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「ア・リブラ侯爵、久しいな。こんな状況だが、会えて嬉しく思うよ」
「お久しゅうございます。殿下におかれましては益々――」
「非公式の場だ、かしこまらないでくれ 」
ア・リブラ侯爵と呼ばれた男は朗らかに笑って、アルトゥールに着席を勧めた。私はドアの傍に立ち、ゆっくり息を吐いて影を薄める努力をする。
どうすれば私が同席できるかをアルトゥールとローガさんが考えた末、同席は難しいけれど同室ならいけるのではないか。
また、対等に扱うのは難しいけれど、護衛扱いなら許容範囲では? という結論に至ったのだ。
そのため、侯爵の護衛と一緒にドア付近へ立つことになった。
ちなみに、ローガさんはこの場にいない。なんでも、この屋敷にはいないことになっているから、だとか。
ア・リブラ侯爵……この地域を統べる侯爵はローガさんの伯父というだけあって、整った容姿をしていた。しかし、どんなに優れた容姿も、何もせず風化させてしまえば枯れていく。癖のついた長い髪を後ろに流した姿は、くたびれた顔も相俟って、貴族よりも研究者のようだ。
ローガさんの持つ輝く金髪に比べると暗く濃い、赤みがかった小麦色で癖のある髪。紫の混じらない灰色の瞳。
眉尻も目尻も下がっているから柔らかい印象を受けるけれど、魔導侯爵なんて別名もあるくらい、魔導に精通した切れ者らしい。
「はてさて、お忙しい殿下がなにゆえこのような場所へ? 邪竜退治? 新たな怪物の出現ですか? はたまた聖剣……いや、聖杯探索ですかな?」
眼鏡を押し上げながら、早口で畳み掛けるように問う姿はちょっと気持ち悪い。私だったら思いっきり顔に出ていただろうが、アルトゥールは微笑を崩さない。
「フロンへ行く途中だったのだが、魔導鉄道が止まったと聞いてね。何があったのかと様子を見に来たんだ」
「……ふむ。政治には不干渉なのでは?」
「直接動くばかりではないよ」
侯爵は顎に手を当ててしばし逡巡する仕草をした後、おもむろにテーブル上に地図を開いた。
どこから出したんだその地図!
よくみる地方の地図よりも、更に仔細が載った地図は部外者が見てはいけない物だろう。魔物の生息域から地下資源の埋蔵量まで書いてある。まあ、見えてしまったものはしょうがないな!
眺めていると侯爵が机上の片隅にあったベルを鳴らす。
「紅茶をもう二組。それから、グ…………ローガを呼んでくれ。あとは全員下がっていい」
えっえっ、この場合どうすればいいのだろう。慌てふためいていたら、侯爵が私を見た。エッ。
「こちらへ」
ワ、ワァ……
恐る恐る近付くと、アルトゥールが隣へ誘導してくれる。
「緊張しなくていい。非公式な場だと言っただろう?」
緊張に震える手を安心させるように、柔らかく握って、アルトゥールが笑う。それだけで少し、落ち着いた、
「彼女はエルフのティアーナ。私のパーティメンバーだ」
「てぃ、ティアーナです」
「エルフか。興味深い。エルフの魔術体系は特殊でね。昔読んだ論文では――ああ、すまない。この話は後にしよう」
やはり学者、研究者という雰囲気の人だ。そういった面が見えると少し緊張が解れる。なんというか、ある程度の無礼は許してくれそうな感じ?
そこへドアの開閉音。現れたのは男装の麗人。
「伯父さま! お呼びと聞い……こほん。お呼びでしょうか?」
「ローガ。お前もこちらへ来なさい」
ローガさんはにこにこ笑顔で侯爵の隣に座った。仲がいいようだ。
「彼らは悪魔を崇拝する黒魔術師の集団でね。なにも自ら悪評を広める必要は無いと思うが、客観視できるならこんなことはしていないな……ああ、すぐ脱線してしまう。話を戻そう」
優雅な所作でティーカップを持ち上げる。それに習ってローガさんも紅茶を飲んでいたので、私も慌てて口をつけた。フレーバーティーなのだろうけれど、何の味なのかはわからない。
「この花、もしかして……」
「おや、やはりお気付きになりますか。ええ、魔物ですよ」
隣で見ていたアルトゥールが目を瞠る。侯爵は楽しそうだ。魔物を使った紅茶と聞くと、ちょっとぞわってする。……ほんのすこしだけ、嫌な気持ちになりながら水面を眺めて、でも美味しいからいいかなと思い直した。
チョコレートとかバニラみたいな重い甘さがあるのに、すっきりとした飲み口で気持ち悪くならない。それでいて、紅茶特有の香りもある。基本紅茶はミルクティー派だけど、これならストレートでも美味しい!
「まものって、おいしいのかな……」
「ティ、ティアーナ」
アルトゥールが初めて見るくらい嫌そうな顔をするので、魔物食について考えるのは一旦やめておこう。
気を取り直して前を向くと、侯爵がじっと私を見ていた。なんだかちょっと、気持ちの悪い視線だ。なんというか……私を見てるけど見てないというか……ううん、上手く言語化できない。
「さて、本題だ――」




