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06

「それで、アルトゥールさんは……」

「アルトゥールでいい。レディ・ティアーナ」

「では、わたしのことも、ティアーナで」


森の中を歩きながら会話をする。目的地は崩壊した迷宮跡地だ。通り過ぎてしまうといけないから、歩くことにした。

日が沈む前には街へ戻れるように、早足だけれど。


「……アルトゥール、は、どうしてここに?」


彼が持つのは、ただの人にしては大き過ぎる力だ。それなのに、なんの変哲もない街の中級迷宮(ダンジョン)に来る理由がわからない。

権力者に囲われたり、奪い合いが起きたりしてもおかしくないだろうに。一人で動き回っているのは変だ。


それに――


「実は金枝の神官(ドルイド)から緊急の依頼を受けて来たんだ」


ドルイドとは高位の神官を指す。オークの森を聖地とし、ヤドリギを神聖視している。並の権力者よりも強い力を持ち、その発言力で国を動かすことも可能だという。


……と父から教わった。


そんなお偉い人から依頼を受けるということは、やはり彼は権力者に飼われているのだろうか。それとも彼自身に権力(または準じた力)があり、自由行動を可能にしているのか。


歩く、話すだけでも所作が洗練されていて、どうにも冒険者には見えない。冒険者というのは大半が力だけで成り上がっているから、どれだけ取り繕っていても生まれながらの性質は変わらないのだ。


首を傾げて考える私を、アルトゥールが見下ろしている。


「ドルイドについては知っていても、私のことは知らないのか」


私の歩幅に合わせて歩く彼の堂々とした立ち姿は、人の上に立つ者のそれだ。為政者ではないにしろ、高位の貴族なのかもしれない。


そうでなければ人を貴婦人(レディ)なんて呼ばないか。


「すみません。えらい人なのはわかりますが、ぞんじあげなくて……」

「いや、知らないのは罪ではないし、ここは私の国ではない。私を知らないのにも拘わらず協力してもらえるとは、思わなかった」


つまり、知っていて断る人はいないほどの人物だ、ということ。言葉だけ聞くと偉そうに感じるけれど、他意はないのだろう。本当に感心しているのだ。


へんなひと。


「あ、このへんです」


やや傾斜があり、湿った匂いがする場所。崩壊した迷宮は、洞窟のような入口から地下に潜っていくタイプだった。



迷宮にもいくつか種類がある。


まず危険度別に初級、中級、上級と別れており、滅多に存在しないが最上級なんてものもある。


危険度は単純に棲まう魔物の強さだけでなく、脱出の難易度も加味されている。入りやすく出にくい迷宮の危険度は高めに設定されていたりなど、探索者のことをよく考えて設定されているのだ。


それから、迷宮の形態によって様々に呼ばれる。


例えば今回の迷宮は地下迷宮。地下に根を張り成長することからそう呼ばれている。


世界には空に浮かぶ空中迷宮なんてものもあるらしい。


……どうやって行くのだろう。空にある物が落ちてきたら、大変なことになりそうだ。考えただけで身震いがする。


あとは成長度合いによってレベル分けとか、調査の進捗によっての呼称とかもあるけれど、一旦割愛。


迷宮は最大まで成長すると周囲を巻き込んで崩壊を起こす。恒星の最期みたいだ。

発生する被害は溜め込んだ魔物を吐き出してスタンピードを起こしたり、爆発四散したり、様々。


それから、崩壊後にも形が残るものと残らないものとがある。

今回の迷宮は形が残っていないため、地下にあったものが突然無くなった状態だ。地盤沈下や新たな迷宮が発生する可能性などもあり、非常に危険だろう。


「ここです。この下に」


周囲より少し窪んだ場所に立つ。ここに本当は入口があったのだが、崩壊して魔物を吐き出し終えた後に閉じてしまった。


「確かに……地下空洞がある」


エルフである私は地下空洞の音がわかるけれど、人間の彼に音が拾えるものだろうか。それとも、別の何か不思議な能力があるのかも?


顎に手を当てて、考え込む姿を見上げる。


それにしても美しい顔だ。


つり目がちな瞳には海のような深い青が嵌っている。瞳と同じように吊り上がる眉は男性らしさを強調しているが、顔の作りには女性的な柔らかさがある。透き通る白い肌には些細な傷一つ無い。口元は緩く弧を描いていて、人徳者であろうことが見て取れる美人だ。


燃えるような赤い髪には癖がなく、彼の美貌を際立たせていた。片側を後ろに撫でつけている前髪は少し長いが野暮ったくはなく、バランスを保っていて、色気を感じさせる。大人の色香というよりは、まだ大人になりきれていない時期特有の危うさを孕んだもの。


よく鍛えられ、均整の取れた体に美しい顔が乗っているのだから、多くの女性が彼を放って置かないだろう。引く手あまたに違いない。


その身を包むのは青い外套。縁には金糸で刺繍が施されている。刺繍と同色のボタンには繊細な意匠と宝石が設えられており、ボタンひとつで一体どれほどになるのか想像もつかない。


あまりの美貌に、少し気を抜いたら簡単に惑わされてしまいそうで、困る。


不躾な視線を意にも介さず、アルトゥールは迷宮跡地を見分している。見られることには慣れていると言わんばかりだ。


やることがなく、手持ち無沙汰なので近くの木に寄りかかってぼうっとする。風の音を聞きながら、この旅の目的に思いを馳せることにした。


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