56話 腹筋ばきばきギャルは好きですか?
ホームの訓練場で短杖を振るうシーフちゃん。
的や藁人形が置かれたここは、そこそこ広く激しい運動をするには最適な場所だ。
ここのところめきめきと筆記速度を上げている彼女は、最初に教えた『肉体保護』の付与なら、すでに目を閉じてても描けるくらいにはなっていた。
「麻痺」
「遅い。レジスト」
「先生、対応が速すぎる」
「自分の速度に合わせろと敵に言うつもりか?」
「いじわる」
「そりゃあ褒め言葉だな。付与士は嫌がれて一人前だ」
「いじわるいじわる」
シーフちゃんのデバフを防ぎ即座に『武装解除』のデバフを放つ。
直撃した彼女の手から短杖がすぽっと抜けて地面に落ちた。
『武装解除』は警戒や意識を集中している際には効きにくいが、意識がそれた瞬間、タイミング良く使用できれば対人戦ではかなり使える付与である。
杖を拾ったシーフちゃんは相変わらずの無表情で感情は読めない。
「……隙あり」
「バレバレだぞ」
諦めたと見せかけてデバフを放ってくる。
もちろん余裕でレジストする。諦めの悪さは二重丸。ただし、攻撃の気配が消し切れていない。アタッカーに守られるとは言え、やはりできるならどこまでも悟られず気配を殺したい。注目が集まればその分、アタッカーが防御に回らなければならなくなるからな。悟らせず静かに応援と嫌がらせをするのが付与士の役割だ。
とはいえ駆け出しにそこまで求めるのは酷ではある。
今はまだ意識付けの段階、デバフ付与とは難しく奥深いと理解させるための前置きのようなものだ。
「先生に、追いつけるイメージが湧かない」
「あのな。何年も修行をして実戦を積んだ俺が一年も経たないぺーぺーに追いつかれたらむしろその方が問題だろ。付与に近道はない。覚えておけ」
「うん。肝に銘じておく」
こくりと頷いたシーフちゃんはどこか嬉しそうだ。
今日の訓練はここまでと締めくくったところで、修練場に響く「えっほえっほ」の声に意識を向けた。
大人の男性が数人で抱えるような重りをつけた金属の棒。
あり得ないほど”くの字”に曲がった棒を肩に乗せスクワットするのはノノンであった。彼女のふとももは立体的に筋張り、スパッツは今にも張り裂けんほどぴちぴちに張っていた。
にもかかわらず彼女の顔は、汗を滴らせながら苦しさを微塵も感じさせない。
軽快なスクワットはすでに九百を超えており、間もなく千を迎えるところであった。
「終わり。たはぁ~、効く~! 鬼スクワットでダイエットもはかどるっしょ!」
どすん、とバーベルを下ろしたノノンは良い笑顔である。
襟の緩いシャツは汗で濡れ下着が透けていた。かと思えばシャツを脱ぎ始めるではないか。
「ここには、先生もいる」
「へーきへーき。見せブラだから」
見せブラとは……?
それってつまり堂々と見ていいってことか?
言葉の意味を考えながらノノンの肉体に目をやる。女性らしい柔らかい曲線でありながら、腹筋はばきばきに引き締まっている。可愛い顔をしながら驚くほどの細マッスルだ。もしかすると普段する両手ピースも即座に眼球をえぐり出すための構えなのかもしれない。恐ろしい。
「タオル」
「気が利く。サンキュウじゃん」
シーフちゃんが気を利かせノノンに自分のタオルを渡す。
タオルを受け取ったノノンはぱぁぁととびっきりの明るい笑顔を浮かべた。
「そういえばなんでグランノーツを作ったのか聞いたことなかったな。それだけの力があれば冒険者としては充分な気もするけど」
「ん~、作れるから作ったってのもあるけど、やっぱできないことをしたいからに尽きるっしょ。カッコイイ鎧に乗るのもロマンじゃん」
彼女の返答に納得する。
人の身ではできないこともグランノーツであれば可能となる。とんでもない耐久力と攻撃力はもちろん、ピノッツで見たあの大ジャンプも魔道具だからこそ得られた力なのだ。よくよく考えるととんでもない発明だよな。恐るべしエルダードワーフ。
「てか、そろそろ鍛冶工房に行く時間っしょ。軽く汗を流してくるから待ってて」
「それなんだが、こいつも連れていくことにした」
「リノアっちも?」
「いいの?」
シーフちゃんを同席させるのは付与士の仕事を学ばせる意味が大きい。もう一つの付与士の仕事を見せる良い機会であった。
「武具や魔道具への付与は戦闘で使用する付与とは少し違う。半永久的な付与を施す、職人としての重要な仕事だ。見ておいて損はないぞ」
「行く。準備するから、待ってて」
シーフちゃんは僅かに目を見開き目を輝かせた。
◇
アバンテールには鍛冶を行う工房がいくつか存在する。
その中で最も古い工房が『グリーンベル工房』である。
優れた武具を途切れることなく生み出し続ける老舗として騎士や貴族からの依頼は絶えない。俺達は工房の中に案内され今回の依頼の詳細を聞くことに。
「悪いなあんちゃん。急な依頼をして」
テーブルを挟んで向かいでそう話すのは、工房の主であるがたいのいいおっさんだ。
ドワーフの特徴であるひげ面に分厚い肉体。こっちに来てすぐに付き合いが始まったお得意様だ。俺は鍛冶のおっさんと呼んでいる。
俺の隣にはノノンとシーフちゃんがいて、事前に見学者だとおっさんには伝えてあった。
おっさんに一枚の紙を渡される。
どうやら作っているのはミスリル製の片手剣らしい。
施してほしい付与は『耐久度強化』『切れ味持続』『重量軽減』『属性付与』の四つだ。
これらは”刻印付与専用”の付与となる。
筆記付与で人に施すこともできなくはないが、相性が悪すぎることから持続時間は非常に短く文字数も戦闘中に描くには多過ぎる。何より施す意味が薄い。
一方で物限定なら使えなくはないのだが、先に述べたとおり文字数が多いのでコスパは悪い。
おっさんは一振りの剣を目の前に置いた。
こいつが付与を施して貰いたい剣か。
握ると吐き気が襲ってくるのでおっさんに鞘から抜いて貰った。
「良い剣だな。相変わらず良い仕事をする」
「へぇ、なかなかの腕じゃん。この色合い、ミスリルだけじゃなく別の金属も僅かに混ぜてる。持った感じ芯にも別の金属を使ってあるっしょ」
「握っただけでそこまで分かる? ドワーフすごい」
ノノンの言葉に鍛冶屋のおっさんは感心していた。
その間に俺はマジックストレージから分厚い本を取り出し開く。
「驚いた。そこまで見抜かれるとは。みたところ嬢ちゃんもドワーフみたいだな。それだけ目利きができるのなら腕もさぞ良いんだろう。もし良かったら仕事を手伝ってもらえないか。報酬はちゃんと払う」
「あーしに?」
「なぁに、包丁を一本作ってもらうだけだ。実はウチの職人が怪我しちまって、俺もこっちにかかりきりで納品日を延ばして貰おうか悩んでいたところなんだ。もし手伝って貰えるなら助かる」
「包丁くらいなら、おけ」
返事が軽いな。だがまぁエルダードワーフである彼女にしてみれば朝飯前なのかもしれない。ノノンが作る包丁がどのくらいの性能になるのかも興味はあるしな。
本をめくっているとシーフちゃんが手元をのぞき込む。
「これは?」
「刻印付与専用の辞典みたいなものだ。半永久的に効果が持続する刻印付与はたった一度きりが後の全てを左右する。構成する文章に間違いがないか。文字同士の相性はどうか。せっかく付与しても効果と効果が打ち消し合っては意味がない」
「奥が深い」
「魔術というとんでもない深淵の探求を分担しているのが今の魔術師や錬金術師や付与士だ。広義でいえば俺も魔術師になる。いわば付与専門の魔術師だな」
「せ、先生が、付与士っぽいことを言ってる」
「ぽいじゃなくて付与士だ」
俺は剣を専用の台に固定すると特殊なインクで刀身に文字を描く。
さらに持ってきた刻印付与専用の金属を削る道具で黙々とインクに沿って削り始める。




