初フラグブレイク!
「う、疑うだなんてとんでもない! 俺はただ、心配だったんだ!」
俺は裏返った声で叫んだ。心臓が早鐘を打っている。
「心配? 私が?」
シャルロットの目がますます細まる。まるで獲物を狙う猫のようだ。
(ブレイカー! 次の指示をくれ! 早くしないと睨み殺される!)
『緊急提案:論点をずらしてください。「シャルロットが何かする」ではなく、「誰かがシャルロットを陥れようとしている」という話にすり替えるのが最適解です。彼女の被害者意識と自尊心を刺激するのです』
(なるほど、そう来たか! ……って、できるかそんな高度な話術!)
だが、やるしかない。俺は乾いた唇を舐め、決死の覚悟で口を開いた。
「そ、そうだ。実は、お前が聖女……いや、あの猫被り女の取り巻きたちに、何か因縁をつけられるんじゃないかと心配でな。例えば、そう……わざとぶつかってきてワインをかけ、それを『シャルロット様がやった』と騒ぎ立てる、とかな」
俺は心の中で(ごめん、聖女様。会ったこともないのに悪者にして)と懺悔しつつ、ブレイカーの入れ知恵を自分の言葉のように語った。
すると、シャルロットの表情が、疑惑から驚愕、そして烈火のごとき怒りへと変化した。
「なっ……なんですってぇ!? あの女、そんな卑劣な真似を……!」
(よし、食いついた!)
「ああ、あり得る話だと思わないか? なにせ相手は、お前が言う通り『演技の上手い』女だからな。お前のその素晴らしいドレスを台無しにしつつ、お前の評判を落とそうと画策していても不思議じゃない」
俺が畳みかけると、シャルロットは再び近くのクッションを蹴り飛ばした。
「許せない! なんて汚い手口なの! 私がそんな罠に引っかかるとでも思っているのかしら!」
《ピロリン♪》 『おめでとうございます! 【兄への不信感フラグ】を回避しました。シャルロットの敵対心は、仮想敵である「聖女とその取り巻き」に向けられました』
俺は内心で大きく安堵のため息をついた。首の皮一枚でつながった気分だ。
「全くだ。俺もそれを聞いて義憤に駆られたよ。だからこそ、お前には忠告しておきたかったんだ。茶会では、決して隙を見せるなよ、と」
俺がそう言うと、シャルロットはフンと鼻を鳴らし、腕組みをして俺を見た。
「……お兄様にしては、気が利くじゃない。そうね、教えてくれて感謝するわ。危うく、あちらのペースに乗せられるところだったかもしれないもの」
彼女の頭上の文字が変化する。
『断罪フラグ進行中:計画を変更。自ら手を下すリスクを認識。「向こうが仕掛けてくるのを待ち、返り討ちにする」方針に転換。危険度はAからCへ低下しました』
(よっしゃあああ! 下がった! Cなら、とりあえず即死はないはずだ!)
俺は心の中でガッツポーズをした。
「ああ、それがいい。お前は堂々としていればいいんだ。なにせパーシヴァル家の令嬢なんだからな。小細工なんてしなくても、その存在感だけで圧倒できるはずだ」
仕上げの追従を口にすると、シャルロットは満足げに頷いた。
「当然よ。誰に向かって口を利いているの。私はこの国で一番高貴で美しい、シャルロット・パーシヴァルなのよ。あの平民上がりの聖女もどきとは格が違うの」
彼女は高笑いしながら、くるりと背を向けた。
「もういいわ、下がりなさい。私は茶会に向けて、さらに自分を磨き上げないといけないの。お兄様みたいな凡人と話している暇はないわ」
「はいはい、お邪魔しましたよ、お姫様」
俺は慇懃無礼に一礼すると、逃げるように部屋を後にした。
廊下に出た瞬間、俺はその場にへたり込んだ。
「……死ぬかと思った」 『お疲れ様でした。見事なフラグ回避です。ですが、これは一時的な対処療法に過ぎません。彼女の根本的な性格が改善されたわけではありませんので』
「わかってるよ……。でも、とりあえず来週の茶会での破滅は防げたんだろ?」
『はい。しかし、まだ47個のフラグが残っています』
「言うな。今はその数字を聞きたくない」
俺はふらつく足取りで自分の部屋に戻った。
時刻はまだ午前中だというのに、すでに一日分の体力を使い果たした気分だった。
ベッドに倒れ込みながら、俺はぼんやりと天井を見上げた。
「……なぁ、ブレイカー。これ、本当に俺がやらなきゃダメなのか?」
『はい。やらなければ破滅です』
「だよなぁ……」
俺の怠惰な生活は、完全に過去のものとなった。
明日からは、父上の暴君フラグと、妹の新たなワガママフラグ、そしてその他諸々の死亡フラグとの戦いが待っている。
俺は枕に顔を埋め、音にならない叫び声を上げた。
最強スキルを手に入れたはずなのに、ちっとも嬉しくないのは何故だろうか。




