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夢を見ている。


森の中を歩いていた。頼りない月明かりが、かすかに足元を照らしている。虫の鳴き声も、動物の足音もしない。ただ遠くに、水の音。


やがて見えてきた湖の上を、青白い光が飛んでいる。


炎のようにゆらゆらと揺れている。それなら、球電ではないだろう。

とはいえ、この世界には当たり前に魔法が存在する。あれがガスに引火したものなのか、魔法によるものなのか、判断はつかない。




いつの間にか歩みを止めていた。


夢の中ならば、自由に動くことは叶わないと思っていたけれど、今は好きに動けるようだ。


辺りを見渡してみる。青白い火球は、湖の上だけでなく、至るところに浮いていた。それぞれ意思があるような動きで右へ左へ。しかし最後には湖に向かっていく。


なにか、引力のようなものがあるのだろうか。


好奇心に駆られて湖へ向かう。

足先で水をかき、足首を、ふくらはぎを、太ももを、濡らしていく。


腰の辺りまで浸かったところで、私は火球の群れに近付けていないと気付く。森の傍から見ていたよりも湖が広い。


違和感。


戻ろうと後ろを向いて、絶句。

森が――消えていた。


「月に叢雲、花に風……ふふ、ふ……」


誰かの声。気配も姿も感知できないのに、声だけが聞こえる。


「だ、だれ……? どこに、いるの……?」


恐怖に震える声を必死に絞り出して誰何するも、返事はない。動くと湖面が揺れて、波紋が広がる。


果てのない湖の中で、一人、ただじっと、夜明けを待つ。



青い海! 潮の匂い! 大きな街! 舗装された道!


鉄道を終点で降りてから、馬に乗ること一週間とちょっと。とうとう! ようやく!


湖の街、フロンに到着した。


この地域の伝統なのであろう、半球状の屋根をした建物と、どこにでもよくある四角い建物が乱雑に建っていて、統一感が無い。

建物の年代も古いものと新しいもので二極化している。中間が存在しないのだ。


大きな三角洲の上にひたすら建築物が詰めてあるせいで、余計に雑多な印象を受ける。整然としていた侯爵領と比べると天と地ほどの差だ。綺麗な街ではないけれど、生活感のある街。


それが、湖の街フロンだった。


「行こうか、ティアーナ」

「はい!」


大きな街は人通りが多く、通行人の邪魔になってしまうので、馬から降りて徒歩で行く。子供が飛び出してきたりすると、轢いてしまう可能性もあるし。


小川が多いため、住民の移動手段に小舟があるみたいだ。水の都っぽい。カッコイイ。ちょっと乗ってみたい。


入り組んだ地形の中、ギルドは街の端だった。外から来た人が迷わないように、ということなのだろう。

代わりに街の中央には、教会やら礼拝堂があるようだ。


馬を返した後、ギルドでアルトゥール宛の郵便が無いか確認。冒険者間の手紙のやりとりはギルドが預かることが多いのだ。

ちなみに、ギルド間で魔術を使って物資の転送などもできる。人は転送できないし、物もたまに破損することがあるので、それが嫌な人は配達員を雇ったりするらしい。


しかし、預かり物は何も無かった。ならばとアルトゥールのお師匠さんについて聞いてみたけれど、なんの手掛かりもないまま、街の広場に出た。


「どうするんですか?」

「居そうな場所を探すか……彼女なら、手紙を誰かに預けている可能性も……」


アルトゥールが困っている。


私に何かできることはないかと耳をすませて、物陰から私たちを窺っている誰かに気づいた。見目は私と同じくらいの、少年。


「あの、なにかごようですか?」

「うわっ!」


初対面の女の子に対して、「うわっ!」は失礼ではなかろうか。ムッとしつつ、少年をよく見てみる。


あまりよい服は着ていない。見る限り手足は細く、眼窩も窪んでいて、やつれている。貧民街の子かもしれない。


「お、まえ! あのにーちゃんのなに?」

「アルトゥールのことですか? ええと……」


なんて言うのが正解か、悩む。友達ではないし、パーティーメンバーだと自分から言うのはちょっと恥ずかしいし、かと言って他に適切な言葉は思い浮かばない。


うんうんと悩んでいると、気付いたアルトゥールが近くに来た。


「きみは……もしかして、手紙を預かっていたりするかな」

「えっ、あ、うん……これ、たぶん、にーちゃんのだと……」


そう言って少年が一通の手紙を差し出す。


封蝋を使ってしっかりと閉じてある封筒は、少年と不釣り合いに映った。貴族や商人が使うものにしてはシンプル過ぎるけれど、ただの町民が使うにしては質がいい物だ。


アルトゥールはそれを開けて、読んでいる。途端、ちょっと困ったような顔。


「……手紙を預かってくれて、ありがとう。これは手間賃だ」

「おおっ、やりぃ! じゃーな、にーちゃん!」


アルトゥールが少年の手に小さな袋を乗せる。音からして、恐らく銅貨が複数。それを受け取った少年が笑顔で走り去って行った。


「アルトゥール?」


見上げたアルトゥールは、やはりちょっと困ったように眉を下げている。言いづらいことを頼む時と似たような顔だ。なにか良くないことが起きたのだろう。


「すまない……どうやらもう、この街を出ているらしいんだ」

「そういうこともありますね」

「……怒らないのか」

「おこるようなことじゃ、ありません」


当初の予定よりだいぶ早く着いたはずだけれど、行き違うこともあるだろう。そんなことで怒るほど狭量じゃない。と言うか、私の用事にアルトゥールが付き合ってくれているのに、怒るなんて有り得ない。


だと言うのに、アルトゥールは見るからに落ち込んでいた。今まで、あまり失敗せずに生きてきたからショックが大きいのかもしれない。


「せっかくですし、おいしいもの、たべましょう!」


さっき美味しそうなお店を見かけて気になっていたのだ。考えるのはご飯を食べてからでいいだろう。想定外の出来事は、旅のお土産話にもなるから。


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