45話 懐かしき食卓とミートパイ
窓の外は夜の帳に覆われる。
ランプが灯るダイニングのテーブルにはパンとスープとミートパイがあった。他にも果実がありこの家をよく知る者には、これらがごちそうであることが分かる。クサヤさんが各グラスに葡萄酒を注いで回る。その間に師匠はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
テーブルを囲むのは、俺、ノノン、ヒルダ師匠、クサヤさんである。
グランノーツはでかすぎるので外で待機中だ。
「ラックス君の帰還とお友達の歓迎を祝って乾杯」
「乾杯。しかし、あんたが人を連れてくるとはねぇ」
グラスをテーブルに置いた師匠はノノンに微笑む。
ノノンは視線に気づかず食事に「ん~!!」と舌鼓を打っていた。
「ああ見えて頼れる仲間なんだ。まぁ男だと勘違いしていたけど」
「外でも上手くやっているようで安心したよ。それなりに大人になっているって知れてさ」
「ラクっちって村にいたときはどんな子供だったの?」
「ん? そうだね、いつもぼーっとしてて何考えてんのかよく分からない子供って言われていたね。あたしにしてみれば、これほど分かりやすい子はいなかったけどね。頭を掻く癖があるだろ? 緊張やストレスがかかっているときによく出る癖さ」
「わっかるー。ラクっち外ではよく頭掻いてるもんね。それに嘘を吐くときとか杖を触るじゃん。隠してるつもりだけどメンバー全員知ってからね」
え……? 全員知ってる?
ノノンさんその辺り詳しく聞かせてもらえないだろうか。
「愉快な子だね。酒が進むよ。クサヤもう一杯」
「あーしも!」
「どうぞ。まだまだ葡萄酒はあるからね」
師匠はノノンを気に入ったのか表情が明るい。
ドワーフは酒に強いと聞くが、葡萄酒をがぶがぶ飲むノノンの顔は全く変わっていなかった。さすが樽で酒を飲んでいることだけある。ちなみに彼女の年齢は118歳だそうなので普通に酒を飲める歳だ。
俺はミートパイを囓る。その美味さに自然と涙腺が緩んだ。
師匠が作る俺の大好物だ。
ここを出て四年。ずいぶん長く外にいたような気がする。
ナイフとフォークを置いた師匠がナプキンで口元を拭う。
「杖のことはクサヤから聞いたよ。完成するまで村に滞在することになるんだってね」
「それまでお世話になります」
「好きなだけいれば良いさ。ここはあんたの家も同然なんだ」
微笑む師匠に俺は頭を下げた。
◇
――村に来て数日が過ぎた。
丸太を担ぐグランノーツが建築中の家へと向かう。
家では職人である獣人が、レンガを積み重ねながらグランノーツに挨拶を行う。「鎧さん」「グラさん」などと呼び方は様々だ。
中身が女の子なだと知っているのは一部の人間だけだ。
あえて教える必要もなさそうだから黙っているけど。
丸太を地面に置いたグランノーツは蒸気を噴出。
その様子が面白いのか集まった子供達は彼の身体にしがみつく。
「仕事中だってば。危ないから下がってるじゃん」
グランノーツの姿でノノンの口調だと違和感しかないな。
ただ、初対面でも気軽に会話ができてノリが良いから村にすっかり溶け込んでいる。以前の彼女を知らないってのも大きいだろう。
子供達は大人しく従う。と思えばなぜか俺の方へガキ共がやってくるではないか。
「なぁラックス、一緒に遊んでよ」
「俺も忙しいんだよ」
向かいの畑で収穫を手伝う俺は、狼や猫の獣人のガキ共に囲まれていた。
四、五歳ほどの猫の女の子が俺の背中を這い上がり、わしゃわしゃと俺の髪の毛を触って遊ぶ。
俺はというと、ぷちりと野菜をとりつつ、畑の持ち主である30代の口元にほくろがある兎族の人妻のお尻を眺めていた。
隣で同じく野菜をちぎるクロアが「こらー!」となぜかプンプンお怒りモード。
「またエッチな眼をしてる。こういうときって衛兵を呼ぶんだよね?」
「呼ばないよ? 衛兵はそういうお仕事はしないから」
すんっと真顔で俺は返答する。
衛兵さんは治安を守るお仕事をするんだ。善良な民にである俺に用なんてあるはずがない。
一瞬ジト目をしたクロアは、気分を切り替え畑の野菜を収穫し始める。
この村は全体が家族みたいなものだ。よその家でも手伝ったりすることもあれば助けられたりすることもある。子供の面倒も家ごとにまとまらず一箇所に集めて面倒を見ることが多く、俺なんかは度々子供達の相手をさせられていた。そのおかげで村に打ち解けるのは早かったが。
ずずず。
鳥たちが一斉に飛び立ち僅かに地面が揺れた。
(なんだこの揺れ? 地震?)
「落石だ!」
誰かの声が響く。
建築中の家の後ろにある断崖から大きな岩が転がり落ちていた。
職人達が逃げ出す中、若い男性がつまずいてしまう。
迫る岩を目前に、青年は小さく悲鳴を漏らした。
「あーしがいるから安心して。絶対守るから」
グランノーツが青年の前に立つ。
壁のような大きな背中を俺達に見せながら両腕を開いて構えた。
「ふんっ!!!」
大岩がグランノーツに直撃する。
だが、岩を掴み踏みとどまった。
その両足は地面にめり込む。
ずん、と大岩を地面に下ろしたグランノーツは青空の下、陽光に照らされながら振り返った。
「怪我はない?」
「は、はい。助けていただいてありがとうございます!」
「いぇーい!」
「い、えーい……?」
グランノーツと青年がハイタッチする。
外見とノリが違いすぎて青年がドン引きしてる。
お手柄と俺は彼女に親指を立てる。
彼女も親指を立てて応じた。
直後に咆哮が木霊する。
「岩食い……」
クロアは震える声でそう呟いた。
◇
早朝、ベッドであくびをした俺は頭を軽く掻く。
見ますと簡素な室内が視界に入った。
あるのは机とベッドだけ。
ここはかつて俺が使っていた部屋だ。俺が出て行った後もいつでも戻ってこられるよう掃除をしてくれていたらしい。
窓の外は日が出ておらず薄明である。
ホームではだらだらしがちな俺だが、ここでは身が引き締まるというかかつての生活リズムに自然と戻ってしまう。
やや肌寒い朝の空気を感じながら服を着替える。
部屋を出てリビングへ行くと野菜を煮込む良い匂いがした。
台所へ行けば師匠が料理をしているではないか。
「手伝うよ」
「助かる」
微笑む師匠に心が温かくなる。
俺は手早くベーコンを切り熱したフライパンに卵とベーコンを落とす。
「すっかり大人の男になってしまったな。拾ったときは抜け殻のような子供だったのにな」
「師匠に鍛えられたからな」
「今では至る所で視姦する碌でもない大人になってしまった」
「クサヤさんに鍛えられたからな」
ふふっと師匠が笑う。
俺のスケベ心はクサヤさん仕込みである。恐らくあの人がいなければ俺はもっと真っ直ぐに育っていただろう。修業時代、師匠は幾度となく「変なことを教えるな」とクサヤさんの胸ぐらを掴んだ。
抜け殻か。そんな時期もこともあったな。
思い出されるのは雨の日。
剣を抱えて座り込む俺に声をかけてくれた黒髪の付与士。
『まだ生きる気力があるならあたしについてきな。新しい人生を与えてやるよ』
懐かしいな。
「なにニヤニヤしてんだい。焦げるよ」
「おっと」
ベーコンと卵を皿に移す。
「実は俺、剣を抜こうと思っているんだ」
「それで腰にね」
今の俺は腰に剣を佩いている。
だが、まだ抜けてはいない。引き抜こうとするだけで嘔吐が止まらないのだ。
「その様子だとまだ抜いていないみたいだね」
「……」
師匠は肉を切り鍋へ投げ込む。
それからナイフで臭み消しの実を削って入れた。
「その剣にはあんたの剣聖としてのスキルのほぼ全てを封じている。あの時のあんたにはそうすることが一番だと考えたからだ」
師匠は精神系の魔術を使用できる数少ない魔術師でもある。
彼女の魔術によって俺の持っていたスキルの大半が隔離され封じられた。
「今でもその選択は正しかったと思っている」
「俺も後悔はしていない。だけどこの先の名称未定にはより強い力が必要なんだ」
「だったらきっと取り戻せるはずさ。あんたの中の剣聖はちゃんと生きてる」
「俺の中の……」




