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05

すごい! はやい! まるで風だ!


落下していた時と速度は変わらない気がするのに、受ける風は穏やかだ。不思議な力で守られているのはわかるけれど、それが一体どんな力なのかはわからない。


過ぎていく景色を眺めながら、何処にいるのかを推測するだけで手一杯だ。恐らくあと少しで魔物の群れに鉢合わせするのではなかろうか。


ここまで来たら、青年が何をしようとしているのかもわかる。


魔物の群れと一人で戦う気だ。


数百は下らない魔物たち相手に一人で立ち向かうなんて無茶だと思う。最悪の場合、私は彼を置いて逃げるしかない。何も出来ない不甲斐なさを痛感して唇を噛む。


そうして進んでいると、次第に低い音が聞こえてくる。耳を塞ぎたくなる不気味で不快な音だ。背筋が震えて歯の根が合わなくなる、根源的恐怖。


ああ、これはきっと、迷宮の主だ。


木々の隙間を縫うようにして走っていた先で、突如開けた視界。光が差し込み、思わず目を細めた。光を背負う、巨大な影。


他の魔物が私の五倍ほどだとしたら、更にその倍はある。家どころかアパートが丸ごと動いているような大きさの蜘蛛が、咀嚼するように口を動かしていた。


悲鳴をすんでのところで飲み込む。


一人の時に遭遇しなくてよかったという気持ちと、もしこの後逃げるとして、逃げ切れるのだろうかという疑問。最悪な想像ばかりが脳裏を過ぎる。


恐怖に凍てついた私の体を解すように背を撫でて、青年が笑った。


「きみは落ちないようにだけ、気をつけていて」


言外に大丈夫だと、安心していいのだと言う青年の顔を見上げる。慢心ではない、確固たる自信。恐怖など、微塵も感じていない。


青年の右手に光が集う。


気付いた魔物たちが一斉にこちらを見た。迷宮の主たる巨大な蜘蛛も例外ではない。


集まった光が、形を持ち始める。

やがてそれは、西洋風の長剣となった。


とても、美しい剣だった。エルフの造る剣と似ているようで違う、美麗な装飾。おおよそヒトでは到達し得ない究極の美技。

片手で持つには重そうだが、青年は重さを感じさせない素振りで剣を握っている。


敵――あるいは餌となる私たちに向けて、魔物が糸を吐く。蜘蛛型の魔物の厄介なところだ。糸に触れてしまうと動けなくなる。そのまま包まれてしまえばゲームオーバーだ。


けれど、糸が触れるより先に、横薙ぎに一閃。剣が振るわれた。大地と水平に光の刃が辺りを薙いでいく。


圧倒的だった。


気がつけば、見渡す限りが跡形もなく平らになっていた。

たった一瞬で全てが終わったのだ。


「さて。崩壊した迷宮跡地まで、案内してもらえるかい?」


言葉を失っていた私に、青年が声を掛ける。気付けば剣は消えていた。私は呆然と更地になった森の一部を眺める。生き物の気配がしない。

しかしよく見れば魔物の核らしき物が所々に落ちている。それも総量と比べれば些か少ない。もしかして、核すらも蒸発させてしまったのだろうか。


「……驚かせてしまったかな」

「あっ、ええと……はい。びっくり、しました」


眉を下げて困ったような顔をする青年を見上げる。たった今、奇跡を起こした人物とは思えないほど平然としていて、恐ろしい。


「その、いどうするまえに、すこしだけいいですか?」

「もちろん。日が落ちるまではまだ時間があるからね」


ゆっくりと地面に降ろしてもらう。今度はちゃんと立てた。


両手を組んで、目を瞑り、大きく息を吸う。母の教えに習って、ていねいに、鎮魂の詩を風に乗せる。


「……光の中で眠れ(Hvílíljósi)


魔物も、木々も。この森で暮らしていた全ての動植物たちに、祈りを。


「きみは、エルフだったのか」


祈りを終えて振り返ると、少し驚いた様子の青年がいた。頷いて、髪に隠れていた耳を見せる。

本当はあまり、エルフだと告げてはいけないのだけれど、恩人に対して嘘を吐くのは忍びない。


「はい。エルフのティアーナです」


これは愛称だから、嘘ではない。嘘は吐いてないからセーフだと自分に言い聞かせる。まだ完全に信じるには少し怖い。


「すまない、レディ。名乗るのが遅れてしまった。私はアルトゥール――アルトゥール・セラフィと呼ばれている」


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