第22話 幾斗事件★駿河逞真殺人容疑
「あぁは言ったけど、俺、気まずくて学校行けないし・・・・」
自宅のリビングで、幾斗は寝転がっていた。両親は仕事で帰りは夕方か夜。つまり、大半の時間は一人でいられるわけだ。
寝返りを打つたびに、担任の表情が頭に浮かぶ。何日も前のことになるが、彼は幾斗に対して本気で説教してくれた。その時の表情が、今の幾斗の中で鮮明に覚えているのだ。
『お前は、お前のままでよかった』
幾斗は唇を噛み締め、起き上がった。
「今更、皆は受け入れてくれる筈はないよな・・・・。」
途方に暮れた様に窓の外を覗き、溜息を吐いた。
「ちょっと、外散歩してこようかな」
外は当たり前に学生がいるわけでなく、大人ばかりが買い物袋を手から下げていたりスーツで歩いていたりしていた。
見慣れた近所を歩くよりも少し遠くに行ってみようと思い、足を進める。適当に進んでいくうちに到着したのは見知らぬ倉庫が並ぶ路地だった。恐らく街の付近なのだが、たまにしか街に寄らない幾斗にとってこんな場所は知らなかった。
しかし、丁度よかった、と幾斗は思った。いつからか、一人になるのが好きになるにつれて暗く冷たいところを好むようになった彼は倉庫に一度行ってみたいと思っていたのだ。いい気分転換だ。
恐る恐る中に足を踏み入れてみると、真夏の様に暑い外とは対照的に冷ややかだった。誰もいない。その空間が、幾斗の気持ちを安らげた。
どのくらいその倉庫に居ただろうか。しばらく休んでいると、誰かの足音が聞こえた。それは複数で、革靴の音がコツコツと近付いてくる。幾斗は焦って隠れる。今見つかったら、必ず親や学校に通報される。そう思いなるべく音を立てない様にした。すると、一人の男が呟いた。
「人の気配がしますね。」
冷や汗を掻く幾斗。息を殺してじっとしていると、陰から男の顔が覗いた。
「あ、いた。」
「何だと?」
「何処から来たんだ、この小僧。」
どうやら、倉庫に居るのは全て男だったようだ。独特の恰好と厳つい表情からしてどこかのヤクザの様だ。そんな奴らに囲まれ、幾斗は愛想笑いを浮かべる。
「あの・・・決して怪しいものでは・・・・。ごめんなさい、あなた方の場所だとは知らなくて・・・・」
「へッ、かなりのへタレだぜ、コイツ」
「何だと!?」
ついカッとなる幾斗。ニヤッと笑う男たち。
「学校はどうしたのかなー、僕ー?」
「学校は・・・・・この頃行ってません。」
「なに、不登校なの?」
頷くと、ボスの様な雰囲気の図体のデカい男が感心したように口を開く。
「度胸のあるやつだな。・・・・気に入った。俺たちの仲間になれ。丁度、このくらいの坊主が必要だったんだよ。勝手にここに来たことは許してやる。」
幾斗は訳が分からず、だが少なくとも学校や家には戻らなくて済むと思い、言うことをきいた。
その晩のことだ。帰宅した駿河逞真のもとに一通の電話がかかってきた。
「はい。・・・そうですが。いや、学校には来ておりませんが・・・。」
それは守本家からであった。なんでも、幾斗がおらず夜になっても帰ってこないのだという。逞真は妙に思い、とりあえず家族には、幾斗の捜索にいくつか当たってみると提案し、一旦電話を切った。
ソファに座り込むと、逞真は短く考える。
(家出か・・・?これは、彼のなにかの心の象徴なのだろうか。不登校が続いての家出・・・学校や家庭にいたくないという思いがある、という風に感じ取れるが、一体何が根拠にそう思うんだ?)
目を伏せ、溜息を吐くと、逞真は立ち上がった。
(とにかく、解決させなければならない。幾斗の為、3組の生徒の為に。)
まず逞真は学校へ行った。誰も残っていない中、生徒指導部の新城先生と共に様々な店や施設に呼びかけていく。警察にも捜索願を出した。
そして自ら外に出掛け、幾斗が居ないか見廻った。
そのような日が続き、幾斗の欠席がこうも長く続くと、生徒たちなりに思うところはあった。
「幾斗、いつまで休むんだろうね~」
「ね。どうしたんだろう?」
「なんかさ、先生たちもピリピリしてない?隠し事しているみたいでさ。」
「そうそう。さっき職員室入ったら一斉に睨まれたよ。取り込み中だったみたい。。。幾斗のことなのかな?」
「職員室覗いたら、駿T、電話してること多いよね。」
「怪しいねェ・・・」
数日後、警察から連絡が入り、街中のクラブでそれらしき学生を見たと通報が入った。
逞真は何故だかそのクラブの名前に見覚えがあった。
自宅に戻り、不意に以前従妹である咲耶にもらった名刺を見た。見覚えがあるはずだ、と逞真は苦笑した。それは咲耶が勤めているクラブだったのだ。悩んだ末に、生徒の為だと逞真は行くことを決意した。
リビングで家事をしている萌に寄り、逞真は躊躇いつつも言った。
「萌、これから出かけるが、今日は帰らないかもしれない。それでも、心配しないでくれるか?」
萌は神妙な顔をした彼に笑いながら行き場を訪ねた。
「不登校の生徒が見つかった、という場所だ。詳しくは言えないが、いいかな」
なんらかの事情があると察した萌は素直に頷いた。
「わかりました。気を付けていってらっしゃい」
妻の微笑みに見送られながら、街中のクラブへ向かった。車の時計が9時を指していたときだった。
街中は、ホテルやバーの明りでギラギラ輝いていた。目を細めつつも例のクラブを探し、逞真は再び躊躇いを覚えた。教師がこんな場所へ行っていいのだろうかと・・・。これも仕事の内だと思えば気が楽なのだが、それにしても場所が場所だろうと足が止まってしまう。けれど、本当に幾斗が来たというのならこんな重要な機会はないだろう。逞真は深呼吸しながらクラブの中へ入った。
多くの女性に囲まれた男性を見やりつつ、移動していくと、ある女と目が合った。彼女は逞真の存在が本当に信じられないかのように目を見張り、近付いてきた。逞真もそんな彼女を悟っていたため苦笑しながら
「・・・・・よう、咲耶。」
と呟いた。切れ長の目を細めさせ、冷ややかな眼差しが贈られる。
「まさかあんたがここに来るとは思わなかった。・・・なに、萌ちゃんとなんかあった?」
「いや、別に。生徒がここで目撃されたというんで確かめにな。咲耶は知っているか」
すると咲耶は曇りの表情を薄ら見せた。返答を迷っているようにも見える。逞真は眉を顰めて彼女の方を見つめ続けた。
沈黙が続く中、咲耶は逞真を座席に案内した。
「逞、あんた何が好き?」
グラスに氷を入れながら尋ねる咲耶に逞真は首を振った。
「遠慮しておく。車なんだよ、俺。」
「・・・クラブへきて何も飲まなかったら、目立つじゃない。ここには色んなお客様が来てる。中には何かしら勘付く人もいるのよ。ノンアルコールもあるから、それでも飲んだら?」
「・・・ああ。」
「このブースはね、クラブ内を見渡せる唯一の場所なの。」
逞真はやっと咲耶の意図が掴めた。すぐに辺りを隅から隅まで覗く。
「中学生ぐらいの未成年の男の子を連れた人なら何度か見た。・・・常連客だから、きっと今日も来るわ。」
「ここは、未成年が来ようと、注意とかしないのか?」
「いや、あからさまに未成年だというなら追い出すし、そもそも入ることはできない。でも、その男子の場合、連れて行くほうのお客がかなり勢力があるみたいで、こっちのほうもどうしようもできないんだ。」
咲耶の険しい表情を見て、逞真は納得せざるを得れなかった。
「なるほど、いろいろあるんだな、この業界にも。」
「まあね」
彼女が苦笑した、その時のことだ。新たに客が入るのがわかった。彼らはなかなか威圧感があり、その傍らには一人だけ背の低い、幼さの残る少年がいた。髪や眉などをいじっていても、幾斗だというのはハッキリとわかった。やはりか、と逞真が眉根を寄せていると、例の客がこちらへ近づいてきた。
何事かと思いながらもポーカーフェイスを保ちながらふと咲耶の方を見ると、彼女もまた知らん顔で例の客の方を口元に笑みを作りじっとみつめていた。
「あら、ご無沙汰じゃないの」
「久々に来てみたと思えば、なんだよ咲耶ちゃん相手してくんないのかよ。」
「ごめんなさい、先客優先なの。今日は他の女の子でがまんしてね。」
そんな風にこの業界の人らが話している間に、逞真は幾斗と目が合っていた。すぐに目を逸らす彼を逞真はまっすぐ見つめる。
(どうする、今つれもどすか?それとも、様子をうかがうか?だが、こんなに近くに居るのは恐らく今だけだ。なら_____)
決心し、逞真が立とうとするとそれを、咲耶は相手に見えない角度でスッと止めた。顔は彼らの方をみているけど、駄目、今いくのは危険というオーラが逞真にも伝わった。逞真は無言で改めて掛けなおした。
彼らがいなくなり、咲耶は苦笑して逞真のほうをみた。
「まさか、こっちに来るとはね・・・。よく耐えたと思うよ、正義感の強いヒーローサン。」
「いや、お前が止めなければ確実にかかっていっただろうよ。今からでも助けに向かいたいと思ってる。」
「駄目よ、今はボディーガードがいるもの。・・・たまに、少数でくるときがあって、そのときは主要メンバーだけなの。」
「じゃあ、その時をねらっていけば・・・」
真剣に逞真が呟くと、咲耶はキッと彼と睨んだ。
「やめときな。いくら少なくてもあの人たちは強いよ。武道を心得てるみたいだから。あんたなんて何一つしていないでしょ。これは教師なんかが首ツッコむところじゃないのよ。命がけなの。生徒たちのことを思うならやめな。」
彼女の一喝に逞真はピクリと反応した。
「教師なんかが・・・・?別に好き好んで近付こうとはしてねえよ。ただ生徒がそれに巻き込まれてるから、だから・・・教師だからこそ関わってんだよ。このままでは幾斗の未来が暗くなる。それを明るく戻せるなら、俺はどうしたっていいんだ。」
「変わったね、逞。ううん、もともとこうなのか。」
咲耶は一息吐いてカクテルを飲んだ。
「ごめんなさい、言い方が悪かった。でも、本当に危険なんだよ、その世界は。恐らく、あんた一人で立ち向かってもどうにもならないわ」
「俺は幾斗さえ戻ってくればそれでいい。」
尚も強い意志を伝える逞真に咲耶は仕方なさそうに笑った。
「気持ちはわかったよ。あんたこれからどうするつもりなの?」
「確かに今日戻ってくるよう伝えるのは危なそうだしな・・・・。そうだ、咲耶。彼らの団体名を教えてくれないか?」
「ええっ!?」
咲耶は怪訝そうな顔で平然とする逞真を見る。
「知ってるんだろう?」
「無理よ。立場上そんなこと話すことはできない。お客のプライバシーは守らなきゃね。そういう決まりなの。」
「それが犯罪に関わることでもか?」
誠実な瞳で見つめてくる彼から咲耶は目を逸らす。逃げる様に。
「私はあんたみたいに表で働いてる人じゃないの。ホステスなんだから」
すると逞真はガッと咲耶の両肩を掴んだ。
「頼む、教えてくれ!お前だけなんだ、こんなこと言えるのは!!」
グッ・・・・と手に力が籠るのを咲耶は感じていた。どれだけこの男が今必死なのかも同時に伝わる。沈黙していると、歩いていた他のホステスが
「咲耶ちゃん人気ねェ・・・・」
と、茶化してきた。反応に戸惑って“いや、そんなんじゃ・・・・”と呟くが、それで咲耶は他人には内容を気づかれていないことを把握した。決心した彼女は自らの肩を掴む従兄の手を取った。
「逞、力強すぎ・・・・。痛いから離しなさいよ。」
「ごめん」
逞真は手を離した。肩を押さえ、咲耶が呟く。
「神威組よ。頭首の名前は神威克修。」
逞真は驚き、目を見張った後、感謝するように笑みを見せた。
「ありがとう。ここが、咲耶の働くクラブでよかった。・・・・これ以上は何も聞かないから。本当に、ありがとな」
久しぶりの礼を聞き、咲耶も微笑を浮かべる。
「これから逞が何をするのかは知らないけれど、何度も言ってるように本当に危険だからね。気をつけなさいよ。」
「わかってる。気にするな。・・・・・じゃあ、俺はそろそろ出るよ。またな、咲耶」
逞真はそのままクラブを出た。
そして、家に帰らぬままホテルでパソコンから情報を調べ、一夜を明かした。
逞真がホテルにいる間、駿河家に残る萌は夫の部屋で名刺を発見していた。それが咲耶のものだとわかると、つかさず萌は彼女に連絡を取った。
PRRRR・・・・・ピッ
「あら、萌ちゃん久しぶりね」
「うん、久しぶり・・・。ねぇ、逞真が咲耶ちゃんのとこにお世話になってないかな」
「なってたわよ、ついさっきまで」
それを聞いた萌は声色を変えて言う。
「逞真、なにがあったの?何か聞いてる?」
「大丈夫よ、萌ちゃんの誤解を招くようなことはしてない。あくまで仕事としてここに来てた」
咲耶が萌の気を遣ってそう言うと、萌は躊躇いがちに言い返す。
「私が心配してるのは、そういうのじゃなくてね・・・・・なんだか危険なことに関わってるんじゃないかって。もし生徒さんを助けるためにそこに来たなら、やっぱりなにかあるの?」
その言葉に咲耶はこのこは本当に逞真を信頼して、そして一番に彼をわかってるんだと感じた。
「・・・・まあ、あまり深く考えることじゃないわ。安心して。もしね、萌ちゃんにできることがあるとしたら・・・・あいつのこと温かく見守って欲しいんだ。無茶するようなヤツだけど、今までの様に信じてやってほしいの。疲れて帰ってくるだろうから、その疲れが癒えるよう助けてやって」
萌はホッと息を吐き、切なげに頷いた。
「わかったわ。ありがとう咲耶ちゃん」
電話を絶つと萌は何か決心したような表情でリビングに戻った。
神威組について調べつつ外を歩き回っていくうちに、逞真は徐々に体調を崩していった。夜に出歩くため睡眠不足も重なり、逞真は立っているのがやっとのことだった。
授業も行わなければならないし、教師の仕事も山ほどある。部活の指導、会議・・・・それをすべて熟しているのが不思議なくらいだ。
そんな中、生徒も徐々に情報を集め始める。
「神威組!?」
「そう!そんなこと駿Tが職員室で言ってて・・・・チラって先生のパソコン見たらその神威組とやらのヤクザについてググってたb」
「もしかしたら、幾斗が誘拐されたのとなにか関係があるんじゃ・・・・・」
「だろっ!?きっとそーだって!」
「調べてみようよ!!」
その情報が逞真とだんだん近づいていくのも時間の問題だ。また、逞真は一人で調べているが生徒は集団で同じことをしている。情報収集が速いのはどちらかといえば生徒たちの方であった。
数日の間で彼らは神威組についてやたら詳しくなっていた。
「神威組っていうのはー・・・・父さん母さん年代からの有名な暴力団名だって!この地域にずっといて、たまに街のゲーセンで取引したりしてんのもそいつらみたい!!」
「え、ゲオパで麻薬見つかったのって神威組の仕業だったの!?」
「そーみたい。俺の父さんそういうの何故か詳しくて教えてくれた。あ、父さんそっち系じゃないよ!?」
「わかってるってwじゃ、その人達の出現場所とかもっと詳しく調べないと。。。。」
そしてまた数日が経過したときのことだ。
昼休み、賢吾がバタバタと教室に走ってくる。
「わかったよ!神威組の奴ら、次に降る大雨の日にまた取引するみたい。子供連れで!!」
「その子供って・・・まさか幾斗!?」
「つか、どこで知ったの?それ」
「駿T。一番信用できるじゃん?さっき、廊下で電話してんの一部始終聴いてたんだ。
『もしもし・・・・ああ咲耶か。いや別に?今昼休みだ。・・・・・あ?神威組?次一番の大雨の日に未成年を引き連れて取引・・・・・。なんてアバウトな会話だ。それで通じてるんだな。ありがとう』
ってさ!!」
「なるほどね・・・・で、その日付って」
「さっきこそっとスマホ持ってきてるやつから拝借して、天気予報調べちゃったりしたんだけど、来週ほとんど雨でよく見分け付かなかったんだけど、一番降水量が高いのは来週の水曜日って判明したのわけ!」
「ナイス☆こんなとこでスマホが役に立つなんてね!!」
「ほんとだよ!」
「じゃあ、その日に幾斗に会えるってことだね!?」
「うん。いつも取引するの・・・・繁華街の近くの倉庫だってさ!」
「よし!みんなでそこに行こう!!」
怖いもの知らずの生徒たちは昼休みの間にそんなふうなことで盛り上がっていた。とても危険なことに巻き込まれてしまうなんてつゆ知らず。
ついに来週となった。予報通り雨が降っている。
逞真は念のため大雨の日でなくても取引先に行くようにしていた。しかし、月、火の二日間で神威組はやはり姿を見せなかった。
そして逞真の体力の限界も近付いていたのである。
水曜日の朝、ホームルームを行うときにはすでに逞真は足元がふらつき目眩も生じていた。クラスの生徒はそんな彼の様子にワタワタ。
「はい、今日の連絡は・・・・・・ゴホッ・・・・・急遽B日課となりましたのでっ・・・・ゴッホゴホッ!!」
「駿T危ないよぉ・・・・・」
「ああ、なんかイヤな予感しかしねー・・・・・」
ホームルーム終了後、数人が彼のもとに駆け寄った。
「駿Tが体調不良だなんて」
「もっと丈夫なイメージが。。。ホントに大丈夫っすか!?」
「心配するな。・・・そうだな、以前はこの位ではピンピンしていたんだが、去年肋を骨折したり打撲や痣ができただろう。その後遺症で体が軟弱になっているのかもしれないな」
罪悪感だらけの生徒たち。
「ああああ・・・・あの時なんで先生のこと殴っちゃったんだろ!?スゲェ罪悪感・・・」
「私が女子トイレに追い詰めなければ・・・・・」
「うちも・・・・」
「いや、私にも悪いところがあったから。別にお前達を責めている訳ではない。・・・・・・・だがもし、倒れるようなことがあれば、紘一郎、お前運べな」
「え!?なんで俺っすか!」
「野球部のエースだろ。担任くらい助けれないでどうする」
「あはははっやられたね、紘一郎!」
そんな風に笑いを生み出すほど空元気な様子を見せているが本当に限界だった。
教室を出ようとした瞬間____
クラッ・・・・・・・
と激しい目眩に襲われ教卓に腕をついた。目を見開き、冷や汗を掻いている。それを目にした生徒たちは青褪めた。
「駿T大丈夫ですか!?」
「すぐ帰ってください!僕達大丈夫ですから!」
逞真は全否定しようとしたがふと脳裏である提案が思いつき、すんなりと生徒の言葉に甘えることにした。
その提案っていうのは、早めに帰り少し休んで取引の時間に十分備えようというなかなからしくない考え方だ。
自宅に戻ったら木目細かく例のことについて調べてやろうとそう思っていた。
しかしながら、逞真のまわりの人々は過保護なのかなんなのかとても彼のことを心配し、副担任の新城先生なんか運転して帰らせるのはとても危険だからと自家用車の車で逞真を家まで送ると言い出したのだ。
逞真もそこまでしてくれるとは思ってもおらず、だが取引に備えてあまり多くの緊張感を消費したくなかったため新城先生の厚意も温かく受け取った。
自宅に戻ると、大分早い夫の帰宅に萌は驚いていた。
「お帰りなさい。あっ新城先生・・・でしたよね?わざわざありがとうございます」
律儀に新城先生にも頭を下げる。
「いえいえ。彼、とにかく休ませてあげてください。いつも遅くまで勤務して疲れも溜まってるんだと思います」
「はあ・・・・」
「新城先生、そんな心配しなくても。恐縮です。では、生徒のこと、宜しくお願いしますね」
逞真の言葉に強く頷き、新城先生が帰ると、萌は心配そうな表情で彼に寄った。
「大丈夫!?こんなに早く戻ってくるなんて」
「いや、少し目眩がしてしまっただけなんだ。だが、それがホームルーム中だったために生徒が大慌てしてな、こんな時間に帰る羽目になった」
苦笑する逞真に萌は溜息を吐き、ゆっくりと部屋に案内した。
ここにも過保護な奴がいた、と逞真は思った。
妻はすぐさま逞真を着替えさせ、ベットに半強制寝かしつけたのだった。このままでは時間内に外出できないかもしれない。
Yシャツや下着を持っていこうとする萌に逞真は少し躊躇いがちに声を掛けた。
「萌ちゃん・・・・・」
「はーい?」
「本当に寝てなければなりませんか」
「当然です。逞真はすぐに無理するから」
強気な萌にムッと目を細めると
「そんな顔しても駄目だよ。明日完全復活するためにもゆっくり休まなきゃ」
と返されてしまった。
「今日じゃないと駄目なんだ。少し横になればすぐよくなるから、そんな大げさにしなくても・・・・」
思わず逞真は口走ってしまう。
「今日じゃないと駄目?一体なにがあるのかしら」
尚も強く食いついてくる彼女に狼狽した逞真は気を取り直して口を開く。
「じゃあ、萌がずっと隣にいてくれるの?俺の風邪、うつしちゃうよ」
「いいよ。ずっといる」
「いいの?ほんと?力ずくでもうつすよ、こうやって」
「きゃっ」
逞真は萌の背後から彼女を抱き締めた。その表情は悪戯な笑顔と言っても過言ではない。
彼の手から逃れないと思った萌はそのまま後ろに下がって逞真の肩を掴み、ベッドに押し倒した。見た目からは想像できないほどの手の力に負け、逞真は一瞬呆気にとられた。
「うおっ」
「子供じゃないんだから大人しく寝てなよ!」
萌の声に真剣なものを感じ、苦笑する逞真。
「ごめんなさい。ふざけ過ぎました」
「よろしい」
そう萌は微笑んで手を放した。
部屋から彼女がいなくなると逞真は逸早く外に出られる手段をまた考え始める。確かに自分の体がどうであるのかは自分自身なんだし把握していた。体がだるい。熱もあるだろう。それを極力早く回復させて外に出られるようにするには・・・・。
少し横になり、数時間が経過した頃、萌が汗を拭きに部屋に入ってきた。
体を拭っているときも逞真は無表情に見るともなしに窓の外を眺めていた。外の大粒の雨が強く打ちつけられるのをただじっと聴いていた。
背中を拭うのを手伝ってやるとしなやかな筋肉がついている逞しいはずの背中は何か持て余しているような寂しいものに感じる。
萌がタオルを畳んでいても彼はありがとう、としか言わず時計と窓とを見詰めていた。萌がドアを閉めると、逞真は自分の携帯電話を取り出した。
ドアを閉めても尚、萌は足を進めなかった。
部屋の中で誰かと電話する声がする。相手は定かではないが、萌はこれから彼がしようとしていることとなにか関係があるのだと察した。
「え!本当ですか!?」
この声を機に、彼は動き出すに違いない。萌は悟ると小さく吐息を漏らし足を進めた。
静かにドアを開けると萌の姿はなかった。恐る恐るリビングに入ると二階からピアノの音色が聞こえる。
ふとテーブルを見ると書置きで“行くのなら、無理はしないで。信じてるから”とあり、薬が置いてあった。それを飲むと傍らで寝息を吐く愛娘に寄り
「行ってきます」
と微笑んだ。
萌は家を出ていく彼の姿をベランダから見守った。
車は学校に置いてあるため、傘を差し駆け足で出ていく。まだ熱も治まっていないだろうに。ふらつく彼を見ながら萌は眉を少し寄せた。
(馬鹿な男。自分のことは二の次三の次で生徒さんの為なら命だってけずろうとしている。しかもそれを苦としないところがあの人の凄いところよね。本当に、お人好し・・・・・)
逞真の姿が見えなくなると彼女はゆっくりとベランダから室内に入っていった。
逞真は大粒の雨の中走った。熱を帯びて体が重く薬の副作用もあってか意識が朦朧としている中、走り続けた。
繁華街の倉庫にはもう数人の人影が中に入っていた。その付近に幾斗らしき少年がいることも逞真は既に気づいている。
今から乗り込んで助けに行くのはとても危険すぎると判断したため、逞真は倉庫の中を観察できる片隅で様子をうかがうことにした。
倉庫内では数十人の男たちがなにやら話をしている。幾斗もそのなかに混じっているようだった。
「こほっこほっ」
少々咳が漏れる。だが風の音に紛れて聞こえないだろうと思っていた。
倉庫の中の人々は彼の存在には気づいていないようだ。
が、しかし・・・・
耳を澄まし中で何を話しているか聞こうとしたとき、ふっと目の前がぼやけて白くなっていくのがわかった。背後になにかの気配を感じつつ逞真の意識は朦朧としていく・・・・_______
生徒たちは倉庫に向かう途中で何度も黒い同じ車とすれ違った。もしかするともういなくなってしまったのかと思いながらも倉庫に向かい続ける。
倉庫に到着した。そこにはもう神威組と思わしき姿はなく、中にぽつりと人がいるのが見えるだけだ。
その空気は、今まで生徒たちが味わったことのないような不気味で異様なものに包まれている。
恐る恐る冷たい倉庫の中に足を踏み入れると、そこにはぐったりと倒れて腹部と頭から血を流している幾斗。そしてその横には、一人の男が呆然として立っていた。
「駿・・・T・・・・?」
駿河逞真は頬に涙をつたらせて、ただ震えていた。手には幾斗のだと思われる鮮血のナイフ。全身は、沢山の血を浴びて紅色に染まっている。一番生徒たちが恐ろしく感じたのは、その瞳が今まで以上に残酷で冷淡で、もはや教師の姿ではなくなっていたことだった。
「ねぇ、これ、駿Tがやったんじゃないよね・・・・・?」
黙りこくる逞真には、生徒の姿は視野に含まれていなかったかもしれない。悔いる様に血塗れた我生徒を見下ろしているだけだ。
「答えてよぉ!!」
涙ながらに叫んでも、逞真の心には遠く及ばなかった。自らに付着した血液なんて目もくれず、微動だにしない躰を強く強く抱き締めるその姿からは、殺人を犯した時の異様な雰囲気など一切感じられず、寧ろ、罪を腕の力で滅ぼしているようにも見えた。
「幾斗・・・・・・・」
とうとう口が開かれて息だけの乾いた声がした。そして皆の方に顔が向けられ、赤い肌と黒い髪から覗く冷酷な瞳に彼らが映った。既に存在に気づいていたのか、なんの反応も見せずただ一言呟くように言う。
「申し訳ないが何も言えない・・・・。」
「どうしてっ!?」
歯を食いしばり俯いている担任に生徒たちは懸命に言い掛ける。
「正直に言えば、俺たちにはわかるって!!」
「そうですよ!!」
「何でなにも言わないのっ!?卑怯だよぉ!バカァ!!!」
「例えお前たちが_____!」
荒々しい声が倉庫中に響き渡る。
「お前たちが私のことを信じ、理解してくれたとしても、世間はそうはいかない。どんなに否定しようと、それは言い訳にしか過ぎなくなる。・・・・・私が、この現場に居たのは事実なんだよ・・・・・。幾斗をこんな姿にしてしまったのは、事実なんだよ・・・・・!」
3年3組一同はただ虚しくて、黙るしかなかった。そしていつのまにかサイレンが鳴り響き“駿河逞真”この男を何人もの人が囲むのを、呆然と見ているしかなかった。
お久しぶりです!
もう話が何が何だかわかりませんよね。。。。。私もです←
それにしても長い!長すぎる!!幾斗事件は長いのでまいてまいてと考えたら1話でこんな長くなってしまいましたorz
そんな幾斗事件の予告↓この事件の最終回です☆
「・・・・駿河逞真ぁ?嘘だろぉ~?何でまたコイツなんかが」
「え、達之介君?うわぁ、懐かしい!」
「負けないで駿T!俺たちも頑張るから!!」
はい、次回も長くなりそうです。。。。
しかしながら、宜しくお願いします☆




