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07

アールヴ・ローレンティアーナはエルフである。


アールヴというのは古い言葉でエルフを意味し、アールヴ・ローレンティアーナとは、エルフのローレンティアーナという意味になる。

多くのエルフはファミリーネームを持たず、エルフの誰々ですと名乗るのが一般的だ。


場合によっては、何某の子の誰々ですとか、何処そこに住まう誰々ですという名乗り方をすることもあるけれど、最近はあまり使われない。


"エルフ"とは一般的に長寿で、高い身体能力と魔力適性を併せ持つ種族を指す。例外無く容姿端麗で、肉体も精神も強靭だ。そのため、ヒト属とは別の種だと考える人間が多く、近年まで観賞や愛玩用の奴隷として取り扱われることもあった。


普通の人間と違い数百年経っても変わらぬ美しさを保ち続けるエルフは、権力者たちの間で一種のステータスにすらなっていたのだ。


そんな長命種のエルフだが、大抵の場合、発育は人間と変わらない。

例外的に幼少期で発育が止まったり、成長に時間がかかる者もいるが、極めて稀だ。そういった例外たちは平均的なただのエルフではなく、異常に強大な力を有していたり、ヒトではない何らかの存在に干渉を受けていたりする。


そしてローレンティアーナは、恐らく後者だ。


結論が出るまで、6歳で成長が止まってから4年間様々なことを試した。


そうして最終的に父の知人を頼ることになったのだ。そこで、はじめてのおつかい発生である。


課されたのは、父がしたためた手紙を届けること。届けてその場で解決できるならそれでもいいが、難しければ意見を貰い持ち帰る……そんなおつかい。


両親はエルフらしい時間感覚で「100年経つ前に帰ってくればいい」と言っていたけれど、ローレンティアーナは1年未満で帰ることを目標にしていた。


そして、素早く効率的に動くためには資金が必要だ。不測の事態に備えるためにも、お金はあればあるほどいい。


両親から渡された路銀を貯金して、魔物を狩り、魔石を売りながら父の知人を探す……ローレンティアーナが考えた作戦は完璧だったはずだ。


完璧なはずだったのに。


最効率の魔物を狩るために訪れた迷宮が崩壊し、スタンピードに巻き込まれるなんて誰が予想できただろう。

わかっていたら当たり前に選ばなかったのに、とポーチの中の魔石を数えながら独り言つ。


まだ目標額を稼げていない。不足を補うために、また迷宮や魔物討伐などの依頼を一から探さなければと考えて気分が沈む。

未だに地方の権力者や好事家たちはエルフを奴隷にしていると聞くから、なるべく種族は隠したい。しかし、種族を隠しているとただの子供だと思われて、まともに相手をされない。

人が少なくて魔石の純度も悪くないこの迷宮は穴場だったのだ。


「ティアーナ。貴方の意見を聞きたい」


名前を呼ばれて顔を上げた。アルトゥールの傍には紙の束と、独りでに動くペンが浮かんでいる。恐らく魔法だ。


「いけん……ですか?」

「私は崩壊する前の迷宮を知らないから、知っている貴方の意見を聞きたいんだ」

「わたしは……まほうがつかえないので、さんこうには……」


真っ直ぐな瞳にたじろぐ。

アルトゥールの美しいかんばせは穏やかで、居心地が悪い。思わず視線を逸らした。

期待されると逃げ出したくなるのは悪い癖だと自覚しているけれど、一朝一夕で治るものでもない。

両親はいつも、期待ではなく見守る姿勢だけをとっていたから、こうして期待されるのは随分と久しぶりに感じる。


「勘でも、なんでもいい。私の考えだけでなく、人の意見が聞きたい時があるんだ」

「それで、いいなら」

「ありがとう」


顔を見れなくて、アルトゥールの影を見つめた。日が高いから影も濃い。


「ここに、また新しい迷宮が発生しそうだろうか」

「たぶん、しない……気がします」


彼といると今まで忘れていた、臆病な私が顔を出してしまう。


「それなら、地盤沈下の可能性は?」


その問いに顔を上げる。真剣な表情だ。


ちょっと魔物が暴れただけで崖崩れが起こるような地質の土地だ。地下空洞なんてあったら、いつ崩れてもおかしくはないだろう。スタンピードで崩れなかったのが奇跡だ。


私の耳は依然として地下空洞の危険性を拾っている。エルフの鋭い五感が危険を訴えているのだ。


「かなりたかいとおもいます」

「ああ、やはりそうか。……ありがとう、参考になった」


納得したように頷いて、作業へ戻っていく。彼はわかっていながら聞いたのだ。何のために? と言うか、わかっているならこんな場所に長居すべきではないのに。


はやく街へ戻りたい。疲れたし、泥を落として眠りたい。


「ティアーナ、貴方の力を貸してほしい。手に触れても良いだろうか」

「えっ、はい。どうぞ……?」


反射的に差し出した手をゆるく握られて、心臓が跳ねる。突然なんだ。なんなんだ。


一気に顔が熱くなるのを嫌でも感じて、ぎゅっと目を瞑った。アルトゥールは何やら呟いている。聞いたことがあるような、ないような言語だ。


――父が唱えていたものに、似ている?


「ありがとう。用事は済んだから、街に行こうか」

「ま、まってください! なにしたんですか!」


音が聞こえない。空洞に響いていた音が消えた。


「土の精霊に力を借りて埋めたんだ」

「えっ、あの大きさの!?」


光の剣といい、魔法といい、規格外過ぎる。人の形をした化け物だったりしないだろうか。

それに、気のせいでなければ先程から彼の影が揺れている。膨らんだり萎んだり揺れたり、生き物のようだ。


「私はアルトゥール・セラフィだから」


その意味を知るのは、翌日になる。


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