08
窓から差し込む陽光に照らされて、意識が覚醒する。夢も見ないほど深く眠っていたようだった。
疲労でほとんど記憶はないけれど、ギリギリ湯浴みはしたようだ。しかし、衣服や装備が床に散乱している。朝ごはんを食べたら片付けをしよう。
昨日、一刻も早く宿に帰りたかった私は、街の入口付近でアルトゥールと解散した。その際に案内分の報酬がどうとか言われたけれど、私は大して何もしていないので辞退。
今考えると、貰える物は貰っておけば良かったなと後悔。
一糸まとわぬ状態だったため、一先ず適当なワンピースを着て外套を羽織る。フードを深く被ってから部屋の外へ出た。
エルフであることも、子供であることも、なるべくなら隠したい。分厚い外套とフードは私を隠してくれるから重宝している。
治安の良さと値段、質とを考えて選んだこの宿は少しだけ割高だ。中級冒険者の中でもある程度稼ぎがある人向けである。とはいえ、連泊割引とか現金一括だとちょっと安くなるみたいなのがあって、他の同レベルの宿よりは安い。諦めずに探してよかった。
更に嬉しいことに、この宿は朝食が付く。それが結構美味しいのだ!
併設された食堂で部屋の鍵を見せると、トレイに朝食セットを載せて渡してくれる。今日のメニューは白パンにこってりとしたポタージュ、ベーコンと目玉焼きまで付いている。いつもより豪華だ。何かあったのだろうか。
「この街に聖人様が来ているからね、領主様から振る舞われたんだよ」
首を傾げた私に、宿の女主人が説明してくれた。いつもなら黒パンだし、スープは薄い。ベーコンがあったら目玉焼きはないのだ。
「近くの迷宮が崩壊したらしくてね。その調査にいらしたんだと。他の迷宮も崩壊する恐れがあるってんで、しばらく迷宮は封鎖されるよ」
「えっ」
「その代わりの依頼がギルドに来てるらしいから、後で確認してみな。迷宮よりよっぽど安全だろうね」
「……ありがとうございます」
困ったことになった。
先払いした分は宿泊して、その間は近くの迷宮に潜るつもりでいたのだ。背に腹はかえられないし、何もしないよりマシだし。それもできないとなると非常に困る。
部屋の片付けよりも先に、ギルドを覗くべきだろうか。これからのことを考えつつ、隅の席で朝食を摂る。
「ギルド行ったか? シケた依頼しかねぇのかと思ったが、そうでもないらしい」
「ああ、見たぜ。アルトゥール様のお力添えって話だ」
「迷宮封鎖中の衣食住は支給されるんだとよ」
「一人でなんでもできるんだから、聖人様ってのはすげぇな」
耳が勝手に拾ってくる、喧騒に混じる聖人様の話。彼はどうやら、ものすごい有名人らしい。誰も彼もが彼を褒めたたえている。気持ちが悪いくらい、肯定的な意見しか聞こえない。終いには「聖人様万歳!」なんて芝居じみた賛辞まで飛び出す始末だ。
「迷宮調査の護衛なんて依頼もあったぜ」
「神官と学者の護衛だったっけか」
「おうよ。危険手当に装備代一部負担だとよ」
「景気がいいねぇ!」
こ、好待遇過ぎる! でもでも、複数人で行う護衛なんて身バレ不可避だ。私にはソロプレイヤーらしく、魔物討伐をするくらいがちょうどいい。子供だからと舐められるのも、エルフだからと好奇の目に晒されるのも、嫌だ。
「迷宮封鎖に伴う警備業務なんてのもあるぞ」
「どれも待遇がいい。迷うな」
「こんな街にそこまでする価値があんのかねぇ」
「バカヤロウ! くれるってんなら貰えばいいだろ!」
う、うるさい! ご飯くらい静かに食べれないのかなあ! 何も考えずに好きなことできていいなーなんて全然思ってないから! 別に羨ましくない!
でも、私には私のやり方があって、彼らには彼らのやり方がある。私にできないことがあって、彼らにできないことがある。そうだ、私は私のやるべきことをやるのだ。
どうやら封鎖される迷宮は街の近くだけで、少し離れれば影響はないらしい。日帰りできるギリギリの距離まで範囲を広げれば、選択肢はいくつか増える。
ポタージュを最後の一滴まで飲み干して、盛り上がる人達から離れるように部屋へ戻った。