8話 フェリスさんのお部屋に入りたい
寝起きのぼやけた頭のまま、ホームの一階へと下りる。
たいした依頼もなく二日ほど休日を設けたのはいいが、やることがなさすぎて昼近くまで寝てしまった。冒険業は波のある仕事だ。忙しいときは馬鹿みたいに忙しく暇な時は死ぬほど暇だ。魔物が繁殖期に入ると、こんな風にぼーっとできる時間はほぼなくなる。
腹が減って台所へ向かうと賑やかな話し声が聞こえてきた。
……誰か来ているのか?
珍しいな。ウチに客が来るなんて。
それとなく台所のドアに耳を押し当てる。
誰の客かは分からないが、正体を探る絶好のチャンス。
会話から仲間の情報を集めさせて貰おう。
「三人ともその調子ですよ。ザインさんも上手ですね」
「フェリスさん手慣れてる。一流剣士ってパンもこねられるんだ」
「えいしょ、えいしょ、アカネちゃん手がお休みしてますよ」
「ふう、なんて重労働、パン屋さん尊敬する」
「ここここ、こうか、こう、こねるといいのか?」
ドアを開けると、エプロンをつけたフェリスが新人ちゃん三人とザインにパンの作り方を教えているところであった。
五人は白い粉を顔につけて一斉に俺に視線を向けた。
「何してんの?」
「パン作りですよ」
「そりゃあ見れば分かるけど、なんで君達がいるのさ。ザインもその見た目でパンなんかに興味あったのかよ」
ザインが「ボクが、パンを作ると変なのかぁ? なんでだぁ?」などと血走った目で震えていた。
「しかもお前ら、いつのまにホームにまで上がり込んでんだよ」
「えへへ、フェリスさんに誘われて」
「その、すみません」
「良いホーム、憧れる」
先日、余所者冒険者を無力化させた際に、彼女達には散々お礼を言われた。死者の回廊の件もあって知らないわけじゃないが、こう頻繁に顔を合わせると何かあるのでは、と身構えてしまうのは俺の悪い癖だろうか。
ちなみに例の冒険者共はあの後、衛兵に捕まり二十年以上の禁固刑が下された。
ギルマスから聞いた話では、王都で強盗詐欺と色々やらかしていたらしく四人とも指名手配がかかっていたらしいのだ。
報奨金はたいした額じゃないらしいが、後日もらえるとのこと。
「……」
「な、なにか?」
シーフちゃんがジト目でじーっと俺を見つめている。
無表情で感情がまるで読めないから正直この子は苦手だ。
「ところでラックスは台所に用があったのですか?」
「腹が減ってさ」
「ではこのパンをあげます」
「サンキュウ」
フェリスからまだ温かいパンを受け取る。
それから湯気の昇る熱々のスープをもらった。
俺はパンと器を持って台所横のテーブルへと移動。
「あむっ、お前が誰かをホームに招くなんて珍しいな」
「そろそろ後進の育成に力を注ぐべきなのでは、と思ったからでしょうか。いつまで冒険者でいられるか分かりませんからね」
「真面目だなぁ……」
「ラックスがいい加減すぎるんです!」
パンをかじりつつ、パン生地をこねるフェリスを眺める。
視線を移すと、新人ちゃん三人も真剣な表情で生地をこねていた。
しかし、なんでまたパンなんだ?
「このパン美味いな」
「それはザインが焼いたパンですよ。褒めてあげてください」
「ボ、ボクが焼いた。褒めて良いぞぉ」
「うん。すげぇ美味い」
素直に褒めるとザインはしんっと黙り込みうつむく。
よく見ると微細にぷるぷる震えていた。
もしかして照れてるのか?
なんて分かりにくい奴なんだ。
パンとスープを食べきったところで席を立つ。
「もう行かれるのですか? 邪魔ではありませんしゆっくりされてもよろしいですよ」
「こう見えてやることが山ほどあるんだ」
「でも、昼まで寝てましたよね?」
「……はい」
何も言い返せなくなり部屋を出た。
◇
二階に上がり、ホームの廊下を目的もなくぶらつく。
仲間の素性を調べるにはどうすればいいのかを思案していた。
素顔を知りたい、その点は今も変わらない。だが、どうしても明かせないというのならこの際、素性だけでもかまわない。何者かさえ判明すれば真に信頼される方法も自ずと判明すると思うのだ。
シスターの言っていた周囲の評価を上げて自然と相談される作戦?
無理無理。あんなの俺の柄じゃない。
ふと、とあるドアが目にとまった。
ドアには『フェリス』のプレートがある。
「今なら……フェリスの部屋を覗けるのでは?」
そうだ。手がかりとなるものはすでに目の前にあったのだ。
フェリスはパン作りに夢中だ。当分部屋には戻ってこない、はず。
ホームでの生活は基本的に自由であり、それぞれエリアごとに分けそのエリアの管理はメンバーが行う。人によっては一週間ほど顔を合わせないこともしばしば。
各自室はプライベートが守られるよう施錠ができるようになっている。
ホームを得る際の全員からの約束だったからだ。
おかげで俺は、仲間の部屋の中を一度たりとも目にしたことはない。
あいつの部屋って考えたこともなかったけどやっぱ貴公子っぽいのかな。
意外に可愛かったりして。それとも女を連れ込む為にお洒落になってるとか。自室は個人情報の宝庫。きっと素性も掴めるだろう。
ドアノブを見つめながら、ごくりとつばを飲み込んだ。
「行くぞ」
ノブを握り回す。
がんっ。音がするだけでドアは微動だにしない。
しっかり施錠してやがる。そんなに隠したいものってなんだよ。
余計気になってしかたがない。
「ふふふ、このラックスを舐めるなよ。この程度お手の物」
腰のマジックストレージが取り出すは解錠用の道具。
こちとらダンジョンに行く度にシーフのまねごとをさせられているんだ。罠解除に宝箱の解錠、培ったスキルをここで使わずいつ使う。
鍵穴を覗きながら金属の棒でかちゃかちゃいじる。
「開いた。これでフェリスの秘密は俺の物」
「私の部屋を覗いてどうするつもりですか?」
「中を拝見させてもらうんだよ。きっと素性も――あ」
「素性がなんですか?」
恐る恐る振り返ると、そこには口元に微笑を浮かべたフェリスがいた。
しかも抜き身の剣を握っているではないか。
ひぃいいいいいいいいい!!
「し、新人ちゃん達は?」
「もう帰りましたよ。パンはついでです。仕事の相談に乗ってあげていただけですから」
「へぇ、そうなんだ。いたた、急に腹が痛くなって。じゃあまた」
汗をだらだら掻きながら俺は逃げ出した。
***
フェリスは自室へと入る。
そこは甲冑が飾られ所狭しにぬいぐるみが置かれていた。
窓を覆うのはレースのカーテン。
ベッドは天蓋付きに清潔な布団が敷かれていた。
かちり、と施錠をする。
「油断も隙もないですね。危うくこの部屋を見られるところでした」
仮面を外すと、世の全ての男性が魅了されるような美貌が現れた。
腰の剣を壁に戻し、防具を脱いで行く。
下着姿になったフェリスはほうっと一息吐いた。
汗を弾く白く豊かな膨らみ。
背中から腰へと続くなだらかな曲線。
すらりとした長い脚は引き締まっている。
彼女はベッドに大の字となって倒れ込んだ。
「もう少しだけ待っていてくださいお父様。きっと解放いたしますから」
彼女は紋章が刻まれたネックレスを握りしめた。