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9話 バックスフロウ遺跡(1)

 

 ギルマスが一枚の報告書を差し出す。

 受け取った俺は、目を通してソファの背もたれに身体を預けた。


「やっぱりか」

「君の予想したとおりデュラハンは外から来たようだ」


 前回のデュラハンの出現に違和感を抱いていた俺は、鎧とその剣を調べて貰うべくギルマスに預けたのだ。その結果がここにある。


「ミルディア領近衛騎士の持ち物……ミルディアってあのミルディアだよな」

「今やアンデッドキングが支配する領地だ」


 三年前、北部にあるミルディア領が魔物に攻め込まれ占領された。

 魔物の名はアンデッドキング。高い知能と膨大な魔力を有し数多くの眷属を従えるアンデッドの王である。領民と領地はアンデッドキングに奪われ現在も取り戻せずにいる。


「討伐はされていなかったよな」

「S級が一組、A級が三組他にも複数のパーティーが全滅するか返り討ちに遭っている」

「おっかねぇな」

「挑戦してもかまわないのだぞ?」

「冗談でしょ」


 笑顔でお断りする。

 S級が倒されるような相手にわざわざ挑むなんて馬鹿げている。

 向こうはこの三年まったく動きがないんだからそのままそっとしておく方が良い。

 いずれ強い誰かさんが片付けてくれるでしょ。


 俺はテーブルに置いてあるクッキーを口に投げ込み、冷めかけの茶を一気に流し込んだ。


「新たに引き受けて貰いたい依頼がある。バックスフロウ遺跡は知っているな?」

「数ヶ月前に偶然発見された未調査のダンジョンだろ」

「ギルド本部が調査を開始したのだが、数日前から送り込んだ調査員が戻ってこないそうなのだ。それとこれはまだ確定ではないのだが、どうもその遺跡は悪魔の造った建造物らしい」

「その見込みが正しいなら仮でも難易度はA以上になるな」


 悪魔――異界の住人でありその力は百人の魔術師が束になっても敵わないと言われている。強力無比にして恐ろしき存在。

 悪魔は数多くの遺跡や遺物を残した。それら全て例外なく芸術性や機能性が非常に高く、また危険性も高いことでも有名である。悪魔が造ったとされる建造物は多くの場合、難易度A以上とされ、内部にはそれにふさわしい罠や魔物が置かれている。


 もちろん危険度が高ければ、そのぶん得られる報酬もでかい。

 悪魔の遺跡はレア等級の高い魔道具が発見されやすい。機能が有能であれば冒険の助けに、そうでなくとも高額で売れる。


「依頼したいのはこの調査員達の捜索だ。全てでなくてかまわない。生存している者を発見し保護して貰いたい」

「ウチ? こう言っちゃなんだけど銀の護剣(シルバーブレイド)に頼めばいいんじゃないの?」

「先に受けた依頼を優先したいと断られたのだ」

「あ、そう。いいですねお仕事が選べるお立場は。でもウチも稼働できるのは二人だけなんだよな。グランノーツはソロ依頼で出てるし、シルクもいつも通りどこかでぶらぶらしてるし、ザインは定期的に来る引きこもり状態だしさ」


 動けるのは実質俺とフェリスだけだ。

 二人だけでダンジョン内部の捜索はやや厳しい。できなくはないけど確実にできるとも言い難い構成だ。ただ、ちょっとばかし今月は金欠気味なんだよなぁ。ここらでどかんと大きな報酬を得たいところではある。


「これはギルド本部からの依頼だ。報酬はなんと金貨五百枚」

「引き受けた!」


 金の輝きには勝てないんだよな。


 調査員を見つけるだけのお仕事だ。

 よゆーでしょ。



 ◇



 揺れる幌馬車。

 荷台で横になる俺は、なだらかな道が続くのどかな風景を眺める。


「町から離れるのは久しぶりだな」

「そうですね。依頼じゃなければもっと良かったのですが」


 すぐ隣に座るフェリスも、穏やかな風景にリラックスしているようであった。


 ギルマス直々に頼まれた今回の依頼。

 達成条件は調査員の発見と生存者の保護である。

 行方不明になっている調査委員は六名。もし全員が死亡していた場合、遺体もしくは身元が判明できそうな遺品を持ち帰ることが最低条件だ。しかしながら調査員も素人ではない。熟練の元冒険者達だ。そう簡単に死ぬとも考えにくい。


「――で、なんでお前らまでいるわけ?」


 俺の視線の先には新人パーティーがいた。

 剣士ちゃんは申し訳なさそうに苦笑し、魔術師ちゃんは剣士ちゃんに寄りかかって眠っており、シーフちゃんは首をかしげている。


 遺跡に向かう馬車を選んだら、なぜかこいつらが先に乗ってたんだよな。


「あたしらは遺跡の近くで依頼があって」

「デビルバットの討伐、でっかいコウモリ、狩る」


 そうですか。コウモリですか。

 あー、あれね。そういや昔狩った覚えがある。


 剣士ちゃんと魔術師ちゃんが膝を立てて座っていた。

 なんとここからだとパンツが見えるのだ。

 なかなか良い景色。絶景かな。


「パンツ、見てる……」


 シーフちゃんがジト目で俺を見下ろしていた。

 その割には彼女も膝を立てパンツを隠そうともしない。


「えっ!?」


 剣士ちゃんが慌てて両手でパンツを隠す。


 そろそろ現地かな。

 俺はのそりと身体を起こす。


「レディの下着を覗くのは感心しないですよ」

「ふみまへんでひた」


 微笑みながらフェリスが頬をつねった。

 こいつ意外にこういうの厳しいんだよな。

 おっぱいの話をしても恥ずかしがって乗ってこないし。

 さてはむっつりだな。


「デビルバットの依頼はどこから?」

「遺跡の近くにある村からです」


 剣士ちゃんの言葉に合点がいったのか、フェリスは「それでこの馬車に」と返事をした。


「時折村にやってきては家畜などを捕まえて食べてしまうそうなんです。報告では成人男性ほどだそうなので私達でも退治できるかなって」

「魔術師であるベルさんがいれば対処はしやすいでしょうね。私も過去に幾度か戦ったことがあります。動きは速いですが、攻撃さえきちんと防げれば脅威ではないですよ」

「フェリスさんからアドバイスをいただけるなんて感激です。討伐できるよう頑張ってきます」


 剣士ちゃんはむん、と拳を握ってアピールする。

 まぁ彼女達なら問題なく討伐できるだろう。実力もそこそこあって才能にも恵まれている。遺跡近くの村らしいから何かあれば助けることも可能だ。


 ところでシーフちゃんじーーーーーーっと俺を見つめているのだけれど。

 半眼は一度も瞬きがされず、まるで人形のように俺だけを捉えていた。

 根負けした俺が先に目をそらしてしまう。


 相変わらず苦手だこの子。



 ◇



 遺跡の入り口で新人ちゃん達とは別れた。

 俺とフェリスは、テントが並ぶ遺跡正面に移動し責任者と顔を合わせることに。


名称未定(アンノウン)のラックスとフェリスだ」

「お待ちしておりました。調査隊の指揮をとっておりますクラインです。お二人だけですか?」

「他のメンバーは別の要件で不在だ。俺達だけできっちり依頼はこなすから心配しなくて良いよ」

「そうですか。期待しています。S級のお二人が来てくださったのなら行方不明の隊員も発見できるかも知れませんね。とりあえず現在集めている情報をお渡しします


 調査隊の隊長は、一階層の地図の写しを渡してくれた。

 それから出てくる魔物の種類と発見された遺物を伝える。


「一部ですけど魔道具も確認されています。レア度は青銅級から白銀級くらいかと。かなり古い時代の遺跡のようですから黄金級、あるいは幻想級も発見できるかもしれません」

「ギルドもここに期待しているってことか」


 魔道具は魔力の込められた特殊な道具のことだ。

 俺が所有するマジックストレージも魔道具である。


 等級は六段階。

 青銅級を一番下に、黒鉄、白銀、黄金、幻想、神と続く。

 白銀までは現代でも生み出すことは可能だ。しかし、黄金から上は再現不可能。神級は神々が創ったとされる人知の超える道具とされている。世界でも数える程度しかない。


 悪魔が生み出す道具には幻想級が含まれる。

 黄金級ですら国宝級だ。幻想級を発見したともなれば一生遊んで暮らせるだろう。もちろん効果も破格。


 国が動き出す前になんとしてでもギルドはこれらを発見し、手中に収めておきたい思惑があるのだろう。もちろん魔道具で国に喧嘩売ろうって話じゃない。いざというときの取り引き材料にできるからだ。今頃上の連中は笑顔で腹の探り合いをしているに違いない。


「貴方がたには調査員の捜索。可能であれば隊員達がなぜ消息を絶ったのかその原因を突き止めていただきたい」

「質問よろしいいでしょうか」

「どうぞ」

「ギルド本部からの応援はないと考えるべき?」

「それにつきましてはすでに増援がこちらに向かっております。ただし、生存者がいつまで保つのか不明です。できる限り急いで救出したい次第です」


 ギルド本部はここからだと遠い。

 だから最も近いS級がいるアバンテールの町に依頼を寄越したのだろう。


 落ち着いて話してはいるが、彼も内心ではかなり焦っているに違いない。とはいえこっちも命がけだ。生存者を助け出したい気持ちは一緒だが、急いては事をし損じる。必要なだけの時間は掛けさせて貰う。


「近隣の村に部屋を取ってあります。食事やお休みはそちらでどうぞ」

「それはありがたい」


 てことは新人ちゃん達と同じ宿かな。

 美味い飯の出る宿だと良いけど。





「隠されていた遺跡が露出したって印象だな」

「悪魔はいたずら好きで凝り性かつ秘密主義と耳にします。建造物を隠す傾向はこれまでと同じですね」


 遺跡へは岩壁の崩れた部分から侵入できた。

 発見者は村人らしい。たまたま嵐で崩れた岩壁をのぞき込んだ村人は、その奥に人工的な構造物を発見。冒険者ギルドに報告し調査が始まった。


 岩肌の裂け目を越えると石造りの通路に入る。

 俺は短杖を抜いて明かりを創る。


 照らされた周囲はなめらかな石でできたそこそこ横幅のある通路である。

 高度な加工技術、緻密な設計、漂う異様な空気。

 悪魔が創った遺跡に共通する要素。


 進めば早々に大部屋に出る。


 そこには五十個の転移魔法陣が床に並んでいた。


 魔法陣のサイズは小さい。

 それほど遠くには移動できない代物だ。

 範囲としてはせいぜい構造物内を移動する程度だ。


 俺は嘆息する。


「どう思いますか?」

「最悪だ。想定したギミックの中で最悪の部類」


 転移ギミックは危険度が高く構造も把握しづらい冒険者泣かせの仕掛けだ。

 隠蔽をかけ罠として使用する場合もあれば、こうして移動用として設置されていることもある。これは経験上その両方。罠であり奥へ行く道でもある。


 俺は屈んで魔法陣付近の床を指で触れる。


「靴跡だ。湿り気を帯びている」

「ごく最近ついたもののようですね」

「たぶん調査員のだ」

「足跡を追いますか?」


 俺は首を横に振った。


「今日のところは引き返そう。転移ギミックにはあれが必要だ」

「ああ、あれですね」


 そう、あれだ。



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