の顔を見ると、一気に切なさが増し、それでも決死に涙を堪えた。
「大丈夫、私は信じてる。貴方の真実を。だからもう・・・・そんな顔しないで・・・・・。お願い。いつものあの逞真を見せて。ここで自分を見失うのなら、そんな単純な人なら、私は・・・・約束なんて破ればよかったって思う。貴方は一人じゃない。私がいる、娘がいる・・・!その先に、貴方は学校の先生なの!一人なはずがないわ!あんなに素敵な子供達が待っているの、貴方を。それに応えてあげるのが・・・・逞真でしょう?」
そしてガラス越しで打ち付けられた拳に手を当てる。逞真も、いつの間にか泣いていた。
「も・・・・え・・・・」
「安心して、逞真。私は貴方を信じてるから。少なくとも、生徒さんも同じ気持ちを抱いているのは確かよ」
萌が微笑む。すると今度は数名の生徒たちが彼のもとへ寄ってくる。
「駿T・・・・・!」
「お前・・・・たち・・・・・」
「負けないで駿T!俺たちも頑張るから!!」
「駿T知ってる?幾斗、生きてるって。傷は少し深めだけど、命に別状はないって。だから自分のことせがんだりすんなよ!!」
「先生は、馬鹿な大人よりよっぽど大人だから、自分のこと下にズリ下げたりできんだろうけど、今は駄目だよ!」
「駿T、一個だけ答えて。あの刃物を幾斗に刺したのは、先生が幾斗を殺そうとしたからなんですか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙の末、逞真は強い眼差しで呟いた。
「・・・・違う」
「・・・・っしゃぁ!その言葉、確かに聞いたよ!?」
「待ってて、駿T!私たち、何とかするよ!!」
逞真は一気に救われた気がした。強く信じてくれる妻にも、何かしようとしてくれている生徒にも。
今までの乾いた冷酷な表情が、もとに戻りつつある瞬間だった。
数日後、達之介は一度逞真の家を訪問した。
「坂下____じゃねえか、もう」
そのどこか懐かしい口調と風貌に、萌は驚いてパッと笑顔を見せる。
「・・・真田くん!?うわあ、懐かしい!」
達之介は思いのほか元気な萌に軽く会釈した。
「なんだぁ?美人さんじゃねえか。駿もやるなあ、めでたく結婚か」
「ええ。真田くんも相変わらずね!今日はどうしたの?」
「いや、お前の旦那がえらいことになっているから、ちと様子見にな。大丈夫か、坂下」
萌は笑みを見せたまま頷く。
「私は平気よ。それよりもあの人のほうが大変でしょう」
「だな。毎日あんな感じじゃ神経持たないだろうに」
「まあ、あがっていって」
積もる話があると察されたのだろう、達之介は家の中に案内された。
「平気とは言えど流石に心配だろ?あいつのこと」
「ええ・・・でも、私はあのひとのことを信じてるから、不安ではないわ。面会したとき、逞真はなにも言ってくれなかったけど、目で訴えてたの、強い意志を。痛い程伝わってきた。だから不安になって泣いてばかりじゃいけないなって。私はなにもできないから、どうか彼に父親としての自覚がもどることを願って待つしかないの。でもね、大丈夫。あの人には強い生徒さんがついてるもの。きっとなんとかなるよ」
優しげな口調の中に強さを感じ、達之介は悟ったように苦笑した。
「そうか。・・・やっぱ敵わねえわ、おめえらには。駿は信頼されてるんだなあ、羨ましいぜ」
「真田くん、逞真の担当なのよね」
「そうだが」
「ひとつ、訊いてもいい?」
「なんだ?」
「真田くんは逞真が加害者だと思う?」
萌の表情が真剣で、達之介は言葉を選ぶ。
「現段階では何とも言えんな。なんにも話してくれないのはこっちも同じだ。男子生徒の意識が戻り次第聞き込むが、いつになることやら」
「真田くん自身としては?」
「・・・・・絶対に違う、あいつはそんなことする奴じゃねえ、そう、信じたい」
「______そっか。よかった」
安堵の見える満面な笑みだった。
「じゃ、またな」
玄関先で再び会釈を返す。
「うん。調査、頑張ってね。真相がわかりますように・・・・・」
「ああ。坂下も抱え込まないでいろよ。な?」
笑顔で頷かれ、達之介も微笑んだ。
車に乗りこもうとすると、萌は最後に声を掛けた。
「今度は仕事としてでなくて、普通に遊びに来てね」
「おう、そのときは駿も一緒な」
刑務所の方に戻り、達之介はすぐに逞真のいる監禁所に立寄った。
「駿河、ちょっといいか」
巡査としての彼の声に、逞真は顔を上げた。
「傷害を受けた男子生徒___守本くんの意識が戻ったら事件のことを訊き込もうと思う、いいな」
逞真は何故彼がわざわざそれを自分に言いに来たのかを察して、短く考えて言った。
「幾斗は素直だから、正直に話してくれるだろうよ。嘘はヘタだからあんたならすぐにわかるはずだ。だから、聞き込みしやすいと思う」
他のことはとても抽象的に話すのに、生徒のことになると言葉濁さず自信をもって発言する姿に、達之介は教師の凄さを改めて感じる。
「わかった、真実を聞いてくるからな」
強い眼差しに逞真は苦笑しながら頷いた。
幾斗の意識が戻るのは、予想外に早かった。
病室に入った途端、彼と目が合い、無理に体を起こそうとするので達之介は寝たままでいいとその体を止めた。
「君が守本君、だね」
椅子に腰かけながら言うと、静かに頷いているのがわかった。
「喋れそうかい?」
「平気です。・・・・刑事さん、駿河先生は______」
その言葉でやはり担任のことを心配しているんだと確信した達之介はその声を遮り、察したように話し始める。
「先生は、いま監禁中だ。君の腹部に刺さっていたナイフを握っていたからね・・・・覚えてるかい?」
監禁中という言葉を聞いた幾斗は目を見開き、少し体が震えていた。それ
は首を振っているようにも見える。
「違う・・・駿Tは悪くない・・・・・誤解なんです・・・!!先生は加害者じゃありません!!」
「覚えてるんだね。僕に、本当のことを話してくれないかな。事件の解決のためだ」
「わかりました」
幾斗は自分の体に刻み込まれた真実をゆっくりと、それでいてしっかり刑事に伝え始めた。
被害者の事情聴取を終えた達之介は監禁室に着くと同時に、逞真に静かに呟いた。
「彼からは、色んな事が聞けたよ。証拠はないが既に確信はついている。_____なあ駿、お前どうして・・・・・」
その言葉を聞きとめ、逞真は自分の記憶を辿るように瞳を閉じた。覚悟を決めたように目を開くと、知己の表情に悔やみを含んでいることに気が付いた。何故そんな表情をするのかと怪訝に思っていると、溜息が漏れる音がし
た。
「本当は覚えていたんだろ、駿。自分が生徒を助けたことを」
「・・・・・」
逞真は達之介がなにを言っているのかわからなかった。あの時は本当に気を失っていたのだ。
「いや。無理に忘れようとしたんだ。最後まで彼をかばうため。そして彼の姿にショックを受けたために」
「俺はお前の言いたいことがわからない」
「そうだろうな。まあ聞けよ。守本君は全てのことを話してくれたよ。麻薬取締犯である暴力団体・神威組の倉庫で捕まったことも、それからなにをしていたのかも。そして、あの事件で何があったのか。
『組の人たちがちがう組と取引しようとしたときに、ガンって音がして、ぐったりしている先生が連れてこられたんです。先生は意識が無くて、床に倒れていました。びっくりしました。なんで先生はこの場所がわかったんだろうって。組の人に知ってるやつかと尋ねられたけど、答えられませんでした。すると一気に場がざわざわし始めて、これから僕のクラスメイトと思わしき学生たちが向かってくると、そう告げられました。呆気にとられてるうちに組長が“やはり若者を遣うのは無理があったか。お前さん、聞く分より相当恵まれてるじゃねえか。友にも大人にも大切に扱われてよ。今日の取引は中止だな。てめえらは急いで逃げ隠れろ。俺はこのガキの後始末をしなけりゃならねえ”的なこといって、ナイフをだしてきました。口封じ?とかいう。僕は逃げられるはずもなく、迫ってくるナイフを見ているしかありませんでした。そして、刺されました』
お前は彼の叫び声に一旦意識を取り戻したはずだ。組長が姿を消してなお、苦しむ生徒を目前にしていてもたってもいられなかっただろう」
逞真は徐々に記憶を取り戻しつつあった。あの光景を再び思い出す。
『幾斗・・・お前_____』
『駿T・・・・痛いよ・・・助けて・・・・・ぬ、抜いてよお・・・!!』
熱のせいか、殴られたせいか、判断力がかなり鈍っていたのだろう。逞真は何も考えずそれに従ってしまった。
『ぐあぁぁぁぁあ!!!!』
ナイフを抜いた瞬間幾斗は肉を裂かれる痛みのあまり気絶した。
多量の出血を目にした逞真は最終的にこの生徒を殺めたのは自分だと思い込んでしまった。
それから幾千ものことが脳裏に浮かんでゆく。
例え幾斗が生きていたとしても、このままでは少年院に連れて行かれてしまう。
そもそも自分が彼をこんな有様にしたのだから、自分が捕まって当然だ。
もしそれを拒んだら世間はどう見る?誰も信用せず、学校にも、影響が及ぶはずだ。
どちらにせよ、自分が犠牲になる方が都合がいい。
“俺が守本幾斗を殺した”
“俺ガ守本幾斗を殺シタ”
“オレガモリモトイクトヲコロシタ”・・・・・・
それだけが脳内を駆け巡り、矛盾した混乱の渦に巻き込まれ、逞真は再び意識を失った。
それから気が付くのは、生徒たちが倉庫についてからである。
全てを思い出した逞真の瞳は正義感の強い普段の眼差しに戻っていた。
「証拠は倉庫へ行ったり神威組を調査すればすぐに判明する。もう終わるんだ、駿。だから、もったいぶらずに楽になれよ・・・・・」
その言葉に逞真は微笑みを浮かべた。
「神威組、必ず捕まえてくれるんだよな」
「勿論だ。お前は絶対に有罪にならない。俺が保証してやる」
達之介の強い言葉が、逞真に希望を与えた。
その事実を幾斗は見舞いに来たクラスメイトにも伝えており、一気にそれは北市中に広まった。
駿河逞真が戻ってくる、そう皆が思う中で、例え釈放されても教師を退職させざるをえれないという条例がこの市にはあると公務員の親から駿河学級に伝えられた。これだけの騒動を起こしただけで教育者として失格、そういう手厳しい云われがあるのが北市なのだ。
しかし、3組の生徒たちは諦めなかった。社会科で地方公共団体にについてしつこく学んだだけあって、条例に対する請求権を思い出したのだ。それは有権者の五十分の一の署名があれば条例撤廃できるというもの。それが通れば逞真の教員解雇を防げるかもしれないと考えた。
すぐに彼らは動き出した。
著名を求める用紙を作成しては町中に貼りだし、大人たちに記入するよう歩き回った。
逞真は女子バスケットボールの関係で市内ではそこそこ有名であり、この事件も切っ掛けで名はすぐに知れ渡っていた。彼は人殺しなんかする男ではない、学校に必要な先生だ、とたちまち反対を求める声が高まり、ついに訴えられるだけの人数が著名されたのである。
ただちに生徒たちは地方公共団体に条例撤廃の案を提案した。
市長自身、彼がどんなに学校想いなのかは知っていた。これまでに様々な面で関わってきたからだ。
だから市長は条例を取り消し、逞真を無罪釈放、そのまま教員を続けさせることを署に求めることにした。
数日後、駿河逞真は無事に元の生活に戻れるようになった。
暖かな日差しのもとで愛する人に抱き締められることがどれだけ幸せなことか、逞真はしみじみ実感したようだ。
学校は既に夏季長期休暇に入っており、授業はしばらくする必要がないため、逞真は少しの間休養を与えられた。
勿論、女バス部員も逞真を心から労り、部活の指導を丁重に断った。
休暇の間、逞真は未だ入院している幾斗のもとへ会いに行った。
病室の1番窓側のカーテンを捲ると、ベッドに横たわる幾斗がわざと顔を背けるように景色を見ているのがわかった。
無理もなかった。自分のせいでどれほど目前の男がひどい目にあったか、その責任を感じずにはいられない。
しかし逞真はそれを踏まえてこちらを向いてほしかった。現実に向き合うかのように。
棚の上に小さな花束を置くと、椅子に腰かけ、口を開く。
「幾斗」
続けてもう一度確かめるように名前を呼んだ。
すると、顔の向きはそのままでチラリと担任のほうを見始めた。
「幾斗、今なら本当の気持ちを話してくれるか?どうして、あんなことをしたのか。実を言うと、前の面談の話はあまり信用していないのだが」
少し間があって、遂に幾斗は体を起こした。まだ完治し切れていない腹部を気にしていた逞真も、彼が顔をこちらに向けると黙って話を聞くことにした。
「俺・・・つまんなかったんです。自分が普通過ぎて平凡だから・・・一度悪さをしてみたかった。人に迷惑をかけるってどういうことなんだろって考えてたら自然と周りに人が寄りつかなくなっていって、ああ自分はどれだけ恵まれてたんだろうって思って。あの人たちに騙された時、きっと罰が当たったんだと悟りました。学校の人たちにも家族にも先生にも心の中で何度も謝りました。死んでも自業自得だって思ってたんですけど、まさかあんな大
事にになるだなんて・・・・先生、本当に______ごめんなさい」
幾斗の話を聞き終わると、そのまま逞真は微笑みを浮かべた。
「・・・気づいたんだな、自分の疑問点に。以前のお前はもう何が何だかわからずに自暴自棄になりながら過ごしている気がしてて、きっと自分がなにに不満を持っているのか、何がしたいのかすらわからないでいただろう。それをこの事故で解決できたなら本当に良かった。皆にも感謝しなければな。お前が倉庫に消えた時、あいつらは誰よりも早く必死に探し当てたんだぞ。私がこうしてここにいられるのも全ては彼らのおかげだ」
「・・・・はい。でも、こんなに迷惑をかけて皆俺を許してくれるはず、ないですよね。今更学校に戻っても、なにしにきたんだこいつってなりますよ・・・」
完全に自信をなくした幾斗に、逞真は立ち上がった。
「そうだ、お前に贈り物を届けるよう言われてたんだ。見てくれ、3組一同だ」
そう言ってテレビのプレーヤーにDVDディスクを挿入する。
そこに映し出されたのは教室に集う3組のメンバーであった。夏休みだからか、ジャージの人もいればユニフォーム姿、Tシャツ姿の者もいる。
幾斗は驚きの余り何も言えなかった。ただ、みんなの言葉に耳を傾ける。
『いーくとーーーー!!!』
『早く帰ってきてね!!』
『腹の傷すぐなおるといいな!』
『ごめんね、みんなでお見舞いは残念ながらいけないんだけどさーあ、ここから幾斗のお見舞いするね!!』
『暑中見舞い込みで!笑』
『みんな待ってるからねーっ』
『そだ、幾斗のせーで夏休み半分つぶれちまったんだからよーっ遊ぶはずだったラウワン一緒についてきてくれよぉ!!』
『んなことどーだっていーでしょっ』『いてっ』
『そんなこんなで・・・・』
『『お大事にーっっ!!3年3組からでしたぁーーーー!!!!』
映像が終了すると、思わず幾斗の目から涙が溢れていた。
「早く・・・学校戻りたいな。先生、みんなに宜しく伝えてください」
「勿論だ」
逞真は満足げに微笑むと、DVDを幾斗に託し、病室をあとにすることにした。
カーテンの外に出る間際、突然先生、と呼ばれ振り向いた。
「ありがとうございました、駿河先生」
改まったまっすぐな彼の言葉に、強い意志を感じ、逞真は頷いてそのまま退出した。
再び見上げた空は、幾斗にとってとても広く感じた。




