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「ティアーナ嬢、砂糖とミルクは必要かな?」
「あっ、ほしいです! おねがいします」
魔術で出来たイスとテーブルにクロスを敷いて、淹れてもらった紅茶を飲む。優雅に座るローガさんを見て、見様見真似でやってみるけれど、サイズ感が違いすぎる。断念。
「眠くはない?」
「はい。だいじょうぶです」
「フフ、ならよかった」
柔らかく弧を描いた口元が美しい。眺めるだけでおなかいっぱいだ。
「この紅茶は緊張を和らげる効果があるんだ。どうかな」
「おいしいです」
ミルクティーにしてしまったからミルクが強いけれど、あたたかくて、やわらかくて、人柄がわかる。やさしい味だ。
夜食代わりに持たされたアルトゥールのお手製サンドイッチと一緒に食べれば、美味しさ爆増。夜更かしって、えも言われぬ楽しさがあるというか……久しぶりでドキドキする。
ふとローガさんを見ると、視線が手元に落ちていた。指先が震えている。
「きんちょう、してますか?」
弾けるように顔を上げて、それから、眉が下がった。ティーカップをゆっくり置いて、不器用な笑み。
「格好つかないな」
独り言のような小さな声。貴族令嬢らしい美しい所作の中に、張り詰めた不安のせいで、どこかぎこちなさが混ざっていた。体が強ばっている。
それを私に気付かれないように、取り繕っていたのだろう。
「この領地には度々訪れていて……見知った人が多いんだ。今回の人質も、よく知っている人でね。……わたくしのミスで失われてしまうかもしれないのが、こわい」
そうあろうとして、そう見せているから立派に見えるのであって、彼女はまだ成人前の少女だ。人の命を背負うのは恐ろしくて当然。常に背負って生きている、アルトゥールのような人間が異質なだけだ。
テーブルマナーとしては良くないかもしれないけれど、席を立ってローガさんの手を握る。冷たくなってしまった指先を温めるように、両手で包んだ。
「わたしが、います。……いざというときは、アルトゥールもいますから」
それに、ローガさんの役目は主に包囲や制圧だ。人質の救出やハイジャック犯の拘束は侯爵家の騎士が動く。全てを一人でやるわけではない。
少しずつ温かさを取り戻していく手に、サンドイッチをお裾分けして、私は自分の紅茶を飲み干した。
「ふふ、ありがとう」
芝居がかっていない、素の笑顔。
男装の麗人らしい姿も良いけれど、これはこれで良い。美人は何をしても美味しい。命助かる。
「よし、ボクはボクにできることをやるよ!」
元気が出たみたいだ。よかった。
ローガさんはサンドイッチを綺麗に、かつ素早く食べ終えると、残っていた紅茶も飲み干した。魔術であっという間に全てを片して、懐中時計を見ている。大きな深呼吸。
「そろそろ時間だ。始めよう」
表情は固いけれど、体に変な力は入っていなそうだ。適度な緊張感は必要だろう。
私は頷きで返して、ローガさんの斜め後ろに立つ。邪魔にならない範囲かつ、何かあったらすぐに動ける距離だ。そこで、ローガさんの魔術が発動するまでを見た。
「――――――――」
歌だ。一言に歌といっても、恐らく歌詞に意味は無い。重要なのは音と旋律だ。決められた音と旋律に即興で歌詞を合わせている。初めて見る魔術体系。
いや、これは……聖歌に近い、だろうか?
聖歌は歌詞、音、旋律の全てが決められていて、その通りに進めるものだけれど。
ローガさんには吟遊詩人の才能もあるのかもしれない。
決して大きな声ではないのに、歌声が響く。遠くで聞こえるようで、近くで聞こえるような、不思議な感覚。歌詞は頭に残らないのに、旋律だけが脳を揺らす。耳ではなく、頭で直接聴いているのかもしれない。
歌は魔力の波となって空間を満たし、辺りの大気そのものを支配していく。空間そのものがローガさんの支配下に置かれるのだ。
原理はわからないが、敵味方の配置から人質の居場所まで、歌ひとつで情報を手に入れて、その情報も歌に乗せて共有しているようだ。
歌が届いた騎士たちが突入していく音が聞こえる。敵が静かなのは、歌によって眠らされているらしかった。すごい技術だ。味方のバフと敵へのデバフをひとつの歌だけで行うのは、並の術者では無理だろう。
これが、Aランクの冒険者ということか。
人質も、なんとか無事に保護できたらしい。ほっと息を吐いた時、味方ではない気配が向かってきているのを感じた。
極限まで気配を消しているが、音は消しきれていない。徐々に近付いてくるのをローガさんも感じてるだろう。だが、歌を止めるわけにはいかない。
まだ敵の半数は拘束できていない。そんな状態で歌を止めたら、死傷者が出る可能性がある。
(弓……じゃない。今は剣だ。)
弓に伸ばしかけた手で、剣を握る。振りやすい軽さの剣はよく手に馴染む。やはりアルトゥールの目利きは超一流だ。
神経を研ぎ澄ませて、音のする方角を見る。ローガさんの邪魔はさせない!
「美しい調べに誘われて――つい、来てしまった」
闇を裂くようにして現れたのは、白皙の美貌を持つ青年だった。




