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「あ、赤い髪に青い目、その紋章……! あんたまさか……っ」
炎のような赤い髪に、深い海のような青い瞳。美しい横顔を惜しげも無く晒して、長身の美丈夫が私と男の間に立っていた。
「……アルトゥール」
「ああ、奇遇だね。ティアーナ」
穏やかに笑ってはいるが、瞳の奥に怒りが見える……気がする。アルトゥールは私に微笑みかけたあと、男へ目線を向けた。
「知っているかい? 封鎖された迷宮へ侵入した場合、どのような罰が与えられるか」
「ちがう! オレはなにもやってねぇ! そのガキだ! そのガキがやったんだ!」
見事なまでに小物っぽい。物語の序盤でやられるキャラの言い草だ。対するアルトゥールは強キャラ枠だろう。
ここ数日で聞いた聖人アルトゥール・セラフィの逸話は神話の英雄のようだった。素手で岩を砕いたなんて話は序の口。齢十歳にも満たない内に邪竜を打ち倒したなんて話もある。天候を操ったとか山を削ったとか川を作ったとか、とにかく話題性に事欠かない。やることなすことが神話スケールなのだ。
正直ちょっと引いた。呼び捨てにしてちゃダメじゃない? とは思ったけれど、本人から了承を得ているので、まあ、良しとしよう。
「恐喝に誣告か。罪を重ねたいのなら止めないが……ああ、安心してほしい。きみの子供に関しては、私が責任を持って信頼できる場所へ預けるよ」
「しょ、証拠がねぇだろ! オレがやったって証拠がよ!」
アルトゥールが私と男との会話を聞いていたのなら、恐喝に関しては言い逃れができないだろう。しかし、男の言う通り迷宮へ侵入した証拠は無い。迷宮の魔物は、稀に外へ出ることもある。魔石だけでは証拠にならない。
「きみは、私がアルトゥール・セラフィだとわかっていても尚、愚を重ねるのか」
残念だよという声はほんとうに残念そうだ。それだけに、背筋がゾッとする。声も表情も穏やかで、話す言葉も冷静だ。それなのに、底知れない恐ろしさがある。
男はアルトゥールの恐ろしさに気付いていない。
「私の目は真偽を見極め、嘘を見抜く。過去と未来をも等しく映す。私はきみの罪を証明できるよ」
「……は?」
「もっと言えば、きみがいま、何を考えているかもわかる。隠し事は感心しないな」
末恐ろしい能力だ。
アルトゥール・セラフィは様々な逸話と人ならざる能力を持っている上に地位も高く、文武両道、容姿端麗、そして何より“善の人”だ。公明正大な人と言えばアルトゥール・セラフィだと言われるほどに。
だからこそ、人々は彼を聖人アルトゥール・セラフィと呼ぶ。この世で唯一の生きた聖人なのだ。
「く、クソッ! クソッ! ちくしょう! オレだけじゃねぇ! 罪人はオレだけじゃねぇだろ!」
「そうだね。だとしても、きみの罪は変わらない」
アルトゥールの目線ひとつで魔力が編まれていく。今更だけれど、無詠唱で魔法を扱うのはとても難しく、すごいことだ。それなのに魔法だけでは飽き足らず、彼は剣も極めている。剣聖という称号まで得ているのだ。
魔法の縄で男が拘束された。暴れても宙に浮かされては意味が無い。声を荒らげる男の口も魔法で塞いで、アルトゥールが私に向き直った。
「すまない。邪魔をしてしまったね」
「い、いえ……その、こちらこそすみません……」
お手を煩わせてしまって、とは言えなかった。そんなふうに距離を置いてしまったら、彼が悲しむ気がしたから。
「罪人捕縛の協力、感謝する。先日の案内も含めて、何か礼をさせてもらえないだろうか」
不要だと言いかけて、一度考える。貰えるものは貰うべきだ。とは言えど、彼から金銭をいただくのは、なんかいやだ。
金銭以外で、彼から貰えるもの……
「あの、人さがしをてつだってほしいです!」
「わかった。承ろう」
「えっ、あの、ついでとかで! だいじょーぶです!」
私は彼に「エルディア」という父の知人を探して旅をしているのだと説明する。
「手掛かりは名前だけ?」
「ぼたんの花みたいなひとだから、見ればわかると」
「牡丹の花みたいなエルフ、か……」
顎に手を当てて考え込んでしまった。
「あの、その、ほんとうに、ついででだいじょうぶなので……」
「いや、私にも手伝わせてくれ」
整った顔にまっすぐ見つめられると弱い。昔から、芯があり自信がある人の前ではふわふわと浮かぶ風船のようにおぼつかなくなってしまう。その上私は面食いなので、男女問わず美しい人からの頼みを断るのが苦手だ。
「知人に、エルフに広く顔が利くひとがいるんだ。その方に会いに行くから、付き合ってもらえないだろうか」




