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57話 柔らかいものには敵わない

 

 先の細い刃物で少しづつ文字を刻んで行く。

 見えづらい箇所は持参の装着型ルーペで確認しながら削る。


「ふぅう」


 一息吐いて右目に装着していたルーペを外した。

 青銀色の刀身にはずらりと文字が刻まれ、最初からそうであったかのように存在感を放っている。あとは鍛冶のおっさんが文字に色をつけたりして高級感を演出するだろう。あるいは着色専門の業者に頼むとか。どちらにしろ俺の仕事は終わった。


「お茶、淹れてきた」

「サンキュウ」


 シーフちゃんからテーカップが渡されお茶を一口含む。

 仕事のあとの茶は美味い。特に出来の良い仕事ができた日には、自己肯定感が爆上がりし最高に気分が良い。


「本当に文字が刻まれた。もしかして、付与士がいると装備に付与し放題?」

「良い点に気が付いたな。付与士を抱えるメリットの一つだ。成長するほどに加えたり減らしたりと自分だけの付与を用意してもらえるのは余り知られていない大きな利点だ」

名称未定(アンノウン)の装備も先生が?」

「あー、言ったことはあるんだが全て断られたな。刻むとなると装備を俺に預けないといけない。今ならともかく以前はフェリスもグランノーツも正体を伏せてたからな。でも、逆に言えば今なら刻むことができるのか……」


 思考の海に沈もうとしたところで強烈な音が意識を現実へと引き戻した。

 再び工房の奥から響く金属を叩く音。どうやらノノンが作業に入ったようだ。

 俺とシーフちゃんは作業の様子を覗くことにする。


「この音、この感触、久しぶりだから楽しいな」

「どうなってやがるんだ。とんでもねぇ速さで包丁ができあがってんぞ」


 ぼやくのは鍛冶のおっさんだ。

 彼の視線の先では金槌を振り落とすノノンの姿があった。

 赤々と発熱した金属は、まるで叩かれることでそう命令されているのか、自らその形を変えているような印象を受けた。何度かドワーフの鍛冶を目にしたことはあるが、こんなのは初めてだ。ドワーフは火と土に愛された種族と言われることがあるが、エルダードワーフともなればもはや夫婦なのかもしれない。


「やばっ、マジモードで作るところだった。このくらいにしておくべきかな」


 彼女はそう言って金属を水の中に入れる。

 冷えたところでテキパキと研ぎまでやってしまう。

 完成した包丁をテーブルに置いたノノンは「完成じゃん」とウィンクした。


 素人の俺でも分かる。異常な速度だ。

 恐らくおっさんは成形を頼んだだけで磨きや研ぎまでは想定していなかった。

 包丁を手に取ったおっさんは未だ呆然としている。


「切れ味を確かめてよ。ラクっち、まな板とハム。試し切りしなきゃ」

「お、おお」


 言われるがままにマジックストレージからまな板とハムを出す。

 おっさんはそっとハムに刃を落とした。かと思えばすっと刃は通り過ぎ、さらにまな板までもぱかっと半分に切った。

 なんて切れ味。こわっ。


「おわっ!? なんだこの包丁!??」


 おっさんは包丁を投げ出し腰を抜かした。

 そう言いたくなるのも分かる。包丁と呼ぶには度が過ぎた切れ味だ。しかもさりげなく削り出し感があってデザインも妙に凝っている。


「どうかな。そこそこ良い包丁っしょ」

「これをそこそことか頭おかしいのか。包丁の域を軽く超えてるじゃねぇか。どうすっかな。これじゃあ売り物にならねぇし。一か八か領主様のところにいる料理人に交渉してみるか」

「やっぱやり過ぎちゃったっしょ」

「実際とんでもない包丁ではあるんだがな。不必要に切れすぎるというか、食材を切るだけの調理器具にここまでの性能は求めちゃいねっていうか。使い手を自ら選ぶ道具はもうそれは道具じゃねぇ」

「パパに同じこと言われたことがある」


 ノノンは珍しく肩を落としていた。

 そこへシーフちゃんがぽんと肩を叩き「どんまい」と無表情で励ます。

 後輩に励まされた(?)ことでノノンははにかみながらシーフちゃんの頭をくしゃと撫でた。


「ねぇ、おじさん。たまに遊びに来ても良いかな。外の道具作りのこともっと知りたいじゃん。おじさんから色々学ばせて貰ってもおけ?」

「桶? なんだ桶って?」

「いいからいいから」

「手伝ってくれるなら断る理由はないが、嬢ちゃん……エルダードワーフだろ?」


 ノノンは笑顔のまま返事をしない。

 だが、沈黙は肯定ととったおっさんは手に持った金槌をノノンに手渡した。


「嬢ちゃんが何者かは誰かに言うつもりはねぇ。ただ、本気で正体は隠してくれよ。あんたら上位種族は各国が血眼になって探しているんだ。できすぎたものは片っ端から壊すからな。いいな?」

「おけ! 頑張るからあーし!」


 金槌を受け取ったノノンにおっさんは孫を見るような目で頷く。

 そういや孫にいつも汗臭いって嫌われてたんだっけ。とうとう別の孫を作ることにしたのか。


「そういや刻印付与が完了したぞ。確認頼む」

「おお、さすが仕事が早いな。冒険者なんか辞めてこっち一本でやっていけると思うんだがなぁ」

「好きで冒険者やってんだよ。刻印付与専門になっちまうと、毎日毎日暗い部屋で一人きりかりかりかり文字を刻むことになっちまう。俺には耐えられないね」

「それなら先生が毎日家にいる?」


 はっとしたシーフちゃんが「さりげなくお茶を淹れればもはや奥さん」などとブツブツ呟く。ノノンも「二人で籠もって作業も悪くないじゃん」などと漏らしていた。

 どうでもいいけどそろそろ帰りたい。

 細かい作業の後はどっと疲れるんだよな。


 おっさんは剣を何度も見直し間違いがないか確認する。

 といっても文字が潰れてないかとか、内容が要望通りになっているかとかを見るだけなんだが。もちろんそこらの鍛冶師に付与の内容まで確認する知識はない。この道ウン十年の腕の良いおっさんだからできることだ。いや、ドワーフだからウン十年そこらじゃないかもな。


「間違いなく注文通りだ。ありがとよ。これは報酬だ」

「サンキュウ。また頼むよ」


 テーブルに革袋が置かれる。

 中を確認した後、それをマジックストレージに収めた。


「報酬も入ったし、三人で甘い物でも食べに行くっしょ」

「先生っ」


 ノノンとシーフちゃんがキラキラしたまなざしで俺を見てくる。

 うっ、今すぐ帰りたいんだが。

 すると二人がそれぞれ俺の腕に抱きつくように掴む。

 伝わる柔らかい感触。


「好きな物を奢ってやる」


 きりっと俺は余裕のある大人の顔をした。



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