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49話 ヌきたいけどヌけないこのモヤモヤ感

 

 咆哮が森を揺らす。


 その威容に冷や汗を流した。

 先ほどの岩食いは岩食いではなかった。こいつが真の岩食い――縄張りの主。

 グラトニーベアはメスの方が大型化する傾向にある。

 つまりこいつらは”つがい”。倒したのはオスだ。


 あのサイズからして間違いなくS級クラス。威嚇のつもりなのか大量の魔力を放出していた。魔力量も桁違いだ。


「やるしかないか」

「相手に不足なしじゃん。やるよラクっち」


 グランノーツは両手にそれぞれ斧を握り構える。

 その間に俺も自身に付与を施した。


 地面を揺らす突進に、グランノーツは正面から挑む。


「ふんぐっ!」


 強烈な頭突きに、防御姿勢で受け止めたグランノーツの足が僅かにずり下がる。

 生身の人間ならひとたまりもないだろう。至近距離から繰り出されるグラトニーベアのクローを斧で弾いて見せた。


「メガスラッシュ!!」

「!!」


 その巨体からは想像できないような機敏さで危険を察知し、グラトニーベアは後方へと僅かに身を退く。寸前で斧を躱した奴は、反撃には出ず警戒をするように距離を取った。反対にグランノーツはチャンスを逃し悔しそうだ。


「でかいくせにちょこまかと。動きを封じられれば」

「もうやってる」


 ステータス低下を行い状態異常を付与する。

 グラトニーベアの弱点と言えば睡眠だ。

 効果てきめんとばかりに奴はふらつき始める。


「ぐがぁあっ!」


 奴は自らの前足に噛みつき肉をかみちぎった。

 肉片をペッっと吐き出すと、その目はぎらぎらと再び輝き始めた。


 嘘だろおい。痛みで眠気を吹き飛ばしやがった。

 通常では抗えないくらい強烈な睡魔だぞ。


「うぇえええん!」


 どこからか子供の泣き声が響く。

 グラトニーベアは動きを止め、村の方へと視線を向けた。かと思えば俺達を無視して猛然と村へ駆け出した。


(目の前の敵より食欲を優先するのか。いや、コイツは賢い。人質にして有利な状況に持ち込もうとしているのかもしれない。どちしても最悪だ)


 村に視線を向けると、小さな男の子を抱いたクロアが走っているではないか。

 彼女は泣きわめく子供をなだめつつ避難所に向かって逃げる。


「くそっ、なんでクロアが。避難しろって言っただろ」

「急いで戻らなきゃ。このままだとクロアが食べられちゃうじゃん」


 俺とグランノーツは村に向かって全力疾走する。



 ***



 幼い子供を抱いて走り続ける少女。

 彼女は振り返ることもできなかった。

 振り返れば自身の死が確定するようなそんな気がしていたからだ。


 一度は村の奥の避難所へ身を寄せた彼女であったが、集まった子供達の中に足りない顔があることに気が付き、後先考えずに助けに飛び出してしまった。無事に見つけたまでは良かったが、幼い子供は村の異様な雰囲気を敏感に察知し泣き出してしまう。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんがついてるからね。怖くないよ」

「びぁああああああん!」


 彼女の後方から身がすくむような唸り声が届いた。


「ラックスお兄ちゃん、助けて。このままだとあたしもこの子も」


 彼女の目に涙が浮かぶ。

 次第に呼吸は荒くなり心臓は破れんばかりに鼓動する。

 村の裏にある洞窟まで行けば助かる可能性は高い。

 彼女はそう思いながら村の中央にある広場を通過しようとしていた。


「ひぃ!?」


 目の前の建物が破壊されたかと思えば、見上げるような”岩食い”が行く手を阻むように回り込んでいた。クロアも子供も声が出なくなり足が縫い付けられたように止まる。


 追いつかれた。終わりだ。

 ごめんなさい。ラックスお兄ちゃん。あたしが勝手なことをしたから。


 クロアの胸の内では後悔が押し寄せていた。


「誰もいないと思っていたら、こんな一大イベントがあったのかい」


 彼女の前にヒルダがふらりとやってくる。


「ヒルダさん!?」

「じっとしていな。すぐにすむ」


 ヒルダは胸の谷間から短杖を引き抜く。

 一瞬で文字を描くと、その短杖の先に目映い白光が宿った。

 彼女は短杖で白く輝く魔術文字を描く。


「停止」


 びたっと、グラトニーベアの動きが完全に止まった。



 ◇◇◇



 俺はグランノーツよりも一足早く村へと戻る。

 そこでは師匠とクロア、それから石化したように動きを止めるグラトニーベアの姿があった。


「どうして師匠が」

「釣りに出たまま戻ってこないから探しに来たんだよ。しかし、ずいぶん大きなグラトニーベアじゃないか。ここまでのサイズは珍しい。ごほっ」

「師匠?」

「なんでもない、ごほっごほっ、げほっ」

「!?」


 師匠が咳き込み吐血する。

 彼女の目はうつろになり顔からは生気が薄れていた。


「師匠!?」

「ヒルダさん!??」


 倒れた師匠を俺は抱き上げる。


「ばれちまったね。旅立つまで隠しておきたかったんだけど」

「元気そうにしてたじゃないか。まさか持病が悪化――」

「心配しなくたってそう簡単にくたばりやしないさ。この世にはまだ未練があるからね」


 ぴく、ぴくぴく。

 グラトニーベアの腕が僅かに動く。

 もう間もなく動き出すことは容易に予想できた。


「師匠を頼む」


 師匠をクロアに託しグラトニーベアへと相対する。

 短杖を腰に戻し、深呼吸をしてから剣の柄を握った。


 強烈な吐き気をもよおし手が震える。


「ぐぉおおおおおおおおおっ!!」


 グラトニーベアが動き出し、太く鋭い爪は俺めがけて振り下ろされようとしていた。

 だが、未だ剣は抜けない。これほど力を込めているのに。


 俺の中の剣聖、頼む、目覚めてくれ。

 その力が必要なんだ。


 ちゃきん、僅かに剣が鞘から抜けた。


「鬼ジャーンプ!!」

「は?」


 ノノンの叫び声が響いたかと思えば、グランノーツが爆発したように猛烈な速さで空へと飛び上がった。打ち上がったグランノーツは、空中を歩くように放物線を描きながらその巨体で風を切っていた。太陽を遮りながら最高に頼りになるタンクが目の前に着地。

 衝撃が地面を揺らし、落下と同時に振り下ろされた斧によって、グラトニーベアは真っ二つになっていた。


「あ、しまった」


 その衝撃で、僅かに抜けた剣が再び鞘へと戻ってしまった。

 再び抜こうとするも吐き気をもよおす。どうやらなかったことにされてしまったようだ。しかたがない。また抜くチャンスは巡ってくるだろう。そう思わないとやってられない気分になった。


「討伐完了っしょ」

「ところで今のはなんだ……?」

「もち、鬼ジャンプじゃん。グランノーツをただの動く鎧と思ってたら大間違いじゃん。ギャルの武装は鬼盛りって決まってるっしょ」


 両手でVサインをするグランノーツに僅かに身が退けてしまう。

 その姿でギャル仕草はやめてもらいたい。俺の中の漢グランノーツのイメージが激しく毀損される。


「そうだ、師匠!」

「こっちは心配ないよ。僕が来たからね」


 師匠を抱きかかえるのはクサヤさんであった。

 今までどこにいたのか疑問を抱くような絶妙なタイミングでの登場である。

 相も変わらずうさんくさい笑みを浮かべている。


 その隣にいるクロアはぐすぐすと泣き始めた。


「ごめんなさい、ラックスお兄ちゃんに迷惑掛けちゃった。うわぁあああん」

「怒ってないから泣くなよ。こういうの苦手なんだけどな」


 頭をポリポリ掻いて眉をしかめる。

 女の涙は苦手だ。どう対応したら良いのか分からなくなる。



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