足音
「あー!久しぶりの我が家だー!」
私は帰ってくるなり家中の窓を開けると、畳の部屋に大の字で寝転んだ。
小さい頃から身体の弱かった私は何度も入退院を繰り返していて、今回もやっと長かった入院生活を終えて愛しい我が家に帰ってきたのだ。
「せっかくの退院の日なのにお父さんもお母さんも居ないなんて……。あぁ、ダメだダメだ!2人とも私の治療費の為に頑張って働いてるんだから!文句言っちゃダメだ!」
私はそう自分に言い聞かせるように言うと持って帰ってきた漫画を読み始めたのだった。
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「あ!あれ!?もうこんな時間!?」
どんだけ漫画に没頭していたのか。気付いたら外は暗くなり始めていた。
急いで昼間に開けた窓を締めに行き、お風呂を沸かす準備をする。
「夕飯は……えー、冷蔵庫に何も入ってないじゃん。コンビニ行こうかな。面倒だなぁ。お腹空いてないから要らないや。」
冷蔵庫にはお父さんのビールやツマミ系しか入っていない。買いに行くのも面倒な私は今日は夕飯は食べない事にした。
「まだ身体もダルいしゴロゴロしてよ……ってやば!愛ちゃんから借りた本、まだ返してなかった!」
寝転んだ際に頭に何かが当たり、見ると前の入院生活の時に友達から借りていた怖い本だった。
「もう、最近本当にすぐ忘れちゃう!急いで返さなくちゃ…。明日辺り会って返そうかな。だけどこの本面白かったよな。」
寝転んだままパラパラと読み始める。
【幽霊が近くにいると何故電気関係が乱れるのか。】
【線香の匂いや獣臭がしたらすぐに逃げた方がいい理由】
【心霊スポットでやってはいけないルール5点】
【強い念や思いがあると幽霊は分裂することがある?】
などなど都市伝説を含んだ内容はとても楽しかった。
「やっぱりこのシリーズ楽しいな。新刊出たんだっけ。愛ちゃん買ったかな?あ!お風呂が沸いた!」
ずっと入院していたせいで家のお風呂が恋しくて堪らない。私はバスタオルとパジャマを持って急いでお風呂場へ向かった。
「ふわぁー!幸せー!」
決して大きいとは言えないけど病院のお風呂に比べれば。私は入浴剤を入れて極楽気分を味わっていた。
「……さっき怖い本読まなきゃ良かったな。」
入院生活では2人部屋だったから特に恐怖を感じなかったけど今は完全に一人。湯船の中で縮こまって怖くなってきていた。
「確か幽霊って水辺に現れるって……。いやいや、それは池とかダムであって、お風呂場では……。」
一人でブツブツ言っていると、ドアの向こうから足音のようなものが聞こえた。
「え!?」
私は慌てて湯船から出てドアの磨りガラスを見る。
……特に何も写っていなかった。
「怖いと思うからそう聞こえるんだよね。……早く出よう!」
そのまま急いで出ることにした。
********
「嫌だなぁ、怖いなぁ。」
漫画を読んでいても怖くて集中出来ない。
スマホで親や友達に連絡をしているが、全く返事がなかった。
「お父さん達は海外だからしょうがないとは言えなんで友達も?退院報告だってしてるのにさ!」
皆冷たい!と私は怒りながらテレビを付けた。
「えっ!?あれ、なんで!?」
テレビから映し出されたのは見事な砂嵐。どの番組に変えても砂嵐しか映らなかった。
「テレビ壊れたの?お父さん買い換えといてよ!」
と電源を消した同時に思い出した怖い本の内容。
【幽霊が近くにいると何故電気関係が乱れるのか。】
「確か……幽霊独特の電磁波?があるから電気関係に支障を来すんだよね?……いやいや!そんなまさか!」
もしかしてスマホの調子も悪くて送れてないとか…?
恐る恐るスマホを見ようとした時だった。
――トン、トン、トン……
「ひぃぃぃ!?」
お風呂場で聞こえた足音が廊下から聞こえてきた。
誰かいるの!?いや、戸締りはしっかりしていた。
という事はやっぱり幽霊……。
人間でも幽霊でも怖くなった私は外に行こうとした。……どこに行けば良いんだろう。
連絡がつかないから友達に迎えに来てとも言えないし、お金が無いからホテルにも行けない。近くの公園は暑くて無理だし、コンビニにずっと居たら通報されそうだ。
「……いや、気のせいだって。」
私が飲んでる治療薬は副作用で忘れやすくなったりぼうっとすることがあると言われた。
もしかしたら副作用で幻聴が聞こえたのかも。
「そうか、そうだよね。絶対そう。」
私はスマホを握りしめながら2階の私の部屋へ行くとベッドに潜り込んだ。
「朝まで耐えるわ。朝になったらどうにかするわ!」
明日スマホが使えなかったら隣の町にある公衆電話から友達にかけて助けてもらおう。自転車で行けば30分もかからない。
私はそう決意するとクーラーをつけて布団を頭まですっぽり被った。
「……怖い。えっ怖い!どうしよう!」
こんな時に限ってトイレに行きたくなるのは何故だろう。まさか漏らすわけには行かず恐る恐るトイレへと向かう。
「よし!トイレ完了!急いで部屋へ行かなくちゃ!」
別に私の部屋が安全というわけではないけど、とにかく布団を被らなくては!!
走り出そうとした瞬間だった。
――トン、トン……
またあの音が聞こえてきた。後ろを振り返る。
段々と近づいてくる足音。もしかして……階段を登ってる?
「いやぁ!!」
部屋に駆け込むと急いで布団を被った。
トン、トン、トン……
どうしよう。明らかに近付いてる。こんな事なら暗くても隣町まで自転車で行って公衆電話から友達に電話すれば良かった。
それとも警察に駆け込めば良かった?そうだよ!不審者なのかもしれないし!
もう手遅れの後悔が私を襲う。
トン、トン、トン……ピタッ
私の部屋の前で足音が止まる。居る。何か分からないけど、何かが私の部屋の前に居る。
……そうだ、寝たフリをしよう。もし泥棒なら、私が寝てる間に用を済ませて帰るかもしれない。
私は必死で目を閉じた。その時。
「!?――痛!?」
激しい頭痛が襲ってくる。なんで!?退院したばっかりなのに再発したの!?
痛みとパニックで涙が止まらない。
私が何をしたの。どうして私がこんな目に!!
……あれ?私……何か……忘れてない?
何故この状況で冷静になったのか不思議でしょうがないけど、私は何か大事な事を忘れている気がしていた。
……何を忘れてる?違う!それよりも足音が!!
いや、でも何故か思い出さなきゃいけないような気がする……。
激しい頭痛に頭を抱える。
……。……あ、そうか。思い出した。
「嫌だなぁ、私ってば本当に忘れっぽいなぁ。……薬のせいなのかな?でももうその薬も飲まなくていいんだね。」
私は泣き笑いながら、目の前に立つもう一人の私に呟いた。
【強い念や思いがあると幽霊は分裂することがある?】
家に帰りたい、そんな私の強い念がもう一人の私を生み出したのかな。
「ごめんね、死んだの忘れてた。私が思い出すのをずっと待っててくれたんだね。」
おまたせ!と私はベッドから飛び起きてもう一人の私に微笑んだ。もう一人の私も安心したように微笑む。
「さぁ、一緒に行こう。……お父さん、お母さん、今まで本当にありがとう。……さようなら。」
私達は手を繋ぐと白く光る扉の先へとゆっくり歩いて行ったのだった――。




