44話 上下に揺れる素晴らしき実り
師匠の家からしばらく歩いたところに湖があり、そのほとりに小さな家がある。
他に人のいない静かなこの場所に暮らすのは名の知れた杖職人。
彼の作る杖は短杖に限らず、魔術師が使用する長杖など、他にも生活で使用する一般人向けの杖などを作ったりしている。
彼の杖を求めてはるばる遠方からやってくる者も多いとか。
「ふむ」
折れた杖をじっくり眺めるドラゴニュート。
竜種を縮ませ人型にしたような見た目をしており長寿と高い身体能力を誇る。
種族の違いから外見で年齢を測ることは難しいが、目元の皺などからそこそこの歳であることはなんとなく伝わる。
この工房には多種多様な木材が保管されていて、革細工や金属細工全てを彼一人で担っている。
かつてドワーフに鍛冶を習ったことがあるらしく、木材だけでなく金属の杖を作ることができるそうだ。注文はほぼないそうだが。
折れた杖をテーブルに置いた杖職人は目元から眼鏡を外す。
「カスの木材はそう簡単には折れないのだがね。一体何を相手にしたんだ」
「悪魔だよ。攻撃を塞ぎきれずぽっきりとな」
「最初に言ったはずだぞ。短杖はあくまで付与を施す道具だと。強度が保証される長杖とは違う。剣のようには扱えない代物だ」
耳が痛い。
ド正論ボディブローに吐血しそうだ。
「もし直せるなら修理を」
「こうなっては難しいな。再び悪魔を相手にしないともかぎらないのだろう? より強度のある素材で新たに作り直すべきだ」
「カスの木より強いものが?」
「強度だけなら無数にある。しかし、付与士が使用する短杖となれば非常に限られる。その中でも最上級は古竜の背骨だ。魔力伝導に優れ繊細な操作を可能にする。握り心地においても他とは一線を画す」
「古竜の骨を――」
「そんな貴重なものを儂が持っているわけないだろう」
じゃあなんで教えたんだよ!
期待を煽っておいてそれはないでしょ、杖職人のじいさん。
じいさんは一度席を立ち、建物の奥に引っ込んでから小箱を持って再び現れた。
目の前に小箱を置かれると蓋が開かれる。
「これは若い竜の背骨の一部。古竜ほどではないが最上級に近い素材だ。知り合いからたまたま譲り受けたのだが、ふさわしい相手がおらず眠らせていた。ヒルダの弟子でありS級冒険者となったおまえさんなら扱えるだろう」
「タダなんて気前が良いな」
「いつ儂がタダと言った」
俺が小箱に手を伸ばそうとすると、じいさんは遠ざけるように箱を下げた。
ですよねぇ。分かってましたよ。
商売上手でびっくりするよ。
がくっと肩を落としつつすでに俺の中では購入は確定していた。
竜の背骨は竜の素材の中で最も硬い。
牙や鱗と比べ柔軟で粘り強く魔力の伝達は素材の中でずば抜けている。そんな素材で作った杖なら相手が鋼だろうがミスリルだろうが対等以上に打ち合えるだろう。もちろんその分お値段は桁違いではあるが。
事前にフェリス達からは経費にしていいと許可を貰ってあるけど、さすがに額面を見たら胸ぐら掴まれる気はしなくもない。死ぬ気で働きますので今回だけは。
「いくらだ」
「このくらいだ」
じいさんが指を立てる。
思ったより安い。いや、実際はとんでもなく高いのだけれど。竜の背骨にしてはかなり安くしてくれている。
「その額で頼んだ。完成はいつになりそうだ」
「最短で半月といったところだな。あくまで目安だ。一ヶ月になることもあるし一年かかることもある」
「何か理由が?」
「やる気の問題だな。田舎の長命種はのんびり屋さんなんだよ」
「これだからど田舎のドラゴニュートは」
忘れてたよ。田舎の長命種はとんでもなく時間の感覚が違うってのを。
元々ドラゴニュートは土地や時間に縛られたくない種族だ。田舎特有ののんびりタイムに慣れきったドラゴニュートがどういった生活を送っているのかなんて説明するまでもないだろう。
こっちの猶予は一ヶ月程度しかない。
毎日顔を出して急かすしかないな。
「じいさん確か酒が好きだったよな。毎日作業終わりに酒を持ってきてやるから急いでくれないか」
「ふむ、なかなか良い提案だな。それならやる気も出そうだ」
「常に出しててくれよ」
例の無限に酒が出てくる魔道具も持ってきているから酒代は問題ない。
事前にグランノーツ用として用意していたのが功を奏したな。
話はまとまり俺はじいさんの家を出た。
◇
ここでは寝床と食事が約束される代わりに、薪割りや作物の水やりなど労働が課せられる。
代価は労働のみ。金は決して受け取らない。
師匠曰く金なんて貰ってもここではたいして役に立たないかららしい。じゃあ杖職人のじいさんはなんで金を要求するんだよと言えば、あの人は町で素材や酒など購入する必要があるからだ。
ぷちりと野菜をちぎって籠の中に入れる。
二人で生活する分にはやや広い畑には、この時期に収穫できる野菜がすでに実っていた。
ノノンは真っ赤な実をちぎり眉をしかめる。
「うー、野菜は苦手」
「ここのはひと味違うぞ。一口囓ってみろよ」
「本当かな。せっかくだしいただくけど――んん!?」
「甘いだろ」
「超絶美味しい! なにこれ! 鬼ウマなんだけど!?」
彼女はその甘みとほどよい酸味に大きく目を見開いた。
ここは土壌に恵まれた土地だ。ここで育つ作物は甘みが強く癖がない。高級料理店で使用すべく仕入れにやってくる業者も少なくない。村の数少ない資金源にもなっている。
「やる気出てきた! ラクっちいっぱい収穫しよう!」
「取り過ぎるなよ。食べきれないと無駄になる」
ノノンはツインテールをゆらゆら揺らし楽しそうに作物を収穫する。
ホームにいれば部屋に籠もりきりになるし、外に出ても鎧の中だから、いい刺激になっているのかもしれないな。
彼女が屈む度に下半身のスパッツは布がぴっちり張って、腰のラインから太ももまで引き締まった健康的なスタイルが視界に入る。
「お帰り。杖の方はどうだった?」
突然、背後から声をかけてきたのはクサヤさんだ。
慣れている俺はともかく、どこからともなく現れた彼にノノンは「ひゃ!?」と驚いていた。
「気配を消して近づく癖まだ治っていないんだな」
「無理な話だね。魚に泳ぐなと言っているようなものだよ」
クサヤさんは悪びれる様子もなく軽薄な笑みを浮かべる。
彼は凄腕のシーフであり、国内だけでなく近隣諸国も含め五本の指に入るような人物らしい。気配を殺すのが癖になってて時々どこからともなく突然声をかけてくるのだ。非常に心臓に悪い人物として村では有名だ。
「杖の方は新しく作ってくれるそうだ。乱暴に扱うなと怒られたよ」
「正論だね。しかし、早々に手ぶら帰宅は回避できたわけだ。しばらくゆっくりできるのならヒルダもきっと喜ぶよ」
「しばらくお世話になります」
「いいよ、そんなかしこまらなくても。僕もヒルダも君が戻ってきてくれて嬉しいんだ」
狐顔のおじさんはにやりとする。
その顔がどうしても何かをたくらんでいる悪者にしか見えなかった。
普通に笑っているだけなのだが、何かとうさんくさく感じてしまうのは狐顔だからだろうか。まぁ、本当に企んでいることもあるので見分けなんて付かないのだが。
「そうそう、クロアに君が戻ってきたと伝えたら走って行ったけど、この様子だとまだ会っていないみたいだね」
「ラックス~」
「お、話をしていれば」
駆けてくるのは猫の耳を生やした少女だ。
歳は15、6ってところか。
二つの固まりが上下に揺れていた。
少女は俺に飛びつき頭突きをする。
「久しぶり。大きくなったな」
「うん!」
「ところでどいてくれないかな。重いんだよね」
「ノンデリ発言。やっぱりラックスだね」
立ち上がると軽く土を払う。
その間、クロアはにこにこして待っていた。
彼女は【クロア】――猫の獣人である。
俺が村で暮らしていた頃によく面倒を見ていたガキ共の一人だ。
クロアは茶色の髪をお下げにした女の子である。
ぱっちりとした眼に八重歯が特徴的だ。
短めの半袖のシャツはこの数年でよく育った胸で押し上げられ、ショートのズボンに引き締まった太ももは嫌でも視界に入る。
頭部には可愛らしい猫の耳があり、臀部からも長い猫の尻尾が生えていた。
成長したなクロア。俺は嬉しいよ。
大きな胸に視線を向けた。




