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悪役令嬢の妹

「九割八分五厘って、お前……もはや手遅れってレベルじゃないのか!?」


 俺は改めて、空中に浮かぶ絶望的な数字を見上げた。  SランクだのAランクだの、冒険者のクエスト依頼書でもそうそう見かけない危険度が並んでいる。それが我が家の現状らしい。


『肯定します。現状のまま推移すれば、パーシヴァル家は来年の春を迎えることなく物理的、あるいは社会的に抹殺されます』


「さらっと恐ろしいこと言うなよ!」


 俺が頭を抱えていると、ドタドタと廊下を走る足音が聞こえ、勢いよく扉が開かれた。


「イリス坊ちゃん! 先ほどの叫び声、いかがなさいましたか!?」


 飛び込んできたのは、我が家に長年仕える老執事のハンスだった。普段は冷静沈着な彼が、目を白黒させて息を切らせている。


「あ、いや、ハンス。その……」


 俺は視線を泳がせた。まさか「脳内に謎のスキルが語り掛けてきて、我が家が滅亡寸前だと知ったからです」などと馬鹿正直に言えるはずもない。  俺はとっさにテーブルの上の、少し齧っただけの固ゆで卵を指さした。


「こ、この卵が! あまりにも芸術的な固ゆで具合だったもので、感動のあまりつい……」


「は……? ゆで卵、でございますか?」


「そ、そうだ! 我が家のシェフの腕前に感服したのだ!」


 苦しすぎる言い訳だ。自分でも顔が引きつっているのがわかる。


 ハンスは狐につままれたような顔で俺とゆで卵を交互に見ていたが、やがて深くため息をついた。


「……左様でございますか。お加減がよろしいようで何よりですが、あまり大声を出されますと、旦那様がお目覚めになります。ご自重ください」


「うっ……わ、わかった」


 父、ゲオルグ・パーシヴァル伯爵。我が家の絶対君主であり、領民を苦しめる悪徳領主(危険度S)。


 あいつが起きてきたら、朝からどんな理不尽な難題を吹っ掛けられるかわかったもんじゃない。俺は素直に頷いた。


 ハンスが一礼して部屋を出て行こうとしたその背中に、ふと奇妙な文字が浮かんでいるのが見えた。


『過労フラグ注意:このまま心労が重なると、三日後にぎっくり腰を発症。一週間寝たきりになります(危険度D)』


(……ハンス、お前もかよ)


 どうやらこのスキルは、自分に関する破滅だけでなく、他人のちょっとした不幸まで感知できるらしい。いや、執事が寝たきりになったら屋敷が回らなくなるから、俺にとっても間接的に不幸か。


 扉が閉まり、再び静寂が戻った部屋で、俺は冷めきった紅茶を一口飲んで心を落ち着かせた。


「……なぁ、この『破滅フラグブレイカー』ってスキルは、本物なんだよな?」


『はい。あなたの認識能力に干渉し、未来の可能性を視覚化しています』


「なんで俺なんだ? 俺はただの、やる気のない三男坊だぞ。家督を継ぐ予定もないし、将来は適当なコネでどこかの騎士団の事務方にでも潜り込もうと思ってたのに」


『あなたが「頭を強く打った衝撃」で、偶然この能力に目覚めたからです。適性があった、とも言えます』


 なんて迷惑な偶然だ。こんなことなら、馬から落ちた時にそのまま打ち所が悪くて死んでた方がマシだったかもしれない。


「……なぁ、もしこのまま何もしなかったら、俺はどうなる?」


『パーシヴァル家が滅亡する際、あなたも連座する可能性が極めて高いです。具体的には、領民の暴動に巻き込まれて撲殺されるか、隣国との戦争で最前線に送られるか、あるいは妹君の罪に連座して処刑台に送られるかのいずれかでしょう』

「ろくな死に方じゃねぇ!」


 俺はガバリと立ち上がった。


 冗談じゃない。俺は、俺の平穏で怠惰な生活を愛しているのだ。


 父上がどれだけ暴君だろうと、妹がどれだけ性格が悪かろうと、俺自身はのらりくらりと生きていければそれでよかった。


 だが、家が潰れてしまえば、その前提が崩れる。俺の愛するフカフカのベッドも、美味しい食事(今日のゆで卵は除く)も、すべて失われてしまうのだ。


「……やるしかないのか。俺自身の平穏な老後のために」


 俺は拳を握りしめた。  動機は不純だが、やる気は出てきた。これは生存競争だ。


「よし、わかった。ブレイカー、俺はどうすればいい?」


『賢明な判断です。まずは現状把握を推奨します。特に危険度Aの【妹シャルロットによる断罪フラグ】は、進行度が早いです』


 妹、シャルロット。我が家の末っ子長女で、俺の二つ下の十五歳。


 甘やかされて育った結果、わがままで傲慢、自分より身分の低い者を平気で見下す、絵にかいたような悪役令嬢だ。


「あいつ、聖女をいじめてるって書いてあったな……。相手は救国の聖女だぞ。何考えてんだ」


『思考プロセスは不明ですが、彼女の行動が破滅を招くことは確実です。直ちに接触し、フラグをへし折る必要があります』


 俺は重い腰を上げた。  病み上がりで、しかも相手はあのヒステリックな妹だ。気が進まないことこの上ないが、一年後の処刑台よりはマシだろう。


「わかったよ。まずは手始めに、我が家の『悪役令嬢』様のご機嫌伺いといくか」


 俺は部屋を出て、妹の部屋へと続く廊下を歩き出した。  その一歩一歩が、茨の道への第一歩だとは知りつつも。

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「父は剣聖、母は大魔術師、生まれ変わった俺は!?」という作品をなろうに投稿しました。
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