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第16話 陽だまりとともに・・・

逞真視点です☆

とうとう萌の抱えていたアレについてのお話ですよっ!!










 7月中旬の穏やかな休日のこと。


 自宅で妻とそれこそ穏やかな一時を過ごしていた。


 俺の妻・萌は妊娠10ヶ月。腹部はもう産まれてもいいんじゃないかというくらいまで膨張している。妊婦というものは出産間近となると色々苦痛なことを味わうものだということは知っている。つわりというものは、おそらく男には決して体験することのできない苦しみなのだろう。しかし、その上で、体内に居て育んでいる我子に対し狂わしいほどの愛おしさが湧き上がってくるのだと思う。それ故に俺は男女の違いに(いささ)か皮肉を覚えていた。


 ソファに腰かけて本を読んでいる萌は聖女のように安らかで、辛気の表情の一つも見せなかった。でも俺にとって我慢しているのではないかと疑問になってしまい、思わず伺ってみた。


「萌、腹は辛くないか?」


 その時の萌の微笑みは自分の心までも癒すほどに美しかった。


「えぇ。大丈夫よ。こんなにお腹が膨らんでもこんなに平気だなんて私は幸せね。」


 思わずそう話す家内の腹をさすった。それは、温かくて柔らかな感触が手先から心の底まで深く感じる行為だった。休日になると、毎回こう様子を診るのが習慣になっているらしい。いつもながら、個人的に好きなことだった。


 萌はくすぐったそうにはにかんで、上目遣いで俺のことを見詰めてきた。その顔は、幸福も勿論あるのだが、そのなかに何故か切なさが含まれている。


「どうした?具合でも悪いのか?」

「ううん。」


 萌はゆっくりと首を振り、困ったように眉を寄せて笑った。


「ただね、逞真にこうやってさすってもらうのもあとちょっとなんだなって思って。」

「と、言うと?」

「・・・・結構気持ちよかったのにな。」


 ドクン・・・・そう俺の心臓が高鳴った気がした。一応萌に聞こえていなかったか確認する。_____大丈夫だったようだ。

 それにしても、途轍もない愛情が抱かれた。今の一言で。


「そう、か。」


 こう言って、肩を抱くことしか、俺にはできなかった。どんなに今感じた愛情を表現しようとしても妊婦の身に負担を掛けさせるわけにはいかないし、実行する勇気がない。それでも萌は、俺の気持ちを察してくれたのか僅かに頬を染めて胸に納まってくれた。”愛してるよ、萌。”心の中では何度でも呟く。口には敢えて出さなかった。


 そう思えば、この萌と再会して、結構な月日が流れる。丁度こんな初夏のような暖かさだった。

 当時、普段通りに理想の教師を追い求めて一日一日を過ごしていた俺の前に立ちはだかった彼女。まさか中学時代の忘れもしない約束を交わしたガールフレンドだとは思わなかった。また、その時の俺は生真面目過ぎた。理想を求めすぎて本当の幸せであるべき幸福に気付けなかった。(かのじょ)には深すぎる不満と迷惑を掛けただろう。・・・それに気づいた時、俺は何をしただろうか?今に繋がることであろう、萌に妊娠を押し付けた。


 今思えば、最低な行為だろう。結婚することを拒んだこの俺が、俺から行為を求めたのだから。その日から俺の日常は非日常へと一変した。生徒にも変な誤解をさせた上に自分の犯した本当の行為に気付かなかった。そして、教師に対するイジメ、教師不登校へと変わった。そんな俺には萌が必要だったのに、理想とやらのせいにして約束を破り捨てるかのように萌と別れてしまったものだから、再会する勇気はなかった。それでも真実を把握した俺は萌に逢ってしまった。


 そして、今のような真の幸福が訪れた。果たしてこれが俺にとって心底から求めた幸運だったのかはわからないが、俺は、萌さえ居ればそれでいいと思った。


 それとともに、萌と居たこの日々は充実していたかもしれないが、色々と騒がしかった気もする。これから産まれてくる子には、しなくていい苦労はさせたくなかった。だから________


「萌、この子の名前・・・・・決めたんだが。」


 萌に向けて声を掛けた。予想通りの反応が返ってきた。


「え!?流石パパ。どんなの?」


 興味深げに身を乗り出して訊いてくるため、俺は苦笑せざるを得れない。どのように教えてあげようかな。


「・・・・・それは________」


 耳元で呟くと、萌は満面の笑みを浮かべ、満足そうに頷いてくれた。



















 とうとう予定日となった。この日は部活だったのだが、部員どもに”予定日なら行け、パパ駿T!こんなとこで道草食ってないで奥さん助けてやれよ!!(一応女子だ)”なんて言われてしまい、仕方なく部活は休みにした。

 

 そして今、萌を産婦人科に向かっているわけだ。萌は、全くと言っていいほど変化がなかった。陣痛が始まってもいい頃なのに、歩いているほどなのだから。


「マイペースなんだな。」

「そうね。生まれてからもマイペースで育ってくれたらいいんだけど。」


 俺は微笑みを見せた。


 一つ伝えておこう。俺たちが通う産婦人科は最先端な医療が備わっているらしくて、だからこそサービスも凄い。個人の意見によっては御産現場に父親が入れるシステムとなっている。勿論膣部等は本人にも夫にも見えないようになっているが。

 以前彼女と相談したら、


『逞真なら、見てもいいよ。』


 と言ってくれたので、行くことにした。


「ねぇ、ホントは部活だったんでしょ?よかったの?」

「俺がやるって言ってもアイツらがうるさいんだよ。お前を助けてやれって。大方、通ってる産婦人科のシステムの内容を知っての物言いだとは思う。」

「そっかぁ。なんか悪いな。逞真、本当に来てよかったの?貴方の性格なら頑固に”やる”って言い切れるはずでしょ。」

「・・・・・まぁいいよ。」


 それだけしか言わなかった俺だが、本当の所は、部員に感謝しているつもりだ。


 その時だ。______


「うっ・・・・・あ・・・・・・っ!!」


 萌が蹲った。・・・まさか。


「た、く・・・・・ま・・・・陣痛・・・・・・・」

「あぁ。もう少しだから。・・・・我慢できるか?」


 案外冷静に受け入れることができた。萌が苦しんでいる中、こっちがパニックを起こすなんて嫌だったから。


「だめ・・・・痛い、よ・・・・・」


 やむを得ず、車のスピードを最大限にあげた。


「頑張れ。」

「うん゛・・・・・・・・・っ」


 

















 間もなく、産婦人科に到着した。すぐにお産室に運ばれ、お産となった。


 俺は、萌の顔が見えることろで、じっと彼女を見守った。我妻は、子を産むために嘆き、喚き、もがき苦しんだ。


 男は、こんなに痛みには耐えられないだろう。性行為を行うときも、男は勝手に快感に浸っているだけで、最終的に苦労するのは女。もともとそういう創りになっているらしいが、そういう生理的な面ではなく、社会的に、女というものは不利に感じる。


 そう深く想っていた時だ。助産師の方に声を掛けられた。


「お父さん!」

「あ、はい。」


 深い考え事をしていたせいか、親愛なる女の苦しみを目にしたせいか、返事がいつもより曖昧だ。


「奥さんの傍へ行ってあげてください。安心するでしょう。」

「・・・わかりました。」


 勿論こんな場に出くわすのは初のことだ。俺なりに戸惑っていた。


 恐る恐る近づくと、萌は、その美貌はそのままに、だが大事に耐えているようだった。震えた白い腕が、俺を求める。


「うっ・・・・うっ!!あぁっ!!はぁ・・・はぁ・・・・・」


 優しく手を握ると、萌のほうから強く掴んできた。


「なっ・・・・・」


 思わず声が漏れてしまった。無理もない。女性からこんなに強く自分の体の一部を掴まれたのは初めてだったのだ。これは、ピアノを弾いている人だからなのか、女性もともとが秘めている力なのか解らない。とにかく指の力が途轍もなかった。それほど、痛いのか?萌。俺に、何かできることはないのか?


「何か言ってあげてください。」


 その言葉に頷いた俺は


「・・・・頑張れよ・・・・・・」


 そう言った。それだけしか言えなかった。この威圧感の中、萌に掛けられる言葉はこれだけだった。これだけ俺のことを掴んでくるくらいだ。丈夫な子供が産まれてきてくれるはずだ。


 そう信じ、俺も萌の手を強く握り返した。


 そして____________



 






















 幸福感に満ち溢れた、産声が聞こえた。


 赤ちゃんは、本当にこんな声を上げるんだ。出産されて泣くまでに間隔が空くんだ。そんな些細なことが、いい勉強となった。


 萌は疲れ切ったように俺を見詰めてる。元気そうなその声に包まれながら、俺たちは微笑み合った。



















 生まれた子供は女の子だった。


「見て、逞真。顔つきはきっと貴方そっくりね。切れ長の目で、淡い唇で、真っ黒の髪。まぁ、男の子っぽいわね少し。」

「いや、萌っぽい要素も無くはないんじゃない?ここ。」


 指で柔らかいピンク色の頬を指す。


「泣きぼくろは、絶対にお前のだ。俺じゃない。それに、歳を重ねるごとに女子は母親に似てくるものだぞ。声とか、仕草とか。」

「ふふ、そう?」


 萌は少しの窶れも見せなかった。


「・・・・ねぇ、抱いたら?」


 そう、萌は俺に我子を授けた。少し緊張気味に抱いた感想としては・・・・・・繊細で柔らかくて優しくて、希望の塊のような感じがした。小さくて、狂わしいほどに愛が零れてゆく。胸がいっぱいになった。ギュッと強く抱き締めたらその身体がへし折れそうな気がして、少し怖かったが、初めて父親になった実感が湧いた。


 陽だまりとともに生まれてきた子は、この瞬間から平和というものを持っていた。


 そして家族もぞくぞく集まり、幸せは一気に増大した。

























「先生、産まれた!?」


 教室に入った瞬間に言われた言葉はそれだった。


「はぁ・・・・・・あぁ。産まれた。」


 そう呟くそうに言うと、生徒たちが一気に振り返り、俺に近寄ってきた。


「えっ!?」

「おめでとーございます!!」

「男?女?」

「名前は!?」


 一気に質問が投げ掛けられる。少々喧しかったが、嫌な気はしなかった。


「おい皆、落ち着け。・・・そんなに聞きたければ、着席しなさい。」


 正直に席に座る一同に、笑いそうになった。深呼吸し、教卓に重心を乗せた。


「昨日、私の娘が産まれた。」

『お~!!!!』

「名前はな・・・・・・・」


 ご丁寧にチョークを持ち、黒板に書いてやった。


「すーるーーがぁー・・・・・駿T、ここまでは読めるっちゅーの!!」


 うるさいな、いちいち・・・・・・


「日和・・・?ひわ?にちわ??」


 思わず吹きそうになった。


「お前、こんな字もよめねぇの!?”ひより”でしょ?先生。」

「そうだ。」


 俺は肯定した。そう、愛娘の名は駿河日和(するがひより)


「名前の由来は!?」

「・・・子供には、和やかで平和な日々を過ごしてほしかった、それだけだ。」


 それだけとはいっても、深い意味が込められていたのだが。


「な~る!!」


「先生、おめでとうございます!!」


「ありがとう。」













 俺はつくづく、幸せ者だと感じた。


 そんな夏の日だった・・・・・・・・・・。

















やっと産まれました!!


次回もよろしくお願いします☆

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