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66話 儲かるならプライドもドブに捨てる

 

 ――超位付与術(オーバーエンチャント)

 師が村を離れる前に、授けた付与術を超える付与術。この状態になったラックスの付与は、これまでのとは比にならない効果を発揮する。


「杖の先が光っている? 普通の付与とは違うのか?」

「なんやあの光、見てるだけでぞわぞわして変な感じや」


 後方で見守るエマとスイも、その光景に眼を奪われていた。


「ただの魔力の集中じゃない? なんだろうあの光」

「それなりに冒険者をしてきたけど、あんな付与は初めて見る。ラックスさん、一体何をしようとしているの?」


 白光を宿した杖が文字を描く。

 書き切ったラックスは小さく「停止」と呟いた。


 次の瞬間、マンイーターとグリスの身体がびたりと固まる。


「な、何が起きたの!? 動けない!」

「この状態の俺は、通常では発動しない付与を発動させることができる。既存の付与ならその効果をより強くする。こうなるには面倒な準備が必要だが、一度発動してしまえばこの通り」

「ふざけないで! そんな付与聞いたこともない! 発動しない付与を発動させる!? 効果を引き上げる!? それはもう付与士じゃない! 別の何かよ!」


 かもな、などとラックスは内心同意しつつあえて言葉には出さなかった。

 彼は固まり続けるマンイーターに近づき『乾燥』の文字を描く。それだけでマンイーターの身体から水分が抜け出し、からからに変色、ぼろぼろになって崩れた。


「ひぃ!?」

「あんたは殺さない。大事な情報源だからな。魔王神教だっけ? 個人的に魔王と名の付くものは見過ごせないんだ。しばらく眠っていてくれ。睡眠」


 深く眠りに落ちたグリスは、ぱたりと床に倒れすーすー寝息を立て始めた。

 ラックスは超位状態を解くと、額を押さえて立ちくらみのような感覚に耐えた。


(やっぱ何度やっても慣れないな。脳や身体に無理をさせている感覚がある。師匠はこんなのを平然と使っていたのか。いや、師匠も平気ではなかったんだろうな。だからあんな身体に・・・・・・)


 深呼吸をしたラックスは、表情を切り替え振り返った。


「時間稼ぎ助かったよ。さすが銀の護剣(シルバーブレイド)が育てている新人達だ。予想以上に善戦してたな」

「「「えへへ」」」


 新人達は揃って照れくさそうにしていた。

 その様子にエマはくすりと笑う。


「おや、急いで戻ってきたのだけれど、やっぱり僕は必要なかったみたいだ」


 半裸のルークが、穴を超えて通路側へと戻ってくる。


「そっちも勝ったようだな。で、なんで半裸なんだ?」

「デーモンの苛烈な攻撃に、装備が耐えられなかったんだ。実に激戦だったよ。うん」


 すっきりとしたような良い笑顔のルークに、ラックスは「ふーん」と興味なさそうに返事をした。

 涙目でエマが微笑んだ。


「戻ってくれて安心した。心配したんだよ」

「苦労を掛けたみたいだね。この通り元通りだ。むしろ以前よりももっと強くなったかもしれない。エマはもちろん、ジン、マイン、スイ、そして、ラックス。全員にありがとうといいたい。皆がいてくれたおかげで僕は自分を取り戻すことができた」

「俺は依頼を受けただけだから。礼なんて不要さ。それより割の良い仕事を回してくれよ。半分とは言わない。三割でいいから。頼む。なぁルーク。肩こってないか? 揉んでやろうか?」

「あ、ああ」


 突然腰を低くしごまをすり始めたラックスに、『青狼の牙剣(サーベルウルフ)』の三人から、先ほどまでの尊敬の念がすっと消えた。


「冒険者って品格も大事なんだな。俺、これからはちゃんとマナーやルールを守るよ」

「ウチも同意や。めちゃ格好良かったのに台無しや」

「あんな大人にはなりたくないな・・・・・・」


 ルークとエマも笑顔が引きつっていた。



 ◇



「――これでよしと。強力な眠りの付与だから今日一日は起きないだろうな」


 グリスの手足と口を縛ったラックスが立ち上がる。

 彼の後ろでは、険しい表情のルークが敵を見つめていた。


「魔王神教、僕も噂だけは耳にしていたけれど。まさか狙われていたとはね。反応からしてここで出会ったのは恐らく偶然。緻密な準備の上で襲われていたら負けていたかもしれない」

「かもな。それに俺が同行していたのも想定外だったはずだ」

「不幸中の幸いとみるべきだね。二重の意味で君には助けられたよ」

「報酬の上乗せを――」

「ところでブロンクとライザはどこに? 当初の予定だと、この辺りで落ち合う手はずだったんだろ? まさかすでに・・・・・・」

「どうだろうな。口ぶりからして、ここまでの道中で誰かに会った感じはなかったけど」


 まったくどこに行ったんだ。まさか道に迷っているとか。

 事前に地図も渡したし、予定時刻をオーバーする理由が思い当たらないんだけどな。そんなことを考えながらラックスは顎を軽く掻く。


 不意に彼の張る魔力の網に、二つの反応があった。反応は次第に接近し足音が響く。姿を現したのは、重装甲の男と仮面をつけた豊満な胸の女だった。


「やっと見つけ――おほん。こんなところに身なりのいいガキ共がいるじゃねぇか。大人しく金目の物を置いて行け。そうすれば見逃してやる」

「そこの回復師と剣士も攫って売り払おうかしら。嫌なら精一杯抵抗しなさい。あんた達みたいなガキンチョに負けるなんてあり得ないけれど。おーほっほっほっ!」


 フルアーマー姿のブロンクと仮面をつけたライザは、新人達を挑発すべく、慣れない悪役を演じようと務めていた。さらにある意味で本物であったグリス達の後ということもあり、その言動はラックス達の目にはひどく滑稽に映っていた。


 反応の薄さにブロンクは首をひねる。


「どうなっている。激高した新人達が、飛びかかってくるのではなかったのか」

「変ね。予定だとそのはずなんだけど。そもそもあんたが地図を水路に落とすからこうなったのよ」

「ぐぬぅ、そのことはもういいじゃないか。どうする。さらに挑発するか?」

「そうすべきでしょうね。これもルークを元に戻すためよ」


 二人はルークの様子に気づかぬまま罵倒を続ける。

 一方のラックスやエマ達は、気まずさから必死で視線を逸らし続けた。



 ***



 ルークが元通り戻って数日後。

 俺はギルマスに報告すべくギルドへと赴いていた。


「――よくやってくれた。さすがはS級だな。これは報酬だ」

「確かに」


 隣にいるフェリスが、数えた金貨をマジックストレージに収納する。

 俺はようやく肩の荷が下りて、脱力するようにソファの背もたれに体重を預けた。


「ほんともうこういうのは勘弁して貰いたい。ブロンクとライザに解決したって伝える、あの気まずい空気は地獄だったんだからな。誰も救われない悲しさだけが残る結末だった」

「尊い犠牲を払ってしまったようだな」


 俺とギルマスは、窓の外の青空を眺める。

 心なしか青空に二人の笑顔が見えた気がした。


「捕縛した魔術師についてはお聞かせいただけるのでしょうか?」

「そのことだが、軍に身柄を引き渡した。今は厳しい尋問を受けているそうだ。どこまで吐くかは怪しいがな。なにせ魔術師だ。想定していないとは考えにくい」


 ギルマスの言葉に俺は姿勢を正す。


「対尋問の魔術か」

「うむ。重要な情報を暗号化し隠す術や、外部からの干渉を防ぐ術など、防衛策はいくらでも考えられる。あるいは偽の情報を掴ませるために、送り込まれたとも考えられるからな」

「そんな感じはしなかったけど、その辺りは専門外だからな。素人がとやかく言うべきじゃないか。しかし、魔王神教ってのはそんなにヤバい連中なのか?」

「・・・・・・」


 無言があからさまに肯定をしていた。


 俺が知っているのはあくまで表面的なところ。各地で魔道具を強奪する魔王を崇める集団。手段をいとわず殺人すら行うイカれた連中。軍も足取りを追っていて、一部の幹部には懸賞金もかかっているとかなんとか。

 A級やS級を手に掛けようなんて考える連中だ。戦力も相当整っているとみてよさそうだ。

 魔道具は冒険者の大きな稼ぎの一つ。魔道具があるからこそ危険な場所にも飛び込んでいける。それを横からかすめ取ろうなんて集団は、言うまでもなく冒険者の敵だ。


 それに個人的にも、魔王と名の付くものには良い感情を抱かない。

 軍が連中を片付けるのには大いに賛成だ。


「今後もどこかで遭遇する可能性が高い。充分警戒しておけ」

「警戒ね。こっちから潰しに行くことはできないのか?」

「本拠地が判明しているのならば、それも視野に入るだろうが、なにぶん尻尾を掴ませない連中でな。今回の尋問で何か判明するといいのだが」

「しっかりしてくれよ。軍もギルド本部もその為にあるんだろ」

「うぐっ、それは確かにそうなのだが・・・・・・とにかく、警戒だけはしておいてくれ」

「はいはい。わかりましたよ」


 俺はフェリスを連れて部屋を出る。

 二階から一階に下りると、妙な集団がエントランスでざわついていた。


「おや、ラックスじゃないか!」

「うげ」


 集団の中心で手を振るのはルークである。

 どうやら集団は銀の護剣(シルバーブレイド)とそのファンのようだ。


「暇ならこの後一杯どうかな?」

「嫌だよ。他に暇そうなのに声をかけろよ。前回も言っただろ金欠だって」

「じゃあ僕の奢りはどうだい?」

「近くにさ、良い酒場があるんだよ」


 俺は頭を掻きながら、以前よりも親しげに声をかけてくる同業者と共にギルドを出た。



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