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47話 迷える子羊を導くシスター


 懺悔者:冒険者A氏


 クラリッサは懺悔室へと入り席に着く。

 壁の向こうでは、匿名の人物がその時を待っていた。


「大地の女神様は全ての罪を許してくださいます。貴方の抱える罪をお聴かせください」

「聞いてください。俺は許されないことをしてしまいました」


 木製の壁を隔てて届く声は男性のものであった。覚えのない声からクラリッサは教会外でも出会ったことのない人物だと見当をつける。アバンテールの町は広い。彼女の知らない住人は未だごまんといる。面識がない相手がやってくるなど日常茶飯事。

 迷える子羊を導くべく彼女は今日も、慈愛を胸に罪を受け止めるのである。


 男は告白が苦しいのかしばし沈黙し、そして、話し始めた。


「実は顔見知りの同業者の悪い噂を町に流してしまいました」

「悪い噂ですか」

「ほんの出来心なんです。そいつは仕事で成功していて、金があって、大きな家があって、名も売れてて、俺にはないものを全て持っていて気持ちが抑えられず……」

「嫉妬ですか。その気持ち分かります」

「シスターも嫉妬を!?」


 クラリッサはこくりと頷く。

 それは沐浴にあったできごと。後輩シスターと共に沐浴すべく脱衣所で衣類を脱いだ彼女は、以前よりほんの少し肉付きが良くなっていることに意識が向いた。対して隣の後輩はほどよくスリムな体型であった。クラリッサの受けた衝撃たるや心臓が察して『辛いので死にます』と自ら動きを止めようかとしたほどだ。

 クラリッサは後輩の身体に激しい嫉妬を覚えた。


「私もまだまだ未熟な信徒。時として醜い心に支配されることもあります。それでなぜ懺悔しようと思ったのですか? きっかけは?」

「つい最近、娘が生まれまして。始めて自分の子供を抱いたんです。その時に俺、胸を張れる親父になりたいって心の底から思いまして」

「素晴らしい決意です。それでどのような噂を?」

「その、彼が何かとだらしないという噂を。少し評価を下げてやろうってつい軽い気持ちから。後から来た新参者に追い抜かれたのが悔しかった。嫉妬したんです。今じゃひどく後悔していますよ」


 クラリッサは男が冒険者であるとそれとなく察した。

 きっと長くこの町で活動をしている人物。それなりに周囲から信頼を寄せられギルドからも信用されているような腕に覚えるのある冒険者。彼はついと言った。本当に悪気はなかったのだろう。だが、無意識に自尊心を守ろうと罪を犯してしまった。

 彼女は男性の痛々しい吐露に一部理解を示した。


「女神様はきっと貴方の罪を許してくださいます。しかし、それにはまず被害者への謝罪が必須です。過ちを認め被害者へ頭を下げてこそ、真の尊敬されるべき父親になれるのです。後ろめたい気持ちを抱えながら子供を叱ることができますか?」

「できません」

「勇気を出すのは怖いかもしれません。それでもきちんと謝りましょう。罪を認め贖罪をする者に女神様は必ず微笑んでくださいます。奥さんと子供のためにも」

「はい!」


 男はクラリッサに「心を入れ替えます」と述べ退室した。



 ◇



 懺悔者:魔道具製作者B氏


 クラリッサは木製の壁を隔てた向こうに声をかけた。


「本日はどのような懺悔でしょうか」

「実は懺悔ではなく相談でして」

「へ、へぇ、相談ですか。懺悔室での相談はあまりお勧めしませんけど。本当に相談しますか? 本当の本当に?」

「お願いします。聞いてください」

「分かりました」


 ここ最近、なぜか増加している懺悔室での相談。

 しかも決まってひと癖もふた癖もある人間が持ち込んでくる。

 迷える子羊を導くのは自身の責務、ではあるもののこう度々おかしい人達がやってくると懺悔室を閉鎖してしまいたい気持ちがふと湧いてくる。そんなことを考えながらクラリッサは気を引き締めて姿勢を正した。


「実はとある方の依頼で新しい魔道具を作成しておりまして。その使い道に強い疑念を抱いておりまして。このまま作っていいのものか」

「魔道具ですか。具体的にどのようなものかお訊きしても?」

「端的に言えば、離れた場所を覗き見ることができる魔道具です。試作品として作ったものでしたが、とある方が気に入り購入されたのです。ただ、その方は不幸な出来事があって魔道具を失ったと仰っていて。改良版を新たに作ってほしいと」

「ほう、覗き見る道具ですか。もっと詳しく」


 クラリッサの眼が鋭くなる。

 殺気にも似た空気をにじませ、懺悔室の中は冷たい空気に満たされていた。


「試作型は二つ一組でできていて、片方をその場所に置くことで離れた位置からでもその場所の映像を確認することができるちょっとした品でした。実は当初売るつもりはなかったのですが、その方がどうしてもとお願いするものですから、しかたなく。その際、どのように使うのかと何度も尋ねました」

「その方はなんと?」

「防犯用にと。大地の恵みがどうとかぼやいていましたけど、よく聞き取れず結局売却したのです」


 へー、大地の恵みですか。どこかで聞いた台詞ですね。

 などとクラリッサはさらに殺意を強めた。

 壁の向こうの男は申し訳なさそうに話を続ける。


「改良版についてなのですが、女性の部屋の中で目立たず、上手く溶け込むデザインにしてほしいと要望を受けまして。そこで明らかに想定外の使用をされていると気が付いたのです」

「よくぞ気づいてくれました。貴方にはきっと女神様のご加護がありますよ」

「それで相談なのですが、この依頼断るべきでしょうか。もし断るならどう返事をしたらいいでしょうか。教えてください」


 殺意に満ちた顔で、クラリッサは女神の信徒らしく優しく男に返答をする。

 男は壁を隔てた向こう側が黒く染まっていることも知らず、肌寒いなと身を縮めていた。


「ただ一言断ると言えば良いのです。もし受け入れないのであれば『またチキンを振る舞いたいのか』と伝えれば必ず引き下がるでしょう」

「チキンとは……? あ、いえ、分かりました。シスターの言うとおりにします」

「素晴らしい相談でした。これからもおかしな依頼があればこちらにお越しください。いつでも不審な報告を受け付けております」

「はい」


 男はすっきりとした様子で懺悔室を出て行った。




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