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65話 付与士はエロい格好の相手でも手は抜かない

 

 射ち続けられる礫をラックスは避け続ける。

 通過した礫はスイの防御魔術に当たって砕け、直後に床から茨が周囲の生き物を絡め取ろうと蔓が勢いよく成長する。

 いつしかラックスの後方には、茨の壁ができあがっていた。


「いよいよ逃げられなくなったわね。どうするのかしら付与士さん?」

「休憩とかありませんかね?」

「あるわけないでしょ。つまらない冗談は嫌いよ」


 彼の軽口に不快感を感じたのか、グリスの表情が僅かに歪む。

 対してその場からほぼ動かず対応しているラックスは、感情を表に出さないまま内心で焦りを覚えていた。


(数分前の自分に叱りつけてやりたい。どこが絶望的じゃない敵だよ。しっかり追い詰められてるじゃないか。防いでもアウト。避けてもアウト。きっついなこれ。幸いなのはエマや青髪君達が無事なことだ。徐々に後退しているし、そのまま逃げてくれれば助かるんだがな。いや、エマの性格だと無理か。ルークもまだ戻ってきていないし)


 思考を巡らせている間も、彼は小さく短杖の先を揺らしていた。

 その不自然な動きにグリスの意識が集中する。


「魔力を薄くして魔術文字を描いているわね!」

「そんな姑息なことするわけないじゃないですか」

「するでしょ。付与士にまともな人間なんているわけないのよ」

「偏見は良くないな。『肉体保護(フィジカルガード)』」


 薄い魔力によって描かれた魔術文字が発動する。

 一般的に込める魔力が少なくなれば効果もまた弱くなる。しかし、ラックスにはそれで充分であった。バフを付与した対象はグリスではなく茨であったからだ。

 付与された茨はみるみる緑が濃くなり、そして、茶色くなってボロボロに崩れてしまった。


「・・・・・・気づいていたってわけね」

「まぁな。どの茨も急激に伸びると成長が止まっていた。そこでこう考えた。事前に仕込んだ種にはある程度まで成長できる仕込みがされていて、それが尽きると限界を迎えて徐々に枯れていくんじゃないかってな」


 肉体保護(フィジカルガード)は治癒能力を促進させ修復速度を速める付与である。それはつまり成長を促す効果も含まれている。通常の生き物にとってはないにも等しい非常に小さな成長でも、適性のない環境で栄養もなく置かれた茨には残酷なほど効果てきめんであった。


「俺に植物魔術は通用しない。大人しく捕まって洗いざらい吐くんだな」

「通用しない? ふふ、ふふふ、貴方はまだ植物魔術の入り口を目にしたに過ぎないわ。この世には何万と多種多様な草花が存在している。その中には魔物と呼ばれるものも」


 マントの内側から取り出した種を、グリスはぽとりと床に落とす。


 種は石床の隙間に根を張り急速に成長した。

 通路を塞いでしまうほどにまで成長したそれは、がばりと大口を開いた。床から引き抜いた根を足のように動かしラックスへと迫る。


「冒険者ならご存じよね。魔物や人を喰らう凶暴な草。マンイーターよ」

「B級の魔物を一瞬で生み出すなんて反則じゃないか」

「そもそも戦いにルールなんてないでしょ。食い散らかしなさい愛しのマンイーター」


 口を開いたマンイーターは、毒素の込められたガスを吐き出した。

 みるみる通路に毒が充満しラックスは片腕で口を押さえた。


「やっぱアタッカーがいないとキツいな。どうにか時間さえ稼げれば切り札が出せるんだが」


 彼のぼやきを耳にしたジンはマンイーターの正面で剣を構える。


「時間を稼げばこいつを倒せるんだな?」

「おい、お前じゃ無理だ。死ぬ気か」

「今さらだけど謝るよ。偽物のS級なんて言ったこと。あんなヤバい魔術師と平然と戦って。ルークさんもあんたもすげぇよ。俺なんかずっと足が震えててさ」


 ジンの震える剣が視界に入りラックスは言葉が出なかった。


「エマさんや仲間を死なせたくないんだ。指示にも従う。俺も何かしたいんだ」

「なぁに一人でええ感じに語ってんの。ほんまリーダーは馬鹿やな。さぶすぎて逆にやる気出てしもうたやん。あ、スイはエマさんを守っててや。時間を稼ぐんはウチらでやるから」


 ジンの隣でマインが拳を構えた。

 二つの背中を目の前に、ラックスは呆れた様子で頭を掻いた。


「下がれって言っても聞きそうになさそうだな。しかたない。俺が死なないようにバフをかけてやるから好きなだけ暴れていいぞ」

「ルークさんが受けた付与を俺も。はぁはぁ」

「うわっ、ほんまきもいな。普通そこで興奮する? ラックスさんウチにもバフお願いな。ウチはラックスさんのこと嫌いやないし見られるのも嫌やないから」

「じゃあ格闘ちゃんから付与を」

「おい!」


 ラックスの短杖が魔術文字を描く。

 二人に付与されたのは『肉体強化(フィジカルブースト)』である。


 肉体強化(フィジカルブースト)は全ての身体能力を一時的に上昇させ、尚且つダメージ軽減と治癒能力も上げる肉体保護(フィジカルガード)の上位に位置する付与である。文字数が多いことと必要魔力量が多いことからラックスは通常の戦闘では避ける傾向にあった。


(これだけやれば死にはしないだろう。後方にはエマもいるし。ルークには悪いが超短期決戦で勝利して離脱するつもりだ。ルークが負けてアレがこっちに来たら付与士の俺には倒す術がないからな)


 身体能力が大幅に上昇した二人は驚いていた。


「身体が軽い。力も漲っている。本当に俺の身体なのか?」

「付与術舐めてたわ。こんなん常時使うてたらラックスさんがおらんとあかん身体に調教されてしまうわ」

「エロい言い方をするな。俺達は健全なパーティーだって言ってるだろ」

「童貞が童貞みたいなこと言うてるわ。けどまぁ、これなら時間もぎょうさん稼げそうやで」


 マンイーターが涎を垂らしながら大口を開く。

 先ほどからしつこいくらいに毒の息を吐き続けていた食人植物は、いよいよ狩り時と判断したのかうねうねと触手をくねらせながら迫り始めた。


「視える、俺にも避けられるぞ! ルーク流、稲妻スラッシュ!」


 触手がジンを捕まえようと伸ばされる。

 だが、彼は瞬時に身を低くしながら、範囲から抜け出し触手を斬った。


 一方のマインも強烈な拳をマンイーターの頭部に撃ち込んでいた。すかさず反撃の触手が彼女を狙う。マインは、ひらりと身を躱しその内側へ。胴体とも言える太い茎に正拳をたたき込んだ。


「何をしているのマンイーター! 早く片付けなさい! 相手はこの間剣を握ったような駆け出し共よ!」

「ぐぁああああっ!」


 付与によって大幅に底上げされた二人は、マンイーターを翻弄していた。たとえダメージを受けても、軽減をしつつ後方のエマが即座に回復。彼らにB級を倒すだけの力はない。だがしかし、ラックスの希望通り二人は最大限時間を稼いでいた。


 歯噛みするグリス。杖を握る手は折れそうなほど力が込められていた。


「このグズが! もういい、私が直接始末するわ!」

「悪いな。俺達の勝ちだ」

「なっ」


 短杖を構えるラックス。

 その杖の先は白光を宿していた。


「俺のとっておき。超位付与術(オーバーエンチャント)だ」



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