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53話 シスターの失態

 

 AM8:00


 教会前を箒で掃くクラリッサ。

 珍しく信徒は一人として来ておらず暇な時間であった。

 もちろんシスターである彼女に本当の意味での暇な時間はなく、掃除が終われば大地の女神への祈りの時間があり、さらに孤児院にいる子供達の食事を作りに戻らなくてはならない。


「あら? 呼び出しのベルが鳴った?」


 耳を澄ますが彼女の耳に音は届かなかった。

 気のせいだと彼女は再び入り口の辺りを箒で掃く。


 不意に教会の前で一人の女性が立ち止まった。

 女性はクラリッサと同じくシスターのようであったが、その服は大地の信徒ととしての焦げ茶色ではなく、明るい青色であった。


 水の女神の信徒――クラリッサは警戒するように僅かに身構えた。


「大地の教会はずいぶん貧相でみすぼらしい外観のようですわね」

「あらあら、信徒から巻き上げて無駄に派手にしている水の教会とは違いますから」

「寄付ですわ」

「そういいつつ多額をせびるのでしょ? 厚かましい。水の女神もさぞ悲しんでおられるに違いありません。このような血も涙もない連中に崇められるのですから」

「貧乏丸出しの皿まで舐めるような貴方方と一緒にしないでいただきたいですわ。地味で御利益もなさそうなそちらの教会に寄付したがる方などいないでしょうけど。きっと大地の女神は不甲斐ない信徒に失望していらっしゃるでしょうね。あは」

「「ふぬぬぬぬぬ!」」


 クラリッサと水のシスターはにらみ合い威嚇し合う。

 短く長い緊張が続き、見計らったかのように二人は「ふん!」と顔を背けてそれぞれやるべき仕事へと戻る。



 ◇



 AM 9:00


 掃除が終わったクラリッサは、市場へと買い物に行く。

 神父は本日も寝込んでおり不在。彼女は教会の鍵を閉め単身で出かける。


「三本おまけしておくよ。金のないあたしらにはこんなことくらいしかできないけど」

「感謝いたします。きっと子供達も喜びます」


 めぼしい食材を購入した彼女は、野菜の詰まった紙袋を抱え教会の裏門を抜ける。裏庭では後輩シスターが洗濯物を干しておりクラリッサは柔和な笑みを浮かべながら声をかけた。


「不在の間はどうでしたか?」

「珍しく誰も来てませんね。そうだ、聞いてください先輩。毎日毎日懺悔室の呼び出しベルを聞いてたせいか、誰もないはずなのにベルの幻聴が聞こえるようになってしまいました」

「ようやく貴女もその域に達しましたか。夢でうなされるようになれば一人前です。私ほどになれば常に聞こえますからね。ほら、今もワンベル(ベルを一回鳴らしの意)が」

「私にも聞こえました。幻聴ってこんなにもリアルなんですね」

「ふふ、何を言っているの。私の幻聴なんだから貴女に聞こえるはずが……」

「「…………」」


 クラリッサは「懺悔室に誰もいないのよね? ちゃんと中を確認したのよね?」と汗をだらだら掻きながら独り言のように呟く。後輩は「実は先輩が出かけると同時に鍵を閉めてて」とどさくさに紛れてサボりを告白する。


 協会内に飛び込んだクラリッサは荷物をテーブルに投げるようにおくと、懺悔室の扉を開けて飛び込んだ。


「……いらっしゃいますか?」

「ざ、ざざ、懺悔したいぃ」

「なるほど。お話しを聞く前に、どのくらい前からここにいらっしゃいましたか?」

「い、市場が開いてすぐくらいぃ」


 クラリッサから悲鳴が漏れた。

 市場の開場はおよそ朝の七時からである。ちょうど時計塔の時刻を知らせる鐘が鳴り響いた。現在の時刻は十時。3時間ほど待たせていたと知り彼女は恐怖に震えた。


「大変お待たせして申し訳ありません! そのようなお時間からお待ちになっていたとは!」

「き、きき、気にするなぁ。忙しいと思って、控えめにベルを、お、おお、押してた。そ、それに、ここは狭くて落ち着くぅ」

「なんと寛大!」


 長時間待たせていたにもかかわらず、怒ることもせず、悲しむこともなく、むしろこの状況を楽しんでいたと言い放つ壁の向こうの相手にクラリッサは罪悪感を抱くと同時に尊敬の念も抱いていた。恐らく自分が同じ立場であれば怒り狂っていたことであろう。大海のような大きく深い心に彼女は自然と頭を垂れたくなった。


(天使のような方。むしろ私が懺悔したい)


 クラリッサは特徴的な口調に一人の人物を思い起こす。

 黒づくめの凄腕回復師。つい最近中身が天使だと発覚した黒髪の美女である。

 壁の向こうの正体に気が付いた彼女ははっと口を手で押さえた。


(天使だった! モノホンだ!!)


 クラリッサは「お茶と菓子をご用意いたしますのでお待ちを!」と興奮気味で懺悔室を飛び出した。


「ざ、ざんげをぉ……」



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