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58話 付与士は金貨を握りしめる

 

 ホームの修練場で剣の柄を握る。

 神経を研ぎ澄ませ、繰り返し深呼吸を行う。


 ――いける。今だ。


 腕に力を込めて剣を引き抜こうとする。だが、猛烈な吐き気を催し、俺は口からつい先ほど飲んだ水を噴水のように吹き出した。ゲロロロッ。


「今日はこのくらいにすべきでは。はい、お水とタオルです」

「ありがとう。まだ気持ち悪いから背中もさすってくれると嬉しいかな」

「しかたありませんね」


 そう言いながらフェリスはどことなく嬉しそうだ。

 俺も美人に介抱されるのは気分が良いので、もうしばらく続けてもいいかなと密かに興奮する。とはいえ苦しいのは本当なんだけどね。そろそろ抜けてくれないかな。あの時、ちょっとばかしヌケたんだからもういいでしょ。本気でヌかせてくれ。


「ラクッちも懲りないね。付与士なんだから剣なんか使えなくてもいいっしょ。トラウマがあるならなおさら無理しない方がいいじゃん」


 そう言いながら、タオルで汗を拭うノノン。

 ランニングに出ていたらしくシャツはじっとりと湿っていた。


「私もそう言ったのですが、俺は本当は剣が使えるんだと言って訊かないのです」

「本当だよ? 本当に使えるから。剣を握れなくなる前はそこそこできる剣士だったんだ」

「そうですね。ちょっと休みましょうか」


 フェリスは微笑みを浮かべて、さらりと流した。

 仲間には『付与士になる前はそこそこできる剣士だった』と伝えてある。再び剣を握ろうとしているのは再び悪魔と遭遇した際に、自分の身を守るためだとも。ただ、フェリスもノノンも俺の拒絶反応に最初はずいぶん驚いていた。


「嘘じゃないんです。信じてください」

「もちろん信じていますよ。ただ、ラックスがそこまで無理をする必要があるのか疑問を抱いているだけです。悪魔は確かに脅威です。対抗手段を一つでも多く用意しておきたい気持ちも理解できます。しかし、それでラックスが壊れては元も子もありません」


 全くもって正論。ぐうの音も出ない。

 俺はリーダーであり支援役の付与士。バッファーがアタッカーを兼任する意味は常識的に考えて薄い。

 分かっている。これは我が儘だ。悪魔を理由に、捨てきれなかったものを取り戻そうとしている俺のエゴ。

 かつての自分に返り咲きたいわけではない。

 俺が俺である証明だったものを、もう一度取り戻したいだけなんだ。

 もちろん悪魔から仲間や人々を守りたい気持ちだってある。そうでなければ(これ)を再び手にしようとは考えもしなかった。


「悪魔だかなんだか知んないけど、あーしがいれば完璧ディフェンスじゃん。ラクッちはどーんと後ろで構えてればいいっしょ」

「ノノンさんの言うとおりです。私もあれから剣を使いこなせるよう鍛錬を積んでおります。ラックスには決して近づけさせません」

「ちょっとー、フェリちんはアタッカーなんだからあーしに任せてよ」

「ノノンさんのガードは信頼していますよ。もしもの話です。ラックスはパーティーの切り札。彼を守る存在は何人いてもかまいませんよね」

「それはそうなんだけど、なんか穴があるみたいに言われているようで複雑じゃん」


 ノノンとフェリスは以前よりも距離が縮まった印象を受ける。

 お互い素顔を出したからなのか、年の近い同性だと判明したからなのか、以前よりも会話が盛んに行われていた。その代わりというか、会話に入れないことが少しずつだが増えている気がする。

 男だと勘違いしていた頃は気兼ねなく声をかけられたのだが。エロい日々を送れるようになった反面少し寂しい気もしていた。


「そういやザインはどうした」

「んー? 毎度の引きこもりじゃん。あーしも言えた立場じゃないけどさ、毎回部屋で何してんだか。物音すらしないっしょ」

「おい、勝手に探るなよ。プライバシーの侵害だぞ」

「「ラックスが言うな」」


 でしたね。俺は黙ります。


 ザインの引きこもりは定期的に発生するし、気にすることでもないだろう。

 正体を知った今では好きにさせてやりたい気持ちが増している。これまでの詳しい過去は教えて貰っていないけど、悪魔であることを隠して生きてきたのならずいぶんと苦労をしてきたに違いない。


 さて、あと一度くらいは抜きに挑戦しておくか。

 これでもあの頃よりは進歩しているんだ。


「げぼぉおおおおおおおおっ!!」

「ラックス!?」


 俺は目に涙を溜めながら吐き散らかした。



 ◇



 フェリスとノノンを連れて久しぶりに市場を通る。

 行き先はギルド。ギルマスと顔を合わせるのが面倒で後回しにしていたのだが、さすがにそろそろ挨拶をしておかないと、ホームに直接押しかけて来そうな気がしていた。なんだかんだ眼をかけてもらっているし、機嫌を損ねると後々面倒にもなる。

 割の良い仕事を回してもらえるなら快く会いに行くんだがなぁ。どこかにスライムを倒して大金もらえるような仕事落ちてないかな。ちょうど杖代くらいのさ。


「ギルドに行った後でかまいませんので食材調達に付き合っていただけませんか」

「おば――お姉さんが持ってきてくれてるだろ?」

「そうなのですが、やはり自分で選んだ方が品質に偏りが出ないので」


 フェリスの言葉に、そういうものかと納得する。

 俺の横で歩く彼女は金糸のような髪をなびかせ柔らかい笑みを作っていた。すれ違う男女は彼女に釘付けとなりほうっと見惚れる。物陰ではフェリス(男)からフェリス(女)に鞍替えしたであろう女性達が興奮した様子で盗み見ていた。

 仮面を取ったことで、魅了される人が増えて悪化しているような気もしなくもない。


「おい、あんな可愛い子名称未定(アンノウン)にいたか?」

「新メンバーだったら加入希望出しちゃおうかな」


 ノノンに気が付いた住人や冒険者達がそわそわし始める。

 フェリスはどちらかというと高嶺の花だし、近寄りがたいオーラを放っている印象がある。反対にノノンは話しかけやすさみたいなのがあってヒットする者が続出している印象だった。まぁフェリスは貴族だしより近づきづらいよな。

 こうなると見劣りするのが俺だ。

 誰も俺を視界に入れていないどころか、一部からは憎しみの視線を向けられていた。


「美人集めていいきなものだ。ぺっ」

「S級の付与士様は、夜も杖を振るのがお上手なようで。ぺっ」


 見知った住人、特に男どもが俺を睨んでから地面にツバを吐く。


 ……おかしいな。

 仲間達と距離を縮めるほどに敵が増えている気がする。


 市場を抜けてギルド前に出ると、俺を見つけた顔見知りの冒険者が笑顔で手を振った。


「よぉ元気かラックス。その様子だと休暇が明けたみたいだな」

「そっちも元気そうじゃないか。そういや生まれたっていう娘は大きくなってるか」

「子供はそんなに早く成長しねぇよ。いや、早くはあるか。日に日に変わっててなんつーかこうさ、ぼーっとしてると置いて行かれそうな気がして、俺も頑張んねぇとって思わされるんだよ」

「大変だな父親は」


 そう言いつつ俺は頭をポリポリ掻いた。

 結婚すらしていない俺には、父親がどうとかいまいち伝わらない。

 そもそも父親がどういう感じなのかも分からないからな。


「ところでよ」

「ん?」


 不意に相手が緊張した面持ちで笑みを作った。

 かと思えばポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。


「俺が悪かった」

「え? え?」


 俺の腕を取り何かを握らされた。

 手を開くと金貨が一枚。

 なんのお金? 怖いんですけど。


「お、おい」

「今はこれで勘弁してくれ。いずれきちんと払うから」


 返そうとしたが、顔見知りの冒険者はすっきりしたような表情で軽やかに去って行く。

 一部始終を見ていた同業者が「かつあげ」とざわついていた。



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