64話 誰だって一つや二つ秘密を抱えているものだ
石の柱が並ぶ大広間のような空間。
暗闇の中を、リスのような魔物が走っては立ち止まり耳をピクピク動かしていた。激しい閃光と轟音が微細に建物を揺らす。魔物はびくんと飛び上がり慌ててその場から逃げ出した。
幾度と衝突する斧と大剣。金属音を鳴らし火花を散らしていた。
暗闇をぼんやり照らすのは青い雷光だ。光を帯びた大剣をルークは横薙ぎに振る。青い軌跡を描く分厚い刃を、デーモンであるガンズは斧で受け止めていた。
ルークの額からは血が滴り落ち、ところどころ薄汚れている。対してガンズは、未だその動きによどみはなくじわじわと追い詰めていた。
「デーモンの俺と対等に渡り合うとは。見上げたヒューマンだ」
「僕が力負けするなんて初めてだ。ラックス達はとんでもない相手と戦って勝ったんだね」
斧で大剣を跳ね上げられたルークは、反射的に飛び下がり横に疾駆する。
ガンズもまた追いかけるように並走した。
「この”憤怒の悪魔”であるガンズとまともに打ち合えるヒューマンは珍しい。誇るがいい。ルーク・グロリアス」
「憤怒?」
疑問を呟きつつ柱と柱をジグザグに蹴りつけながら跳躍、ルークは眼下のガンズへと大剣を振り下ろした。
「ぬぐっ」
「これも受け止めるのか。だが、僕の攻撃は続いている」
斧を盾とし刃を受け止めたガンズ。
その両足はその衝撃から床を砕き僅かに沈む。
さらに大剣が激しく放電する。雷撃は斧から全身へと伝わりガンズを焼いた。
「小癪な真似を! ダークアックス!」
「またか!!」
刃を押し返され、即座に魔力の籠もった斬撃を放たれる。漆黒の斬撃はルークに直撃し、背中から壁へ叩きつけられることとなった。
瓦礫を押しのけ立ち上がったルークはさらに血を流す。
「憤怒の悪魔というのは何かな? 申し訳ないけど悪魔には詳しくないんだ。ご教授願いたい」
「ふむ、知らぬか。無知を自覚し学びを求める姿勢は嫌いではない。よかろう。そのくらいは教えてやってもいいだろう。知的好奇心とは悪魔的思考に他ならないからな」
「それはどうも」
そう言ってルークは慌てて口に手を当てた。
(ラックスの口調が移った? 気をつけるべきかな。今後の仕事に差し障りそうだ)
表情を戻したルークは、目の前の相手から少しでも多く情報を引き出そうと思考を巡らせる。
恐らくラックスも敵の正体を突き止めるべく情報収集をしているに違いない。同じS級冒険者でありリーダーである黒髪の男に、そのような信頼感を抱いていた。飄々としながら抜け目がなくいつだって敵の一番嫌がることをする付与士。
(始めて出会った時から不思議な男だと感じていた。どことなく銀の剣聖に似ていて。全く似ても似つかないのになぜか不思議とそう思ってしまう。だからよりショックだったんだ。僕より剣の才能に恵まれておきながら付与士になったのかと。あの動きはまさしく一流剣士のそれだ。しかも高い確率で銀の剣聖から手ほどきを受けている。嫉妬? そうかもしれない。うらやましさと同時にひどく自分に失望したんだ)
アンデッドキングで見せたラックスの背中に、ルークは銀の剣聖の背中を視た。
たった一瞬の出来事。しかし、彼はその一瞬で才能の差を感じ取り、激しく感情をかき乱された。依頼を達成できなかったことよりも、付与士であるラックスに才能で負けたことが遙かに彼の心を追い詰めていた。
銀の剣聖すら才を認め、直接指導したであろうと予想したルークは、抑えきれない嫉妬を抱き、遂には己の限界を感じ引退すら考えた。
ただ、彼を最も追い詰めたのは実のところ”別の要因”であった。
彼が、ルーク・グロリアスが――ひた隠しにしている秘密。
「悪魔にも人で言う血筋のようなものがあるのだ。七つの系統に分かれ、それぞれ優れた能力を有している。俺が属しているのは【憤怒】。力に優れ硬い守りを得意とする物理大好き悪魔である」
「七つの系統、力に秀でた、とすると僕との相性は最悪か」
「であろうな。貴様も力に秀でた剣士、力と力のぶつかり合いなら分があるのは悪魔であろう。ヒューマンごときがデーモンである俺の基礎能力を超えるとも思えんからな」
「この剣は君を倒すにあたり必須ってことだね。魔力を吸え、サンダーレックス」
「むむ」
口元の血を腕で拭ったルークは、大剣に大量の魔力を注ぎ込む。呼応するように大剣はうなりを上げ一際激しく稲妻を放出し始めた。放電はルーク自身も包み込み空間を青く目映く照らす。
――雷魔剣『サンダーレックス』。グロリアス家の地下倉庫に眠っていた出自不明の魔道具。ルークはたまたま見つけたこの武器が、自分にぴったりの重量とサイズ感であったことから気に入り愛剣とした経緯がある。以来彼はこの剣を無二の相棒として振り続けていた。
刹那にルークが肉薄する。振り下ろされた強烈な打ち込み。咄嗟に斧で受け止めたガンズであったが、踏みとどまることができず高速で石壁へ叩きつけられた。砕けた壁が床に落ちる。舞い上がる土煙の中から飛び出したガンズは歓喜に打ち震えていた。
「我が重い油のような血が沸騰している。これがS級か。面白い。ラースボルテージ・イグニッション!」
「つっ!」
先ほどよりも速い切り込み。
繰り出された強烈な打ち込みを、ルークはぎりぎり大剣で逸らす。
重い一撃に彼は冷や汗を流した。
(力が増しただと? 防いだこちらの手がしびれている)
ルークが飛び下がったところで、ガンズがフルフェイスを脱ぎ捨てた。
下から現れたのは坊主頭の強面であった。人と変わらない姿。しかし、その瞳は人とは異なり蛇のような縦長の瞳孔であった。僅かに開いた口内から鋭い犬歯が覗く。背部からは飛膜が飛び出し臀部には悪魔らしい尻尾があった。
「人は弱い。うっかり殺してしまうくらいにな。最高のゲイジュツを生み出すには状態の良い素材でなければならない。慎重且つ繊細な作業が必要なのだ。しかし、貴様ならその心配はなさそうだ」
ガンズの皮膚に太い血管が浮かび上がる。肌はみるみる赤みを帯び、膨張した筋肉は上半身の装甲を弾き飛ばした。常人ならば触れるだけで火傷しそうな熱を帯びたガンズが、斧を握りしめたまま石床を踏みつける。
「本気じゃなかったと?」
「無論。暇つぶしのつもりで魔王神教などという組織に付き合っていたが、存外俺はついていたようだ。我がゲイジュツはギリギリの戦いであるほど完成後にその輝きを増す。絶望などするな。抗って抗って怒りを抱いたまま絶命しろ」
「断る」
互いに正面から刃を交える。
剣圧に押されながらルークの雷撃はガンズを焼き続ける。響き渡る轟音と剣戟。一撃一撃が重く、ぶつかり合う衝撃はダンジョンを僅かに揺らしていた。
「どうしたルーク・グロリアス。この程度か。もっと俺を興奮させろ。怒らせろ」
「しまっ!?」
遂に斧が大剣を弾き飛ばした。ルークの手から離れた大剣はくるくると宙を回転し、石床に突き刺さった。がら空きの腹部へダークアックスが直撃する。
ルークは黒い斬撃に吹き飛ばされ、石柱をいくつも砕きながら壁へとめり込んだ。
「人間にしてはよくやったと言っておく。デーモンである俺に勝つには足りないものが多すぎたな。さぁ、その首を切り落とし、内臓を引きずり出し、ゲイジュツ作品へと飾り立ててやろう」
もうもうと立ちこめる砂埃。
ゆったりとした足取りで近づくガンズは、不意に妙な悪寒を感じ足を止めた。
「――ここに誰もいなくて良かった。これから見せる姿は誰にも見てほしくないからね」
「まだ生きて、なんだこの圧力は」
がらがらと壁の中から出てきたルークは、普段よりも多く魔力を放出していた。
次第に出血は止まり、彼の呼吸は重く深くなる。
「僕にも一つだけ使える魔術があるんだ。というより習得できたのが、それだけだったってだけなんだけどね。減退――この魔術は付与術ができる以前のかなり古い魔術らしいんだ。効果は精神と肉体を一時的に低下させる己に限定したデバフ。使用魔力もずいぶん多くてね魔術師の間じゃ失敗作と評価されているもはや忘れられた術なんだ」
「何を言って」
「僕は銀の剣聖に憧れた。その美しさにひどく心を打たれたんだ。だから彼のようになりたいと願った。技術もその外見も、理想としながらそうなりたいと努力した。だから本当の姿は僕の求めるものとは大きく反する。正直、これを誰かに知られるくらいなら死んだ方がマシだって思っているくらいだ。もちろん仲間を助けられるのなら喜んで晒すつもりさ。ただ、僕にも心の準備というのが必要でね。あの日は、その覚悟がまだなかった。いや、今もまだないかな」
頼りなかったルークの足が、次第にしっかりとした重い足取りへと変化する。
内部から強烈な膨張が発生し、肩、胸、ふくらはぎ、あらゆる箇所で変化が起こる。節くれ立った指は、より太く荒々しく、抑えきれなくなった防具ははじけ飛び、その下の服さえも破裂するように引き裂いた。
ガンズは身動きできず至近距離に来ても視線を外すことはできなかった。
盛り上がった筋肉。飛ぶ鳥すら視線で射殺すような強面。爽やかとはかけ離れた偉丈夫が、常人にはあり得ない魔力を放出しながらそこに立っていた。
「な、なんだその姿は」
「これが僕の本当の姿さ。常時、減退で己を弱らせ理想の自分を演じている。メンバーやラックスには申し訳ないことをした。ああなったのは僕自身のせいだからね。肉体はともかく精神を弱らせすぎた」
床に突き刺さった大剣を抜いたルークは、これまでとは比にならない雷光を発した。
総魔力の半分以上を常時減退に使用している彼にとって、この姿だけが真に全ての魔力を使用できる瞬間であった。
「馬鹿な。デーモンを超える魔力量だと」
「恐らく力も僕の方が上だね。君は危険すぎる。生け捕りは無理そうだからここで死んで貰うとしよう」
振り下ろされる大剣。
反応したガンズは斧で防御姿勢を取った。だが、刃は斧をたやすく切断し、その下の肉と骨をやすやすと斬った。腹部ほどで刃が止まったところで、ガンズが大量に吐血する。
「武器ごと俺を斬っただと? 化け物め」
「そうさ、僕は醜い化け物さ。言い残したい言葉はそれだけかい? じゃあさようなら」
雷撃がガンズを炭も残さず焼き尽くす。
聞こえていた悲鳴もすぐに消え、ルークは一息吐いてから普段の姿へと戻った。
「ラックスの方は上手くやってるかな。無事だと良いけど」




