第21話 幾斗事件★中学生らしい行動
守本幾斗______この男子が性欲のほかに逞真を悩ませたものとは、中学生としての行動の部分であった。
もともと、中学生というものは義務教育の最終学習として社会に認められる態度を訓練する学生たちである。高校に行ってからはそういった指導は全くされない為、教師たちも力を入れて生徒たちと鍛え直している。が、それに応えない生徒だっているものだ。買い食い、寄り道、そんなのは序の口。万引きや犯罪に間接的にかかわることだってある。
勿論、幾斗はそういうものに関わるような男子生徒ではなかった。真面目な優等生のはずだったのだ。しかし、友情関係というものはそれさえも左右してしまう。
彼は、仲間に好かれたい故に危険な方向の行動を犯してしまう。それが、その男子中学生の本望じゃなかったとしても“相手が笑ってくれるなら”“あいつだってやってるんだし”そんな中学生らしい気持ちで自分のプライドに許してしまうのだ。
それは、逞真の見る限り、解ることである。
「萌、他のフロア行ってくるから。」
とあるスーパーの片隅に、その男の声はした。駿河逞真、今の彼は北中学校数学教師としてではなく一般家庭の良き夫として愛する家族と共にいる。それは、傍から見ても理解できることだった。その腕には生まれて間もない愛娘が抱かれ、隣には可愛らしい妻が買い物カートを押して微笑んでいるのだから。
「わかった。あ、日和のことお願い。」
「あぁ。」
そして色々なフロアをゆっくりと歩いていく。
教師というものは縁が深い。普段道で知人とすれ違うことだって度々あることだし、北中のシルバー色のジャージなんて幾度見掛けたかわからない。
この日もそうだった。
菓子売り場に見慣れた様な姿がしゃがみ込んでいる。シルバーのジャージから北中の生徒だというのはハッキリわかることなのだが、逞真はいつもより敏感に反応する。何故ならその生徒は幾斗だったからだ。
身形から恐らく中3限定の、学校が企画した自習室で勉強を済ませた帰りなのだろう。帰宅部が、休日に学校への持ち物を持ち歩いているなんてそのくらいしか考え付かない。
だとすれば、寄り道・・・・・それ自体で逞真は眉を顰めていた。それも、幾斗のような生徒が珍しい。指定ジャージでうろついていれば、この店の店員に注意を受けるシステムとなっているのだが、このごろは曖昧になってきている。が、学校に連絡されるだけまだマシだった。
軽く注意するつもりで近くに寄ってみると、何だか様子がおかしい。
不審にあちこちをキョロキョロと見渡し、目の前の菓子と睨みあっているのだ。そして、それは一瞬の出来事だった。素早く鞄を開き、その中に目前の菓子を可能な限り詰めていく。
所謂・・・・・万引き。
逞真自身も目撃するのは、教師となって初めてのことだった。それも自らの生徒。流石に唖然となってしまう。しかし、目撃してしまったものは仕方がないから呆れながらも声を掛けた。
「____おい。」
「うわっ!?うわ、駿T!!」
底冷えする鬼教師の掛声に、この生徒は思いのほか驚いた。大方、万引きするのも初めてで、それだけで精一杯で見つかるということを想定していなかったのだろう。
一気に青褪める所を見て、逞真も自覚をしていると判断したが、顔色を変えない。
「・・・・・出せ。」
うるさく言わず、一言だけ呟くように言うところ、見なかったことにするつもりだと窺える。また、単刀直入に言っても幾斗なら伝わると確信していた。
「はい。済みません、済みません!」
その鞄から出されたのは、その容積に良く入りきったと思うほどの大量の菓子で、呆れながらも何度も謝る彼に
「・・・・帰れ。今すぐに。下校中のはずだ。」
と、また手短に言葉を発した。
「はい、ホントごめんなさい。」
店内を飛び出すように帰っていく幾斗に、些かの安心と不安がこの男の脳内を過った。
「・・・・はぁ。」
(日和、見なかったことにしてくれよ。)
腕にいる娘を、細やかに祈るように見つめた。
この頃からだろうか、幾斗は一気に悪い方向へと進んで行ってしまった。今に至るまで、その変化は愕然となってしまうほど、呆れるものだった。
まず幾斗は誰からも相手にされなくなった。いや、寧ろそれを自分で望んでいたとでも言うべきであろう。というのも、いくら男子たちが普段通りに接していても冷たい態度や言葉で突き放してしまうし、休み時間はほぼ一人でいることを好むようにガードを張りながら読書をしている。帰るときも、以前は数名と帰っていたのに、この頃は一人きりで帰っているのだ。その位は、逞真も担任として見ればわかった。
そして、学習の成績がガクッと落ちてしまった。前は100名中20番以内には入っていた順位が1学期末テストで50番代にまで下がってしまったのだ。それは、帰宅部で毎週塾に通い勉強を熱心に取り組んでいる彼に置き換えると意図的に仕組んだとしか言いようがない。
何をどう思い違ったのか、まさか少し馬鹿な男子のほうがカッコいいとでも思っているのだろうか。
これ以上生活態度が悪くなっていくのは流石に将来的にも危ないと察した逞真はある日の放課後に教室に幾斗を残すことにした。
「そこに掛けて。すぐに終わらせるつもりだ。」
「はい。一体なんでしょう?」
この時の幾斗は比較的礼儀正しかった。自分の態度について叱られることを悟っていたのかは不明だが、逞真は単刀直入に話に入り込んだ。
「最近のお前の様子を見ていると、どうも危なっかしくて仕方がないんだ。」
「危なっかしいですか?これが今の俺なんですけれど。」
「あぁ、前の態度の方が絶対に良い。何故、革命的にこうも性格を変えたのかには理由があるんだろうが、別にそれは私に言わなくたっていい。しかし、私がここまで言う理由はわかるか?」
「この先為にならないとか、そういうやつですか?」
「そうだ。今、お前は3年生つまり受験生だ。入試には内申書というものを出さなくてはならない。その用紙に生活態度というものがあるんだ。今のお前の状況だと△や×をつけざるのえれない。」
幾斗は無表情に呟いた。
「じゃあつければいいじゃないですか。別にかまわないです。」
「いいか、△や×をつけるとな、その時点で受験する高校から省かれるんだぞ。高校に受験できないことになりかねないんだ。」
「じゃあ、高校行きません。留学しますよ。」
冗談ぽい彼の言葉に、逞真は我慢の限界に達し、座ったままその胸倉を掴んだ。
「馬鹿言ってるんじゃねえよ。それがお前の人生のためになるとは私は思えない。中学校を卒業したとき、必ず泣く。15の春に泣かすなとも云うだろうが。」
担任の瞳が余程怖かったのか、幾斗は口を一度噤ませた。何か言いたくても、言うことができず、唇を噛み締める。挙句の果てには、愛想笑みを浮かべていた。
「はっ・・・・はは・・・・・・・冗談じゃないですか。そんなに怒らないで下さいよ~・・・・」
すると逞真は、呆れたように鼻で笑った。
「そういうの、流行りなんですか」
「は?」
言葉一文字一文字にアクセントをつけた、喧嘩売っているような口調に、幾斗は戸惑った。この男がこういう態度をとるときは、何もかもを諦めているときだと、3組メンバーは知っている。自分も見損なわれていると悟ると、幾斗はとても怖くなった。
「本当のお前は私の言葉を真正面から受け取っていた筈だよな。そう逃げてばかりだと、誰だって教えたくなくなるぞ。人として、最低な行為だ。最近の連中は、そういうのを好んでやっているが、それは何に影響しているんだ?私は、全くと言っていいほどそれを理解できない。」
すると幾斗は、思い切って口を開いた。
「駄目ですか、これじゃ!?俺、他の連中となんか違うなって思って・・・・頑張って合わせようとしたんですけど!!」
幾斗の本音を聞き、続いての言葉を考える逞真。確かに、それも一理考えられた。彼のキレる頭ならそれくらいのことは想定できる。しかし、大人から見た目線では、それはただのデビューの一環でしかなかった。どんな理由があろうと、校則違反をしているのには変わりはない。教師として、自身のプライドとして、規則には厳格に従う逞真は生徒に対し、正当な判断を下した。
「お前は、お前のままでよかった。」
真っ直ぐな、説得力のある声質に、幾斗は唖然となるしかなかった。担任の信頼が、自分の気まぐれな意思によってバラバラになったと感じた瞬間であり、胸が後悔に埋もれた刹那でもあった。
「別に、誰かに合わせる必要なんてなかった。寧ろ、お前が手本になるような奴だった。例え誘惑されて悪いことを犯してしまっても幾斗はきちんと反省し、二度と同じようなことをしなかったんだ。今も、幾斗らしいといえばそうだな。正直に言ってくれたのだから。しかし、歪んでしまっては駄目だ。幾斗は幾斗らしいほうが、私は安心する。」
幾斗は納得したように、深く頷いた。
「わかりました。」
それだけを言うと、幾斗は立ち上がった。
「俺、帰ります。この後塾なんで。」
「あぁ、呼び止めてしまって済まなかったな。」
いつも通りの笑顔で首を振り、今日最後の挨拶を交わした。
「駿T、さようなら」
「さようなら」
これで、元通りに戻ってくれると思った。そんな生徒に対する些細な希望を抱きながら、逞真は教室の外を眺めるのだった。
だが、幾斗にそれ以降会うことはなかった。
朝、教室に入るたびに、重々しい溜息を吐き、眉を顰めながら逞真は毎回呟く。
「守本幾斗、今日も欠席・・・・・・か。」
いやぁ、お久しぶりでございますネ☆
ではでは、次回の予告台詞を少々↓
「え、行方不明!?」
「・・・・・・よう、咲耶。」
「中学校数学教師・駿河逞真、殺人容疑で逮捕」
「お前たちが私のことを信じ、理解してくれたとしても、世間はそうはいかない。どんなに否定しようと、それは言い訳にしか過ぎなくなる。・・・・・私が、この現場に居たのは事実なんだよ・・・・・。幾斗をこんな姿にしてしまったのは、事実なんだよ・・・・・!」
ハイ。何が何だかわからない予告でしたけれど・・・・
とにかく次回もよろしくお願いします☆




