前世を思い出した私には、今の家族も婚約者もいりません!
―――――私は自殺した―――――
幼い頃から両親は私より妹を優先し、溺愛した。
婚約者は私より妹を愛し関係を持ち、妹は妊娠した。
そして両親は私と妹を代え、結婚後、妹が担う妻の仕事を私にしろと言った。妹には能力がないからと。
そして、妹が産んだ子供の乳母になれと宣った
誰も私の気持ちを考えてくれる人はいない。
全て妹のために世界が回っている。
私はどこまで、家族に蔑ろにされなければならないの?
私はどこまで、自分の人生を妹に搾取されなければならないの?
こんな家族の中で生きている事に希望を見いだせなくなった。
だから毒を飲んだ。
これ以上家族に苦しめられるのはもういや ―――――……
◇
『おばあちゃん、これはどうやるの?』
『これはね、こうやって…そうそう上手ねぇ』
『おじいちゃん、これでいいの?』
『そうじゃ、うまいぞ!』
『りんくん! はやくはやく』
『まってよっ あーちゃん!』
りん君…そう、鈴田君って名前だった。
私を“あーちゃん”って呼んで、よく一緒に遊んだ一つ上の男の子。
呼び鈴の鈴と同じ名前だねって。
それから“りん君”と呼ぶようになったんだわ。
いつも先の事を考えて行動するしっかり者だったな。
目の前に広がる田園風景。
その向こうには大きな山が聳え立つ。
牛舎の近くを通ると、いつも鼻にツンと来る匂いがした。
家の周りには農業用用水路があり、その側面にタニシが引っ付いている。
りん君とよく取ったっけ。ふふ…
懐かしい風景……
けど…この世界は……ここでは見た事がないわ…
なのに過ごした記憶がある…
どういう事…?
そうだ……
私はこの田舎で暮らしていた。
そして高校を卒業すると就職のために上京。
勤め先で出会った男性と結婚を前提に付き合うようになったけれど、彼は会社の後輩と浮気をした。その場面を見た私は、彼の部屋を飛び出した後、階段から足を踏み外して……
「きゃああああああ!!」
!!!ダダダダダン!!!
「…………………どこ? ここ…」
目の前には豪華な大きいシャンデリア。
見渡すと海外の歴史物映画のようなアンティーク調の部屋の中。
(…映画?)
私が今いるところはベッドの上のようだ。
ふかふかで気持ちい〜……じゃなくて!!
私は起き上がった。
「だから、どこ!? ここは!!」
自分が着ている服を見て、驚く。
レースびらびらの服。
「これってパジャマなの?」
(ん? パジャマ? 私…さっきから何言ってんだろう…)
ベッドから出ようとしたら、頭の中で鐘が鳴り始めた。
ガンガンガン!!
「……つっ!」
鐘が鳴る度に、今までの記憶が蘇る。
私はアルカネリア。
両親は私に無関心。
妹は婚約者を寝取った。
いや、違う!私は岸本茜。
不仲な両親に捨てられ、祖父母に田舎で育てられた。
彼氏は会社の後輩の女と浮気をして…
…それで…
そう彼氏が妹と……
あああああああ! 違う!
記憶がごちゃごちゃする!
頭の中で二つの世界が行き来している。
一つは今、一つは……前世…?
と、とりあえず、誰か今の状況を教えて!
ガッシャーン!
その時、何かが落ちる音がし、そちらに目を向けると一人の男性が立っていた。
足元には水が入っていたであろう洗面器とタオルが散らばっている。
「アルカネリア様! お目覚めになったのですね!! 良かった……本当に良かったです!」
その男性は、ベッドの傍に来て少し涙ぐんでいる。
「アルカネリア…」
…そう、モルガーヌ子爵家の長女アルカネリア。
それが今の私。
ここは『日本』ではない。
ひとつ理解したわ。
それから…彼は……
「…………ニーベルト」
彼は執事だ。
両親は2つ下の妹クリスチアばかり構っており、他の使用人たちもそれに右倣え状態。そんな中で私専属に仕えてくれていたのが、一つ上のニーベルト。
「はい、アルカネリア様」
「……私、記憶が曖昧なの。何があったのか教えてくれる?」
私は左手でこめかみを押さえながら、ニーベルトに聞いた。
「……アルカネリア様は……自殺を図られました…」
「自殺……そうよ…私、毒を飲んだんだわ…」
思い出した。
私にはヴァチスト子爵家の次男マルセル様という婚約者がいた。
次男の彼と結婚し、将来我がモルガーヌ家を二人で守っていこう…そう言っていたのに、マルセル様は妹であるクリスチアと関係を持った。さらにクリスチアが妊娠している事が発覚。
その事を両親に言うと、マルセル様の婚約者を、私から妹に代えると言い出した。
さらには、妹には能力はないから、今後私にモルガーヌ子爵夫人となる妹を支え、子供が産まれたら乳母になれと言い放った。
どこまでも妹中心の勝手な両親。
今まで両親に蔑ろにされながらも耐えて来た私は、もう限界だった。
だから毒を飲んだ……
…もともと怪しかったのよね、婚約者と妹。
でも私は、将来家族になるのだから…その為に二人は仲良くなっている…そんな風に自分に都合のいいように考えていた。
でもある日、街中でマルセル様とクリスチアが歩いているところを見かけた。
彼はクリスチアの腰に手を回し、どうみても恋人同士にしか見えない状況。
二人の後をついて行くとそこは…歓楽街地区。
彼らは慣れたように、一つの安ホテルへと入った。
全く! こっちでも婚約者に裏切られるなんて…!
私は鳴り響く頭を押さえながら、前世の自分を思い出していた。
そう……前世の私は岸本茜という日本人だった。
両親は不仲でそれぞれに愛人がおり、私を母方の祖父母に押し付けて音信不通となった。
成長し、高校を卒業後、就職のために上京した。
会社で結婚を前提につきあい始めた恋人ができたが、後輩の女に寝取られたのよね。
今世もまた婚約者に裏切られるなんて!!
そして相手は、前世は会社の後輩、今世は妹!
私の身近な人は、私を不幸にするために存在しているんですかねぇ!!
そういえば、お父様たちは?
私が自殺を図って、少しでも心配したかしら?
「ねぇ、お父様たちの様子どうだった? 私がこんな状態になって…」
「…はい、それが…その……」
私の質問に歯切れの悪い言い方をするニーベルト。
「正直に話してちょうだい」
私はニーベルトに答えを求めた。
「旦那様と奥様は大変お怒りになられておりました。来月クリスチア様の結婚式の準備で忙しいのに、何てことをしてくれたんだ!……と」
「……」
私は、その時の両親の状況が容易に想像できた。
幸いにも私とマルセル様の婚約は、両家だけで執り行われた。
(私の為に余計なお金は使いたくはなかったみたい)
だからクリスチアの妊娠が明るみになる前に、マルセル様と結婚させて全てを丸く収めたい。そのために、あわててマルセル様とクリスチアの結婚式を挙げる事にした。
そんな忙しい時に私が問題を起こしたから怒り心頭ってとこかしら。
家族なのに私の心配をする人はいない…か…
私は物心がついた時から、両親に可愛がってもらった記憶はなかった。
父は金髪に黒い瞳、母は明るい茶色の髪に金色の瞳。
最初にできた私は黒髪に黒い瞳。
母方の祖父と同じ髪色をしている。
地味な容姿にさぞ、がっかりされた事でしょう。
反対に妹は、金髪に金色の瞳という親の良いとこ取りをした容貌。
両親が溺愛するのは、無理もないのかもしれない。
だけど、それが私を蔑ろにしていい理由にはならいでしょうよ!
それに自殺を図った娘に対して、寄り添う事もできないのか!
もういい。
これで、あの人たちに何の未練もなくなったわ。
「はぁ~」
(……なんで前も今も、親にも恋人にも恵まれないのかしら…)
大きく溜息をつきながら、自身の現状に落胆した。
その時、部屋の外から騒めく音が聞こえて来た。
「「アルカネリア!!」」
「お姉様っ」
お父様とお母様と妹が、ノックもせずに入って来た。
「目が覚めたんだな。全く、お前というヤツは何でこんな時に面倒を起こした!」
「本当だわっ 今は来月のクリスチアの結婚の準備で忙しいというのに!」
「いくらお姉様の元婚約者と結婚するからって、嫌がらせにも度が過ぎますわ!」
人の部屋に入ってくる早々、各々好きな事を言い出した。
「うるさい!!!!」
私は三人に向かって、声を上げた。
「「「!?」」」
私が怒鳴るとは思わなかったのだろう。
三人とも固まっている。
「静かにして頂けますか? ギャアギャアとカラスじゃあるまいし、頭が余計痛くなるわ!」
「カ、カラス!? 何だ! その言い草は!」
「アルカネリアっ」
私の口調に驚いている父と母。
まあ、確かに驚くわよね。
今までの私は、おとなしかったもの。
両親に嫌われないように、いつもビクビクしていた。
決して親に逆らわず、そしてクリスチアの機嫌を損ねないように。
彼女が泣けば、全て私のせいにさせられたから。
婚約者を取られても、両親が妹との婚約を認めたのであれば、妹を支えろというのであれば、私は黙ってそれを受け入れるしかなかった。
でも悔しかったつらかった……悲しかった。
だから自殺した。
けど、前世を思い出した今、私の精神はどうやら“岸本茜”の方が強くなったようだ。こんな家族に、どう思われてもいい。
私を愛してくれた家族は、前世のおじいちゃんとおばあちゃんだもの。
「ぷっ はははははははは!!」
「な、何がおかしい!?」
私が突然大声で笑い始めたので、三人とも引き気味になっている。
「はあああああ〜……おかしいに決まっているじゃないですか。 仮にも娘が自殺未遂したっていうのに、部屋に来るなり、文句ば————っかり! 誰ひとり、私の身体を気遣う人間がいないなんて……呆れて笑うしかないでしょ?! あはははは!」
「ア、アルカネリア……」
両親とも私の物言いに放心している。
「お、お姉様……私が許せないんですね……私がお姉様の婚約者であるマルセル様を愛してしまったから……けれど私達、お互いが真実の相手だと気づいてしまったんです!」
大きな瞳からポロポロときれいな涙を流し始めた妹。
でました〜お得意のウソ泣き。
それに、な〜にが“真実の相手”よ。
流行りの小説の読みすぎだっつーの!
あ、それは前世で流行っていたモノか。
そういえば、クリスチアって前世で彼氏を寝取った後輩女とそっくりだわ。
あの女も得意だったな、ウソ泣きが。
そんな古典的はワザに引っかかる、前・今世の男二人も頭悪すぎだけど。
「ねえ、その見え見えのウソ泣きやめてくれる? イラつくから」
「え?」
クリスチアは、私の言葉にキョトンとしている。
「お、おまえはさっきから、その生意気な言葉遣いはなんなんだ! それに確かにお前の婚約者と関係を持ったクリスチアは悪いが、こんなに泣いて謝っているだろ!? 姉として許してやるくらいの度量はないのか!」
「はあああ!? 今の会話の中に、どこか一つでもクリスチアが謝罪している言葉がありましたか? バカも休み休み言ってくれません?」
「バ、バカだと!?」
口答えされて怒る父。
私はベッドから下り、クリスチアに近づいた。
「お、お姉様?」
「あのですね、この人、私にただの一度も謝罪した事ありませんよ。婚約者を寝取ってバレた時も! そもそも悪いと思っていないんだから、このアバズレは!」
スッッッパ―――ン!!
「きゃあ!」
私は妹をひっぱたいた。
彼女は殴られた反動で、床に倒れ込む。
私は手をぶらぶらしながら、妹を見下ろす。
大袈裟ね。
一応身体に気を使って、一発でやめてあげた事に感謝して欲しいくらいだわ。
バシ!!
「い、いい加減にしろ! クリスチアに謝れ! 妹を侮辱し殴るなど! それが姉のする事か!!」
今度は私が父に殴られた。
何で? どうして私が殴られる訳?
そして何で私が謝らなければならないの?!
ふざけんな! このクソ親父!!
「……」
私はドレッサーの引き出しから扇を出して、父親の前に立つと、その顔目掛けて力いっぱい振り切った。
!!!バシ———ン!!!
「ぐ!」
……ペキ(あ、少し折れたわ、もったいない)
「な、な、な!!」
まさか娘に殴られるとは思ってもみなかったんでしょうね。
目を白黒させながら殴られた頬を押さえるお父様。
あ、少し切れたみたいね、血が流れてるわ。
「ア、アルカネリア! お、お父様を殴るなんて! すぐに謝りなさい!!」
お母様はありえない娘の行動にうろたえるばかり。
「だからなぜ、私が謝らなければならないのです? 悪いのはクリスチアであって私ではない。悪くない私を殴ったお父様を殴り返して何が悪いのです!」
「お、親に向かって!!」
お父様は、私に手を伸ばしてきた。
私はそれをひょいと脇によけ、背中を押す。
勢い余って、バフンとベッドの上に突っ伏すお父様。
流れるようにその上に乗る私。
ドスン!!!
「うげぇ!!」
カエルが潰れたような声を上げるお父様。
気持ち悪っ!
「お、降りなさい! アルカネリア!!」
お母様が私を諫めようとするが、その声を無視。
「お、おり…っ くはっ」
お父様は“降りろ!”と言いたいのでしょうけど、私がぎゅうぎゅう体重を掛けているから、怒鳴れないようね。
「どうぞ、アルカネリア様」
ニーベルトを見ると、すでに紐を持ってきてくれた。
さすが、先の事を考えて行動してくれる私専属の執事。
私の体重で押しつぶされて、ジタバタしているお父様の両腕を後ろに回して手首を締めた。ニーベルトがすかさず手を貸してくれる。
「な、何を…っ ぐぅっ」
「殴られないようにする為ですよ。今あなたを解放したら、また殴るでしょ?」
よいしょよいしょと両手首を結ぶと、えいっとベッドから転げ落とした。
「うわっ!」
ドサ!とベッドの下に転がり落ちるお父様。
そんな彼を起こそうとするお母様とクリスチア。
何とか立ち上がったお父様とそれを支える二人を私は押し出した。
「出て行って下さい! 早く! さあさあさあ!!」
私とニーベルトは、三人を押して押して押しまくる。
「「アルカネリア!!」」
「お、お姉様!」
バタン! ガチャリ
私はすぐに扉の鍵をかけた。
念のため、合鍵で開けられないように、扉の取っ手に棒を差し込んでおく。
外ではどんどこと扉を叩く音がし、何か喚いているけれど、知らない知らない。
しばらく無視していたら、やっと静かになったわ。やれやれ。
「さて、これからどうするかな」
幸いにも前世の記憶が蘇った私は、ここで使えそうな記憶がある事に気が付いた。
前世で、祖母から綿の紡ぎ方、機織り機の使い方。そしてお裁縫を教えてもらった。この知識って、ここでも結構使えるのではないかしら?
実際、この国では織物が発展しており、その品は海外にも輸出されている。
そしてそれは国の財源の一つとなっていた。
道具が違うかもしれないけれど、基本、機織り機や裁縫なんて似たり寄ったりよね。当時は面倒で嫌いだったけど…ありがとう、おばあちゃん。
あとは農作業。これは野菜農家だった祖父から少し教わった。
田植えだったり稲刈りなら結構手際よくできる。
ありがとう、おじいちゃん。
他に足りない知識は勉強して補えばいい。
何事も、経験そして実践。
貴族令嬢のアルカネリアのままだったら、この家を追い出されたあとの生き方に不安はあった。
けれど前世を思い出した今ならば、その記憶を活かした生活できると思う。
どうせ今の家族とこの先もやっていくつもりはないし、お父様のあの剣幕なら絶縁とか言われるだろうけど逆にそうなって欲しい。
「アルカネリア様…この屋敷を出て行かれるおつもりですか?」
「ニーベルト!」
やだ! この子の存在をすっかり忘れていたわ。
「う、うんっ 知ってのとおり、あの家族にとって私は邪魔なだけだもの。マルセル様とクリスチアが結婚した後も支えて生きていくなんてまっぴらごめんよ。それなら平民として生きて行った方がずっといい!」
「では、私もついていきます」
「は? なんで? 私がいなくなっても、あなたがここで働けるようにはするから安心して。ここがダメなら紹介状を出すから。私についてきても大変なだけよ」
「…私の亡くなった祖父がこちらの執事としてお世話になっておりました。その縁で私はアルカネリア様専属として雇われました。アルカネリア様がいらっしゃらないのであれば、私がここにいる意味はございません。それにどこにいても、私がアルカネリア様の専属執事という立場は変わりません」
「……私が10歳の頃からだから…もう8年ね」
「…いえ…」
「いえ?」
「いつ! お出になりますか?」
にっこりと笑うニーベルト。
なんか誤魔化された?
「あ、そうね。とりあえず、出て行く前にやらなければならない事があるのよ。便箋を用意してくれる?」
「便箋でございますか?」
「ええ、妹の結婚式に出席して下さる方々にお礼状を書こうと思ってね」
私は意味ありげに微笑んだ。
通常お礼状は、結婚式の後に当事者が書くものだけどね。
「…でしたら、こちらも同封するとさらに喜ばれるかと存じます」
どこから出したのか、手渡されたたくさんの写真を見て、唖然とする私。
「な、何これ! いつの間にこんなっ よく撮れたわね」
そこにはクリスチアとマルセル様がホテルに出入りするところ、室内でのあられもない姿。どうやって撮ったの!? あらあら、こっちはクリスチアの部屋で…まあ、服を着たまま…こっちはウチの庭ですか。
あれ?
「ちょ、ちょっと、この写真…服が春頃の物だわ。私が二人の不貞を知ったのは一か月ほど前。今は秋よ? あなた、前から二人の関係を知ってたの? なら何で教えてくれなかったのよ!」
「…申し訳ありません。アルカネリア様はマルセル様をお慕いしておりました。私からこのような事をお伝えできるはずもございません…」
ニーベルトは俯きながら説明した。
そうよね…執事であるニーベルトが仕えている主が傷つくような事、話せるはずがないわよね。
「まあ、その事はもういいわっ 今はマルセル様の事なんか、どうでもいいんだからっ とりあえずお礼状を書かなければっ」
「こちら、出席者リストと住所一覧でございます」
「…準備がいいわね」
「私はアルカネリア様の専属執事ですから」
誇らしげな顔をするニーベルトに、思わず笑ってしまった私。
そして手際のいい執事はすぐに、便箋を持ってきてくれた。
「ふー…書けたわね」
私とニーベルトは山のようになった封書をみて一息ついていた。
文面はニーベルトが印刷所に原本を持って行き、印刷してきてくれたので助かったわ。宛名書きもほとんどニーベルトが書いてくれたようなもの。
「では、郵便取扱所に行ってまいります。」
「よろしくね」
速達で頼んだから、翌日には全て届くだろう。
どんな状況になるのか見られないのが残念。
だって私は今日これから、この屋敷を出るのだから。
「あ、一応、手紙は書いて置こうかな。“さようなら、もうあなたたちはいらないです。”…と。あと、“クリスチアの結婚式にご列席される方々にお礼状を発送しておきました”…と」
余分に残しておいたお礼状と同封した写真をおいて置こう。
どんな内容が送られたのか、気になるでしょうからね。
「広げておいた方が分かりやすいかな」
私を蔑ろにする両親も、姉の婚約者を寝取っても悪びれない妹も、簡単に妹と関係をもった元婚約者もいらないわ!!
「アルカネリア様、全て発送してまりました」
ほどなくして、ニーベルトが戻ってきた。
「ありがとう、じゃあ、行きましょうか」
「はい、あーちゃん」
「…………………え? い、今、何て言ったの!?」
「8年前出会った時に、すぐに分かったけどね。あーちゃんは、自殺未遂の後に思い出したんだろ? 話し方が全然変わったから」
「まさか……あなた…」
「とりあえず、前世の事でもしようか」
面白そうに笑うニーベルト。
鈴田君………鈴君……ニーベルト…
「うっそおおおおおぉぉ!!」
「はいはい」
私の雄叫びには構わず荷物を持つと、私を部屋の外に押し出し扉を閉めるニーベルト。
バタン
扉が閉まった反動で、テーブルにおいてあったお礼状が床に落ちた事を私たちは気づかなかった。
『結婚式にご列席いただく皆様
この度はヴァチスト子爵家次男マルセルとモルガーヌ子爵家次女クリスチアの結婚式へ出席下さり、心より感謝申し上げます。
実は妹クリスチアの伴侶となるマルセル様は、元々は姉である私アルカネリアの婚約者でございました。
しかし妹がマルセル様を寝取った為、結婚相手を私から妹へ代える事となりました。
同封している写真がその不貞の証拠です。
これは私と婚約していた頃の出来事でございます。
2人は歓楽街にある安ホテルで、日々の逢瀬を楽しんでいた様子。
時には屋敷でも本能の赴くままに行動していたようです。
貴族令嬢であるにも関わらず、妹は姉の婚約者と関係を持ち、結婚前に純潔を散らし、さらには妊娠。
姉としては頭を抱えるばかりでございます。
このように妹が股の緩い…もとい貞操観念の低い人間になってしまったのはひとえに両親の間違った溺愛によるものでございます。
ろくに学ぶことをしなかった妹が、マルセル様と結婚しても子爵夫人としての能力はないからと私に補佐を、そして妹の産んだ子供の乳母になれと宣った両親にはほとほと呆れるばかりでございます。
もう私では、両親と妹の頭を矯正する事は出来かねます。
そして私の元婚約者であるマルセル様に関しましても、道徳心のない人間に次期モルガーヌ当主が務まるのか一抹の不安が残ります。
彼も決して、頭の程度が高いとは言えませんので。
今後は皆様方が、この愚鈍な二人にご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。
アルカネリア・モルガーヌ』
【終】
※このお話に関しては、「乳母」は授乳を行わず、育児全般を担当する養育係として設定しています。