54話 超一流付与士は杖を振らず敵を追い払う
水浴びが終わり新人ちゃん達のところへ行くと、剣士ちゃんは恥ずかしそうにうつむき、魔術師ちゃんはむぅと頬を膨らませ、シーフちゃんは全裸を見られたのにもかかわらずいつもと変わらない半眼で無表情であった。
先ほど散々謝ったので謝罪は不要だが、もう一度くらい謝っておいた方がいいような気がした。
「悪かった。ごめんなさい。事故だったんです」
「事故でも女の子の裸を見るなんて最低です。見損ないました」
ぷんすか怒るのは魔術師ちゃんである。
剣士ちゃんは「まぁまぁラックスさんもわざとじゃないし」とむしろなだめる側へとまわっていた。ただ、シーフちゃんは「この中で一番小さいもんね」とぼそっとつぶやく。
「なんだとぉおおお!!」
「落ち着いて」
つり上がった目をした魔術師ちゃんは殴りかかろうとし、剣士ちゃんが羽交い締めにして彼女を止めた。
大人しそうな顔をして実は一番怖いのは魔術師ちゃんのようだ。
「おほん、不可抗力なのは理解しました。ラックスさんにはお世話になっていますし、今回だけは無罪放免といたしましょう」
「じゃあお詫びとして夕食を奢ってよ。ね、いいでしょ」
「ん、名案。ごちそうを所望」
「ちょっと、二人とも! そんな軽くて良いの!?」
「ん~、実を言うとそこまでショックじゃないかな。ほら、あたし性格が男っぽいし」
「先生以外なら嫌だけど、先生だから」
魔術師ちゃんは頭を抱え「私だけぇ!?」と叫ぶ。
なんかこうますます申し訳ない気分になる。
間違いなく常識的なのは彼女の方だ。二人はこう言っては何だがちょっとずれてる。
ちょうど水浴びを終えたノノンが戻ってきたようだ。
湿った髪をタオルで拭きながらご機嫌な様子でこちらへと歩いてきていた。
「お待たせ。すっきりして鬼さっぱりじゃん」
「ノノンさん! 良かったら魔術で髪を乾かしましょうか!?」
「いいの? じゃあ頼もっかな」
普段はツインテール姿のノノンだが、水浴び後もあってストレートで妙な色気があった。
岩に腰を掛けると魔術師ちゃんが緩い風を生み出し彼女の髪を乾かし始める。
その様子を眺めていると剣士ちゃんが俺の服をくいくいっと引っ張った。
「グランノーツさんの中身って本当にノノンさん?」
「そうだけど?」
「未だに信じられない。だってグランノーツさんって口数が少ない心優しい強面マッチョのイメージで通っているんだよ。あの銀の護剣のブロンクさんですら『奴は漢の中の漢。同等かそれ以上のタンクだ』っていい顔で言い切っていたんだよ。戻ったら間違っていたって教えてあげないと」
やめて差し上げろ。
いくらブロンクでもそんなことを言われたら羞恥で泣いちゃう。
「ノノンさん、気さくで話しかけやすい。今の方が好き」
「うんうん、あたしもそう。前は何考えているのか分かんない人だったけど、中身がノノンさんだって知って腑に落ちたというか、フェリスさんやザインさんやノノンさんが正体を隠してたのも納得できたんだよね」
シーフちゃんの言葉に剣士ちゃんがすかさず反応する。
俺は納得できたというところに首をかしげる。
「というと?」
「三人ともすっごい美人だし魅力的だよね。きっととんでもなく男の人が寄ってきて困っていたんだと思う」
「性別まで誤魔化す必要はないと思うけど」
「あえてよ。あ・え・て」
なにいってんだこいつ。
ザインに頼んで頭に聖魔術をかけてもらうべきか。
「風の魔術って鬼便利じゃん。帰ったら髪専用の風が出る魔道具でも作っちゃおうかな」
「え、ノノンさんって魔道具作れるんですか!?」
「魔術師や錬金術師ほどじゃないけど、そこそこのものならあーしでもできるよ。グラも一部に魔力使ってるし。刻印を施すのも凄腕付与士がいるから問題なし。余裕っしょ」
髪を紐で結びツインテールにしたノノンは「ベルちゃん鬼感謝」と彼女の頬へちゅっとキスをした。
「ふぁ!?」
「赤くなってる。可愛い」
「もう、ノノンさん!」
俺はその様子を眺めながら「なんかえっちだな」と呟いた。
◇
酒場の二階で席を取った俺達は乾杯をする。
テーブルに並ぶのはストックレックス名物霜降り歩きキノコだ。肉厚でジューシーなキノコのステーキは肉と思えるほど美味である。さらにその上にかかったソースはこの店自慢の特製だ。
何年も冒険者をしていると安くて美味い店の情報も自然と耳にすることが多い。
ここはソロ時代に知った店の一つだ。
「なにこれ、鬼美味しいじゃん」
「だろ」
「もしかしてソロ時代に彼女と来てた?」
「いたら連れてきてたかもな……いけね、涙が」
彼女なんていたことは一度もない。
告白したことは何度かあるが。思い出すのも辛いのでこの話は止めよう。
「ふ、ふーん、そうなんだ。いなかったんだ」
ぷいっと顔をそらしたノノンは興味なさそうだ。
「先生は、童貞」
「うん。やめようね。女の子がそんなこと言っちゃだめだよ」
シーフちゃんが無表情で発言する。
相変わらず何考えているかわからない子だ。
「あーしらは明日にでもアバンテールに戻るけど、アカネちゃん達はこれからどうすんの?」
「指名依頼も無事達成できたしひとまず帰還かな。ストックレックスのダンジョンとか気になるけど探索するにはまだ経験が足りない気がするからお預けかな」
「慎重だねぇ。でもそのくらいの感覚が新人には必須じゃん。せっかくだしあーしらと一緒に帰ろっか。前衛のなんたるかを手取り足取り教えちゃるっしょ。おっと、エールがもうないじゃん。店員さーん、エール追加で」
大ジョッキを空にしたノノンは店員を捕まえ注文をする。
俺達はその目を丸くしていた。
しらふの顔をしながらすでに二十杯は飲んでいる。飲み干すペースも衰えることなくまるで水を飲んでいるかのような勢いだ。村には酒場はなく部屋に樽を持ち込んで飲んでいたようだが、こうして彼女の飲みっぷりを目の当たりにすると、やっぱりドワーフなのだなと実感させられる。いや、ドワーフでもここまで飲めるのは限られている気がする。
ちなみにドワーフは酒に強く、また常飲するほどの酒好きでよく知られている。
人種族の中で最もアル中が多く、手が震えてから本番というドワーフの言葉は有名だ。その上位であるエルダードワーフもやはり本番を目指しているのだろう。ところで本番ってなんなんだ?
「ぶはぁぁあ、たまんないっしょ! 葡萄酒や果実酒もいいけどやっぱエールじゃん!」
「なんだなんだ。面の良い女共が揃ってるじゃねぇか。おい、こっちに来て酌をしてくれや」
「あ?」
ふらりとやってきたのは強面の男達だ。
格好からして恐らく同業者。ランクはCあたりか。
立ち振る舞いや装備の質からある程度ランクは予想することができるが、外れることもままあるので過信してはいけない。
俺はそれとなく短杖を抜いて背後に隠す。
ここは大勢が楽しむ酒場だ。できるだけ穏便に対処したいところ。
「俺達は普通に飲み食いしに来た客だ。そういうのは専門の業者に頼んでくれ」
「てめぇの話なんかきいてねぇよ。どけ。男に興味はねぇんだ。黙って言うことを聞けねぇんなら痛い目を見るぜ?」
「店の中だぞ?」
「だからどうした。びびってんのか?」
男達は剣を抜いた。
それだけで他の客は悲鳴をあげ店内は騒然とする。
酔いが回っているのか男達の顔は赤い。
さて、こうなってしまっては退けないな。
やり合うには距離が近すぎる。まずは牽制しつつ――。
「あーしらが名称未定だって分かって喧嘩売ってる?」
立ち上がったノノンは刃物のような視線で男達を貫く。
岩食いとの戦いですら放たれていなかった殺気がにじみ出ていた。
一瞬たじろいだ男だが、再び笑みを浮かべた。
「名称未定なんて聞いたことねぇな。どこのパーティーだ?」
「おい、馬鹿! 名称未定っていえばS級だろ!」
「S級だぁ? ホラでも吹いているんだろ。S級様がこんなところにいるはずねぇ」
「こいつ、ラックス・サードウッドじゃねぇか!?」
仲間の一人が叫び奴らだけでなく酒場の中はざわつき始めた。
二階席も一階席でも俺の顔を確認した冒険者達が「間違いないラックスだ!」「ゲロ付与士!」「姉ちゃん今すぐ勘定!」などと口々に叫んだ。
状況を飲み込んだ男どもは青い顔で後ずさりし逃げ出す。
「……名前を聞いただけで逃げ出すなんて失礼じゃないか」
「ちょーウケる! ラクっちマジ怖がられんじゃん。気分良くなったからもう一杯おかわり」
なんか納得できない。
俺は眉間に深い皺を寄せた。




