5話 アンデッドに会いたければ死者の回廊へ
死者の回廊。そこは古い時代の墓地と言われている。
瘴気が発生したことによりアンデッドの巣になったと、嘘か誠か巷では囁かれている。
ザインが聖魔術でスケルトンをまとめて浄化する。
「やっぱ連れてきて正解だった」
「聖魔術はアンデッドに有効ですからね。ザインは頼りになります」
「そ、そそそ、そんなに褒めるなぁ。照れるうぅ」
全身ベルトに縛られた黒づくめの回復師【ザイン・ヘルナード】
唯一露出するのは左目だけだ。
こいつも本当に正体不明な奴だ。
外見はともかく、話すと意外に素直だし指示にも大人しく従ってくれる。なによりその使用する聖魔術が有能なのだ。回復はもちろん瘴気の浄化やアンデッドの駆除など、さらに解呪も使えるとんでもない逸材だ。その上回復師のくせに格闘戦まで得意と来ている。役割としてはこれ以上にない貴重な存在。
欠点はそのおどろおどろしい外見と定期的に引きこもりになることかな。
あと月に一度は不審者として衛兵に捕まる。
新人衛兵が町に配属される度にザインに驚くんだよな。もはやアバンテール名物ですらある。
「新手のスケルトンですね。ここは私が」
「頼んだ」
薄暗く冷たい空気に満ちた石の通路を、スケルトンが硬い足音で駆ける。
フェリスは腰の剣を引き抜き、一陣の風のようにすり抜け三体の敵を斬り捨てた。
さすが凄腕剣士。スケルトンの硬い骨もたやすく切断するとは。
なによりその涼やかな微笑みが絵になる。
中性的な顔立ちに品のある佇まい、そこにミステリアスに目元を隠す仮面があると、さらに魅力的に感じる。
こいつのファンは圧倒的に女性が大多数だ。味方だと頼りになるが、敵に回すとこれほど厄介な相手はいない。ちょっとした喧嘩のつもりでも、なぜか話が町中の女達に広まっており、あげく敵視されるのだからたまらない。おそらく百人以上の兵がこいつの傘下にいる。
「この辺りはまだ瘴気は薄いみたいですね」
「溜まってるのは地下五階層からだ。浄化する必要はないだろう」
「浄化、しないのかぁぁ?」
「ヤバそうだったらお願いするよ」
「ボクに、まかせろおおおお」
ずいっと、ザインが触れそうな距離まで顔を近づける。
血走った目がぎょろりと俺を捉えた。
うん、近い近い。相変わらず距離感バグってるな。
この外見で性格良いからなぁ。人って見た目じゃ分からないよな。
ちなみに瘴気とはアンデッドが好む毒の空気だ。
生者が吸い込めば肉体は麻痺して行き徐々に正気を失って行く。瘴気のあるところにアンデッドが発生し、アンデッドがいるところに瘴気は発生する。どちらにしろ対策なしで突っ込んでいい場所ではない。
石造りの通路を進み続ける。
壁には等間隔で青い炎が灯っていた。
「私達はその新人パーティーがデュラハンに遭遇したからと考えていますけど、違う要因で帰還できていないことも視野に入れておくべきじゃないですか?」
「その通りではあるんだが、聞いた印象だとマッピングを怠るような連中でもなさそうなんだよな。引き際もわきまえているっぽいしさ。機転が利くなら生き残っている可能性も高い。それより気になるのはなぜ上位のアンデッドであるデュラハンがここにいるのかだ」
「外から来た?」
「ここの瘴気に引き寄せられたってのはあり得る話だ。新人にしてみればたまったものじゃないけどな」
不意に俺のセンサーに反応があった。
俺は常に360度全方向へ魔力の網を張り巡らせている。
「敵だ」
「数は?」
「一体。すぐ近くに三体の反応もあるがこっちは全く動いていない。恐らくデュラハンから逃げて部屋に閉じこもった例の新人達だろう」
「その一体の方が斬るべき相手ですね」
「敵はフェリスに任せる。ザインは新人が負傷していないか確認してくれ」
「血だ、血をぉおおお、全て癒やすぅうう」
締め切られた扉の前で黒色の全身鎧が立っていた。
しかし、頭部はなく右手には使い込まれた片手剣があった。
上位アンデッド――デュラハン。
禍々しい瘴気を放ちながらゆらりとこちらに刃を向けた。
「貴方の相手は私です」
フェリスは再び剣を抜く。
名工によって鍛えられた業物らしく、その刀身は鏡のように光を反射し刃こぼれ一つしない。彼が魔力を流し込むと刀身に刻まれた古代魔術文字が輝き炎が噴き出す。
俺でもあの剣に刻まれている文字は読めないんだよな。
効果から炎を操る力だとは思うけど。
古代魔術文字は失われているものも多いから完全に読み取るのは難しい。
一息で互いに距離を詰める。
僅かに早かったのは、フェリスであった。
寸前で守りに切り替えたデュラハンは剣で剣を防ぐ。
しかし、炎と衝撃は防ぎきれず、デュラハンは背中から轟音を響かせながら扉をぶち破った。
もうもうと土煙が舞い上がり、俺達は奥の部屋へと侵入する。
「あーあ、壊しちゃった」
「文句があるならラックスが相手をしますか?」
「血、血を、血をくれぇぇ」
文句なんて在るわけないじゃないですか。
やだなぁフェリスさんったら。
デュラハンはフェリスに任せて、俺とザインは新人ちゃん達の確認だ。
ザインはすでに負傷して横になっているシーフっぽい子の状態を診ていた。
俺は呆然とする、緑髪を三つ編みにした魔術師ちゃんに声をかけることにした。
「よく無事だったな。助けに来たからもう大丈夫」
「あの、貴方がたは?」
「名称未定さ」
返事をしたのは赤毛の剣士ちゃんだった。
「S級パーティー!? そんな人達があたし達を!?」
「ギルマスからの依頼だよ。ついでにデュラハンの目撃情報が事実なのかを確認しに来た。こうなる前に俺達に調査依頼を出せって文句の一つも言いたいところだけど。なんにせよ無事で良かった」
「仲間を、仲間を助けて貰いたいの! 傷が深くて!」
「そっちはもう解決済みさ」
「へ?」
ザインが癒やしの光を黒髪の少女に放つ。
聖なる癒やしの効果は、瞬く間に傷口を塞ぎ、そればかりかこの部屋の瘴気も一瞬にして浄化してしまった。
あれで下級のキュアなんだからどうかしている。
中級のハイキュアくらいはありそうな効果だ。
魔術師ちゃんは絶句していた。
「無詠唱で、聖魔術を? 瘴気まで浄化されて、まさかハイキュア?」
「すすす、すすす、全て癒やしたぁ。休めば、あ、ああ、明日には、歩けるぅ」
ぎょろりとザインは魔術師ちゃんに視線を向けた。
その様子がどうしても恐ろしいらしく、彼女は「ひぃ」と小さく悲鳴を漏らした。
あとはフェリスだな。
ゆらりと立ち上がったデュラハンは、相対するフェリスに再び刃を向ける。
その剣はさりげなく装飾が施され、実用的でありながら見栄えも良いなかなかの逸品であるように思われた。
鎧も位の高い騎士のようにずいぶん立派である。
生前は貴族の身辺警護などを務める近衛騎士だったのだろうか。
デュラハンは首のないアンデッドだ。
生前の強い感情が”武具に宿り”魔物と化す。
スケルトンやゾンビと違い無念の感情が色濃く残り、死者となっても生前の無念を晴らすべくあてもなく彷徨い続けるのだ。
デュラハンを倒すには『宿った武具を破壊する』必要がある。
フェリスとデュラハンが切り結ぶ。
が、剣を弾かれたのはデュラハンであった。
フェリスはああ見えてパワー系の剣士。両手剣使いにこそ劣るものの張り合えるくらいには力がある。その上であの炎だ。デュラハンからしてみればそっちが魔物だろうと言いたくなるような存在である。
肉薄したフェリスとデュラハンが剣をぶつけ合う。
金属音が反響し火花が散った。
互いに引かぬ連撃、弧を描く剣と剣が交差し続ける。
「火炎一閃」
横一文字に放たれる赤き閃光がデュラハンの鎧を溶かし斬る。
熱と衝撃波は余波となって部屋の中で荒れ狂い、デュラハンを石壁へとめり込ませた。
かつかつと足音を立てて近づくフェリスに、デュラハンは立ち上がることすら困難となっていた。
「哀れな亡者よ。私が救いましょう」
鋼をも斬る鋭い斬撃。
デュラハンの剣は半ばから切断された。
途端に鎧はばらけ床に音を立てて転がった。剣が本体だったらしい。
「すごい……」
剣士ちゃんがフェリスの強さに見入っていた。