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私たちの旅は順調過ぎるほど、順調に進んでいた。
当初アルトゥールは約半年で予定を立てていたけれど、私が修正した二ヶ月という日程で充分辿り着けそうなくらい……いや、もっと早く着けそうなほどに、旅は進んでいた。
そんな順調な旅に、突如問題が発生したのである。
「てつどうが、とまってる……っ!?」
魔導鉄道と呼ばれる特別な機関車は、石炭を燃料とする蒸気機関車や、石油を使うディーゼル機関車よりも、魔物に強いタフな移動手段だ。
燃料は魔石。魔力を動力源として移動する過程で、周囲から車体を守る結界のようなものを作ることができる。並の魔物では歯が立たないため、他の移動手段と比べて安全なのだ。
確か、亜竜種程度なら轢き殺せたはず。
そんな、カッコよくて強い、特殊な魔導機関車が運休している。
「気になるかい?」
アルトゥールはずいぶん、私の機微に詳しくなったように思う。気になると考え続けてしまうところだとか、困ってる人を見ると声を掛けずにはいられないところだとか。バレている。
私はアルトゥールが、お手本のような好青年で、誰にでも優しく丁寧な人だということしか知らないのに。
突然の運休宣言に、駅は騒然としている。車掌さん? 駅員さん? らしき人は早々に撤退してしまった。
残されたのは切符を買おうと並んでいた私たちのような人々と、駅の至る所に張り出された運休の紙だけ。
切符を買う前だから、説明責任は無いのかもしれない。けれど、いきなり運休とだけ告げていなくなるのは不親切だ。
「きになり、ます」
頷いたアルトゥールに手を引かれて、人混みの中から抜け出す。そのまま魔導車に乗せられて、街の中心部へと進んで行く。
魔導車の原理は魔導機関車と同じだけれど、それをもっとコンパクトにした物だ……と街のパンフレットに書いてあった。今はまだ実験段階らしく、個人での使用と街の外での使用は禁止されているのだとか。街と提携している企業が運転手を用意して運用して、データを集めている段階なのである。要するに公共タクシーだ。
「この地域は魔術師が少ないから、魔石を使った技術が盛んなんだ」
「にんげんってすごいですね……」
「ティアーナも学んでみる?」
魔法と魔術、魔導の違い。
魔法は奇跡の力だ。計算も何もなく、自分のやりたいように力を表出させる。アルトゥールが「想像力が必要」と言っていたけれど、どうやら想像のクオリティが魔法のクオリティに直結するらしい。
それに対して魔術に想像力は必要ない。魔法を最終到達点と定め、特定の現象を起こすために全てが計算された技術だからだ。科学や錬金術とはまた違った領域ではあるけれど、非常に似ていると私は思っている。
そういった側面で言えば、魔導は一番科学に近い。と言うよりは、工学の領域だろうか。魔石に宿った魔力を電力に置き換えれば、機械工学と変わらないだろう。
魔力を流す回路を作り、特定の現象を起こす道具を作り出す。魔導具を作る学問なのだ。
魔石から魔力を抽出すれば、魔術と魔導は扱える。私が奇跡の力を使いたいのなら、覚えるべきはそのふたつだ。
「このたびがおわったら、学校もありかなって、おもってます」
「その時は私も誘ってほしい」
「アルトゥールが?」
「一度、行ってみたくてね」
高位の貴族は学校に通わず、家庭教師などで済ます場合もある……のかも? それなら、アルトゥールが学校に行ったことがないのも頷ける。
「そうですね……アルトゥールと一緒なら、とっても楽しそうです」
魔導車の外、街並みが流れるように過ぎていく。きっと、アルトゥールと一緒に学校へ通っていたら、季節が巡るのも時が経つのも、こんなふうに、あっという間なのだろう。
すこしだけ、いいなと思ってしまった私がいる。
「さあ、着いたよ」
先に降りたアルトゥールの手を取り、魔導車から降りた。目の前には立派な建物がある。
「ここは?」
「領主の邸宅だ」
何をする気だろうと考えていたけれど、まさかの直談判のようだ。聖人様のやることは違うぜ。
「私はアルトゥール・セラフィ。先触れ無しに申し訳ないが、領主に面会を求めたい」
門番らしき男が、アルトゥールを上から下まで三度ほど見る。不躾な視線にも拘らず、アルトゥールは気にもとめない様子だ。
「証拠は?」
そして言葉もまた、不躾である。門番は使用人の中でも、その屋敷の顔と言えるだろうに、それでいいのだろうか。
「そうだな……何を見せようか。アルトゥール・セラフィを証明できる物を、きみが望む限り何でも見せるよ」
門番が顔をしかめる。
アルトゥールの言葉には嘲りがない。それが癪に障るのだろうけれど、知ったこっちゃない。こちらは誰何されるより先に名乗っているのだ。正直傍で聞いてる私も、たいへん遺憾! 憤慨!
「なら、光の剣でも――」
「――そこまで!」
凛と響く麗しい声。空気が張り詰めて、強制的に意識が向く。人の上に立つ者の声。
同時に、とてつもない実力者だと感じる。
輝く金の髪。薄く紫を宿した灰色の瞳。すらりと長い手脚を携えた、長身の美人。服装は貴族の男子といった様相だが、柔和な顔をしている。中性的で、性別の判断がし難い。
乗ってきたのだろう馬車が近くに止まっていた。
「彼の身分はボクが保証する。伯父上への取次もボクがしよう。キミは門を開けたまえ」
「し、しかし!」
「これは命令だ。釦と衣装をよく見ればわかることだろうに……キミの処遇については、後ほど伯父上に相談させていただくよ。――使用人の管理が行き届いておらず、申し訳ありません。宜しければ屋敷まで馬車でお送りいたします」
綺麗なカーテシーだった。どうやら、男装の麗人らしい。アルトゥールは微笑んで、彼女も同席して良いかと私を指す。
「もちろん。手狭で申し訳ないけれど……どうぞこちらへ、レディ」
アルトゥールより先に馬車へ乗せられてしまった。それから、アルトゥールが彼女に手を差し伸べて、麗人が座る。最後にアルトゥールが乗って、馬車が動き出した。




