50話 旅立ちの付与士には頭突きをしておけ
ベッドで横になった師匠。
「ラックスと話がある。二人きりにしておくれ」
師匠の言葉にクサヤさんは黙って応じた。
彼が退室すると俺はぽつりと漏らす。
「そんなにも弱っていたなんて」
「教えてないからね。知らなくて当然さ」
「一言言ってくれていれば」
「伝えたところでどうにもできないさ。むしろ長生きした方だ」
俺がここに来た頃から彼女には持病があった。
時折苦しそうにする以外はこれといって問題はなかった。
だから平気だと勝手に思い込んでいたのだ。
「薬で治せないのか」
「医師や回復師には手遅れだって言われたよ。なんて顔をしているんだい。あたしはこれで納得している。今すぐあの世に行くわけじゃないしまだ未練もあるって言っただろ。杖を折るような馬鹿な弟子の行く末も心配だからね」
師匠は「本当の顔を見せておくれ」と穏やかに微笑む。
俺は顔を剥ぎ取りその下の顔をあらわにした。
彼女の指が俺の頬を撫でた。
と思ったら頬をぎゅむとつねられる。
「痛いって!」
「辛気くさい顔をするんじゃないよ。その顔を見ていると腹が立ってきた」
「ひどい」
そう言って頬から指を放す。
師匠は上体を起こし短杖を抜いた。
「大丈夫なのか?」
「このくらいで騒ぐんじゃないよ。これからあんたにとっておきを教えておく。一度しか教えないからよーく訊いておくように」
師匠の杖の先が目映く輝いた。
◇
間もなく一ヶ月を迎えようとする頃。
俺とノノンは別れの挨拶をしていた。
「また会いに戻るからちゃんと生きててくれよ」
「あたしはしぶといからね。もう三十年は生きるさ」
「そういいながら五十年は生きてそうだけどな」
「ははっ、かもね」
家の前で黒髪を風に揺らす師匠は柔和な笑みを浮かべていた。
その隣では夫であるクサヤさんの姿も。
グランノーツの肩に乗るノノンも挨拶をする。
「最高の田舎生活だったじゃん。今日まで神感謝。いつでもアバンテールを尋ねてね。大歓迎するから」
「楽しみにしておくさ」
「うん!」
二人が話をしている間、クサヤさんが俺の肩に腕を回しこそこそ耳打ちする。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか。彼女と付き合っているんだろ?」
「は?」
「僕が見た限りノノンちゃんは結婚するには申し分ない子だ。真っ直ぐで素直な良い子だよ。どうなんだい? 付き合ってるの?」
「そういう関係じゃないから。あいつとは普通に仲間の関係だから。中身が女だってのもつい最近知ったくらいだし」
「うーん、僕の勘違いだったか。くっついていると思ったんだけどね」
考え込むような素振りを見せた彼ははっとする。
「まさかクロアちゃん狙いかい!? 確かにあの子も将来はとんでもない美人になるだろうね」
「狙ってないから。ていうか俺がモテないの知ってるだろ」
「……無自覚とは怖いね」
はぁ? 無自覚がなんだって?
わかりきったようなことを聞くなよ。
「まったねバイバーイ!」
ノノンは何度も振り返り二人へ手を振った。
村を出るとアバンテール行きの馬車が来ており、俺とグランノーツに乗り込んだノノンが御者に挨拶をする。
荷台を大きく揺らし先に乗り込んだグランノーツは一息吐くように蒸気を排出した。
「ラックス~!」
「あれはクロアじゃないか」
村から駆けてくるクロア。
彼女は俺に抱きつくと顎下から頭突きをした。
「ぐえ」
「出発するってなんで教えてくれなかったの!? いつもそう、四年前だって黙って行っちゃうしさ。あたしは本当のお兄ちゃんのように思ってるのに」
「悪い。湿っぽいのが苦手でさ」
そういや前回も黙って出発してたな。すっかり忘れてた。
また会えると頭で分かっていても別れが辛くてつい。だからふらりと帰ってきて、ふらりといなくなるくらいがちょうど良いと思っていた。
「絶対また戻ってきてね。戻ってこないと皆でアバンテールに行くから。滞在費は全てラックス持ちね」
「そりゃ怖いな。いや、マジで怖い」
クロアの頭を撫でると彼女は気持ちよさそうに眼を細めた。
元気でいてくれとの気持ちを込めながら。
馬車に乗り込むとゆっくりと動き出す。
「いってらっしゃい!」
「またな」
クロアが小さくなるまで俺達は手を振った。
***
窓際でぱらりとページをめくる。
ロッキングチェアで読書にふけるヒルダへ声をかける者がいた。
「寂しいかい? 彼がいなくて」
「まさか。やっと静かになって喜んでいるところさ。騒がしいったらこの上ない」
「君らしい返事だ」
「あんたもいつまでその顔を貼り付けているんだい」
「ああ、二人きりの時は外す約束だったね。ノノンちゃんがいたからつい、ね」
ばりっとクサヤは顔の皮を剥いだ。
その下から別の顔が現れる。耳はこれまでよりも長くなり誰が見てもエルフであることは明白であった。
「魔王に続き準男爵級の悪魔とは王国も物騒になったものだ」
「よくないものが裏で動いている気がする。偶然だろうけどあの子はその渦の中心にいる。数奇な運命というしかないね」
「生まれついての英雄なんだよ彼は。良くないものも良いものも全て引き寄せてしまう。本人にその気がなくてもね」
「その気がないのが一番問題なんだけどね」
クサヤは「かもしれないね」と愉快そうにクスクス笑う。
ぱたんと本を閉じたヒルダはふーっと一息吐いて口寂しさを感じた。
「悪いけどお茶を淹れてく――なんだ、もう行ったのか」
彼女が振り返るとクサヤの姿はどこにもなかった。
◇◇◇
アバンテールに向かう馬車は嵐に見舞われていた。
打ち付ける激しい雨粒。
空は暗く太鼓を打ち鳴らすような雷鳴が身体を震わせる。
「お客さん。これ以上進むのは無理だ」
「あそこに洞穴が見える。嵐が収まるまで避難しよう」
風に揺られる馬車は、森の中をなんとか駆けながら岩肌にぽっかりと空いた洞窟を目指した。ひんやりとした空気が満ちる穴に入ったところで、俺とグランノーツは飛び降りて外の様子を窺う。
洞窟の入り口では、滝のように大量の水が滴り落ちびちゃびちゃと音を響かせている。雨粒は荒れ狂う風に煽られ横に降っていた。時折雷光が空を照らし轟音が響き渡る。
「はっ、くしゅん」
ぶるりと身体を振るわせ俺はくしゃみをした。
こころなしか頭がぼんやりする。
胸部装甲を開いて飛び出したノノンは俺の額に手を当てる。
「あつっ、熱があるじゃん! おじさん火をつけて!」
「わ、わかった!」
御者のおじさんが荷台から藁と木材を出し火打ち石で火をつける。
眺めていた俺はだらーんと鼻水が出ていた。
あれ? もしかして風邪をひいた?
風邪を引くなんてここ数年全くなかったんだけど。村に戻って気が緩んだかな。
「ラックスもおじさんも濡れた服を脱いで。マジックストレージに毛布はある?」
「あー、二枚ならあったかな。くしゅん!」
「どれだろ、たぶんこれだ」
俺の腰にあるマジックストレージに彼女は腕を突っ込んで毛布を引っ張り出した。
それから強引に俺の服を剥ぎ取り、御者のおじさんと俺に毛布をかぶせた。
「二人とも休んでて。温まるものをあーしが作るから」
ポタポタ滴が落ちる衣類。
焚き火は洞窟の中を明るく照らし紐にぶら下がった衣類を温める。
毛布にくるまる俺とおじさんは寒さに震えていた。
一方でテキパキと作業をするノノンは、グランノーツの中にいたおかげか濡れることもなく平気そうであった。
だらんと鼻水が垂れる。
俺はじっとノノンのぴっちりスパッツに包まれたお尻を眺めていた。
彼女の身体は均整がとれ引き締まっている。それでいて女性らしい柔らかい曲線を帯びており、背中からお尻に掛けてのスタイルは抜群だ。その尻に”美尻付与”を施せばさらに良くなるに違いない。それだけではない。控えめな胸にも”巨乳付与”を施せばますます俺好みに。
「美尻付与! 美尻付与!」
俺はノノンの尻に向かって短杖を振る。
だが、杖は一瞬で奪われてしまった。
「馬鹿やってないでこれ食べて寝るっしょ。ここにはザインも医者もいないんだから大事を取って安静にしなきゃ。ほら、あーん。あ、おじさんは自分で食べてね」
ノノンはスプーンでパン粥を俺の口元に運ぶ。
身体だるく思考がまとまらない。
差し出されたスプーンと「あーんして」と少し心配そうにするノノンの顔に申し訳なさを感じて、俺は素直に従うことにした。
「あむ、おいひい」
「思ったよりヤバいかも。顔が真っ赤じゃん。熱冷ましあったかな。あーもう、こんなことならグランノーツの中ちゃんと整理整頓しておくんだった」
もぐもぐごくん。
おいひい。




