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結論から言うと、アルトゥールの大勝利だった。
後で聞いた話によると、到着次第すぐにワイバーンの群れを斬り伏せ、負傷者の治療を行い、横転した馬車を道から退けて、皆が路肩で休めるように整えてから馬車の修理を始めたらしい。
そのため、私が到着した頃には既に馬車の修理が終わっていた。お見事としか言いようがない。
「ティアーナ! ありがとう。馬を驚かせてしまったな……」
「だいじょうぶです。なんにもわかってなかったですよ」
軽口を叩いたら馬に小突かれた。この馬、言葉を理解している……!
周りを見渡す限り死者はいなそうだ。それどころか誰も怪我をしていない。着ている服は汚れたり破けたりしているし、馬車もボロボロだ。なのに、人だけが無傷で違和感を覚える。アルトゥールに視線を向けると、余程わかりやすい表情をしていたらしい、安心しろと言うように微笑まれた。
「私は治癒魔法が使えるんだ」
「なおすのはできるんですね」
「強度が違えど、構造は同じだからね」
なるほど……まったくわからない。
「先を急ぎたいだろうが、少し馬を休ませよう。彼らの馬が逃げてしまったらしいんだ」
「わかりました」
馬から降りて、手綱を近くの木に繋げる。
アルトゥールが出した桶に、アルトゥールが出した水を入れて馬の給水を行う。何も無い空間から物が出てくるのにも慣れた。収納魔法と言うらしく、正直私はそれが一番欲しい。
「あの、アルトゥール・セラフィ様。この度は本当にありがとうございます。して、そちらの方は?」
「アルトゥールでいい。彼女は……旅の同行者だ。きみたちの危機に気付いたのも彼女だよ」
代表者らしき男性が平身低頭してアルトゥールに近付きながら、私のことを見下していた。しかし、アルトゥールの「旅の同行者」という言葉で態度を変える。
パーティーはギルドの仕組みのひとつで、複数人の集まりを指す。同じパーティーに属するものは、パーティー内において平等だ。種族や階級における格差が存在しない。
つまりアルトゥールは、私を自身と対等であると暗に告げたのである。
パーティー外から見たらアルトゥールと私ではかなりの身分差だし、遅れて来た私を丁重に扱う理由は無い。しかし、アルトゥールが対等に扱っている人を、粗雑には扱えないのだろう。
「なるほど! お名前を伺っても?」
「……ティアーナです」
中肉中背の男性は、ステレオタイプな“権力者”や“富豪”という身なりではないが、上着ひとつとっても上等な物を使っているのは見て取れる。
右手にペンだこがあり、私を見る視線はどこか値踏みをするようだ。恐らくは商人だろう。彼以外の人たちは、使用人と護衛だろうか。街でよく見る服装、装備なので、羽振りはあまりよくないか、下の者にお金をかけないタイプか……
とにかく、エルフだとバレない方がいい。何が起きるかわからないのだから。
「アルトゥール。わたしはにげたウマをさがしてみます」
「わかった。あまり遠くへは行かないように」
頷いてその場を離れる。
軽く深呼吸。
警戒していると、緊張状態になるから疲れる。アルトゥールと居る時はそんなことないから、きっと、一緒にいると気が緩んでしまうのだ。良くはないけれど、アルトゥールが私に害をなすとも考えられない。今は良いだろう。
森の中に入り、よく耳を澄ませると色んな音が聞こえてくる。虫の羽音だけでなく、植物が成長する音ですら拾えるこの耳に、馬の足音が聞こえないわけがない。
どうやら、森に入り込んでしまったため、迷子になっているらしい。一頭、怪我をしている。脚だと少し困るな。運べなくはないだろうが、着いてきてくれるだろうか。
馬を連れて帰るのなら、行きの時間は短縮しなくてはならない。あまり音を立てないように留意しながら走ることにした。小さい体は小回りが効いて良い。
「みつ、けた……っ!」
少し開けた森の先、小さな……池? 沼? がある場所で馬が二頭、水を飲んでいた。怪我をしているのは背中のようだ。
辺りには見たことの無い草や花が生い茂っている。父の持つ植物図鑑をほとんど暗記している私が、知らない植物。興味はあれど、毒だった時に困る。見るだけに留めておこう。
馬を怖がらせないよう、慎重に近付いて傷を見る。幸い血は止まっており、傷は深くなさそうだ。
手持ちの薬草で処置をしていると、見たことがある植物に気付いた。確か父が「見かけたら取っておくといい」と言っていた物だ。
「すこし、いただきます」
声をかけて葉をちぎる。これを少量入れるだけで薬のランクが跳ね上がるほど、貴重な植物なのだとか。魔術が使えない代わりの知識も、案外役に立つのかもしれないな。ちぎった葉を一枚、馬の傷にもあてておく。
「さて、そろそろもどり――」
急に、視界が真っ白に塗り潰された。それが光だということに遅れて気付く。瞼を閉じても目が焼かれるような、強い光。黄金の輝きとは違う、降り注ぐ太陽みたいな、熱い光。
奪われた視界の代わりに、聴覚が鋭くなる。羽ばたく音が聞こえる。大きな音だ。それだけで、巨体なのだとわかる。きっと、あの蜘蛛の魔物より数倍は大きいだろう。
遭遇したら死ぬ。確実に。
けれど、体が動かない。
ただ、過ぎ去るのを祈って、ひたすらに待つ。
やがて視界が徐々に暗くなり、熱が引いていく。羽ばたく音も遠くなっていく。よかった。わたし、しんでない……
何度か瞬きをしている内に、徐々に戻る視界が安堵を呼ぶ。大きく息を吐いた。震えて倒れ込みそうになる足を叱咤して、必死に立っていると、馬が傍に寄ってくれた。優しい子たちだ。
二頭を撫でていると落ち着いてきた。どれくらい時間が経っただろう。早く戻らなきゃ。
あれだけ大きな鳥だ。後ろ姿でも見えないかと上を向いた私の視界に、きらきらと降ってくるものがある。
それは、ふわり……ふわり……と風に揺られながら、私のてのひらに舞い降りた。
馬の頭から尻尾までと大差ない大きさの羽根だ。微かに輝いている。尾羽だろうか。
自分の身に何が起きたのか、まだ理解できてはいないけれど、これは持っておくべきだろう。少し曲げつつ弓と一緒にマントの中へと仕舞いこんで、馬を先導する。
あとで、アルトゥールに聞いてみよう。




