04
エルフの体はただの人間よりも頑丈だ。私は昔、魔猪に吹き飛ばされたことがあるけれど、ちょっとかすり傷を負っただけで全然元気だった。
だから、高所から落下しても骨折くらいで済むだろう。しかし、足を折ると移動が大変になる。どうせ折れるなら腕の方がマシだ。足が動けば後のことは何とかなる。
でもそれは、ちょっと楽観的過ぎたみたいだ。
眼下の人影を見る。ただの人間は、空から落ちてくる物体に耐えられないだろう。軌道を変えたくても、空中で体勢を変えるのは至難の業だ。二進も三進もいかない。
仕方ないので、人影側に避けてもらう他無さそうだ。
「よけてくださあああああい!!」
今出せる最大出力。右でも左でもいいからとにかく避けてくれるように願って、声を上げる。
一瞬、目が合った気がした。
「……え?」
ぐん、と重力が私を押す。それはまるで、ブランコのよう。高く跳ね上がった時の浮遊感。
空へ押しやろうとしていた風も、地面へ叩きつけようとしていた重力も、全て和らいで、ただ、羽根のようにふわふわと空を舞う。
何が起きたのか理解できないまま、人影――もとい、長身の男に抱えられた。親方! 空から女の子が! 過ぎるシチュエーションに固まる。
「意識は……あるようだね。怪我はないかな?」
端正な顔立ちの男だ。歳は二十に満たないくらいの、言わば青年という風貌。紅毛碧眼の青年が私の顔を覗き込んでいる。息を呑むほどの整った顔に、思わず目を奪われた。これはもう、美の暴力だ。
「だ、な、ないです! へいきです!」
顔が熱いので、恐らく赤くなってしまっているだろう。父も美しい人ではあったけれど、何年も一緒にいると慣れてしまうものだ。その点、初めて見る美しい人にドギマギしてしまう。
「それなら良かった。立てそうかい?」
「はい! たちます!」
元気よく頷いて下ろしてもらったは良いものの、腰が抜けて立てない。恥ずかしさに俯いてしまう私に合わせて、青年が膝をついた。
「無理はしなくていい。あの高さから落ちて、受け答えができるだけですごいことだよ」
柔らかい声でそう言われると、少し安心する。勇気を出して顔を上げると、微笑まれた。イケメンの微笑は心臓にわるい!
「何があったか言えるかい?」
問われてハッとする。こんなことしている場合じゃない。私の身に起きた出来事よりも、これから街が大変なのだという点に重きを置いて伝えなければ。
先程、落下する私を受け止めたのはきっと、魔術とか魔法とか、とにかくそういった類のものだ。
つまり彼は、ある程度の実力者。適切に街へ危機を伝えられる人だろう。
「あのっ、えっと、スタンピードが! あっ、ほーかいがおきて! その……っ!」
「ああ、大丈夫。わかっているよ。私はそのために来たんだ」
順序立てて伝えられていないのに、理解してくれたらしい。それどころか頭を撫でられてしまった。
「すみません……」
「謝らなくていい。むしろ、謝るべきは私だろう」
何故と問う前に、軽々と抱き上げられてしまう。
「きみには悪いが、少し付き合って欲しい」
捕まっていて、と続く言葉に頷き、首に腕を回す。ぎゅう、としがみついたのを確認した青年が片腕で私を支えて、走り出した。