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42話 第二の故郷はど田舎ピノッツ村

 

 正面のソファに座るギルマスは、腕を組んで眉間に皺を寄せていた。

 相変わらずアバンテールのギルドマスターの部屋はほこり臭く、読み終わったのかこれからなのか不明な本が積み重ねられている。

 デスクにも無数の書類が乱雑に置かれ、壁には現役時代に使用した槍が飾られていた。


「一ヶ月不在とはどういうことだ」

「伝えたとおりだよ。俺とグランノーツで知り合いがいる南部の村に行くから依頼はフェリスとザインに頼んでくれ」

「訊いているのはなぜそんな辺鄙な場所にいくかだ。南部のピノッツははっきり言って何もないぞ。大人の店すらない」

「そうなんだよ、だからちょっと憂鬱でさ」


 ギルドマスターから同情の視線が向けられた。

 俺だってできればこのままアバンテールにいたい。アンブレラにいた間、我慢し続けていた欲望を吐き出したい。

 しかしながらこれは後回しはできない個人的事情だ。

 それに頃合いだとも考えていた。


 腰のマジックストレージから折れた杖を取り出した。


「どうしたそれ」

「悪魔に折られたんだよ。付与はそこらの杖でもできるけど、あれだけの速度を出すのは手になじんだ杖じゃないと無理だ」

「つまり杖職人に会いに行くということか」

「凄腕の職人さ。はぁ、多少の負傷は覚悟してたけど杖を折られるなんて。付与士失格だよな、これ」


 俺の使っていた杖は、カスの樹と呼ばれる魔力の通りが良い柔軟性がある強い木材で作られていた。師匠に贈られた思い出深い杖でもあったからなおさらショックだ。

 もうこの杖じゃないと満足できない身体になっている。

 できるなら直したい。無理なら新調するしかないだろう。


「しかし、グランノーツと一緒に行動とは珍しいな。いつも通りフェリスを連れていきそうなものだが」

「フェリスなら俺がいなくても柔軟に対応できるしザインとも仲が良い。グランノーツを連れていくのはこの機会に男同士親睦を深めようと考えたからだ」

「……男なのか?」

「男でしょ。フェリスやザインはすこしばかりすれ違いで誤解してたけど、グランノーツは間違いなく男だから。あいつほど男らしい奴はいない」


 断言できる。あいつは男だ。否、漢である。

 戦いでは攻撃をものともせず堂々と突き進む。

 俺達は彼の背中を見つめながらその硬い守りに安心するのだ。

 もしかしたらゴーレムって可能性はなきにしもあらず、しかし、それでも彼の漢としての勇姿にはいささかの曇りもない。


 とはいえ中身は気になる。

 この旅で彼が実は何者なのかを探りたいと密かに考えていた。


「不在の理由は把握した。長期休暇だと思ってのんびりしてこい」

「そうさせて貰うよ」


 ギルマスに軽く挨拶をしてから部屋を出た。



 ◇



 揺れる幌馬車。外には草原が広がっている。

 進むのはどこまでも続く一本の道だ。

 時折、ぶしゅうううとグランノーツの鎧から蒸気が吐き出される。あの蒸気で串肉を焼けないか考えたことを思い出した。


 馬車の荷台から顔を出すと青々とした快晴であった。

 南部は気温が高くじっとしていても汗ばむ。さらに国境を越えて南に下ればとんでもなく暑くなるそうだが、王国を出たことがない俺には真実かどうか判別することはできない。


 斜め前のグランノーツへ目を向ける。

 彼は狭い馬車であぐらを掻いて腕を組みじっと沈黙している。

 やはり漢。恐らく中には職人気質の渋い強面の男がいるに違いない。


 それとなく交流を図ろうと声をかける。


「ミルディアでは面白い本は見つけられた?」

「メイフノホコラ、ニツイテ、カカレタホンガ、アッタ」

「冥府の洞っていえばどこにあるのかすら不明の五大ダンジョンの一つだったよな」

「ソウ。トテモ、キョウミガアル」


 彼はソロで動くことが多い。

 冒険や戦いが好きなようで行き先も危険な場所を選びがちだ。

 冥府の洞もその延長線上で興味を抱いていると思われる。


 ふと、ある疑問を思い出し質問する。


「書庫を出るときフレアハート候に何か言われなかったか」

「マダイタノカ、ト、サケバレタ。ソレカラ、シバラクマテトイワレ、テガミヲワタサレタ。フェリスヲ、ツレカエッテクレレバ、ホウシュウヲワタストモ。ナカマハ、ウラナイ。コトワッタ」

「じゃあシルクが出るときにまた何か渡されるな」

「ソレハナイ。フェリスガ、チチオヤニ、テガミヲオクッタソウダ。ウケトッタチチオヤハ、イマゴロフルエアガッテイルコロダロウ」

「内容が気になる」


 幌馬車が橋の架かった小川を超えたところで御者のおじさんが声をかける。


「お客さん、もう間もなくでピノッツの村に着くよ。忘れ物には注意してね」

「サンキュウ」


 前方を覗くと、道の先に小さな村があった。

 あれこそ修業時代に暮らした俺の第二の故郷だ。



 ◇



 ピノッツは山々に囲まれた自然豊かな村だ。

 水源も豊富で実りも多い。

 住人の多くは獣人だ。ヒューマンは少なく、エルフ、ドワーフ、珍しく定住しているドラゴニュートなんかもいる。


 幌馬車を降りた俺達は、宿ではなく村の奥のとある家へと向かう。

 そもそも宿なんてものはこの村にはない。基本自給自足だし物々交換も頻繁に行われている。金を使うのは行商人が来た時くらいだ。


「この通りをあっちだったな。懐かしいな。戻ってくるのは四年ぶりくらいかな」

「イチネンホド、ソロデカツドウ、シテイタダッタカ?」

「そうそう、だから四年。この匂い変わんないなぁ」


 村の通りを歩いていると、突然グランノーツから激しく蒸気が噴き出し、びーびーと奇妙な音が鳴り始めた。彼の目は赤く染まりあたふたとする。


「なんだこの音?」

「マ、マズイ、レイキャクシステムガ、キノウシテイナイ――なんで!? なんで!? あ!! 水を入れ忘れてたー! ヤバいヤバいどうしよう! 冷やさないと!」

「グランノーツさん……?」


 彼はきょろきょろ周囲を見回し、小川に視線を固定させた。

 かと思えば一目散に土手を転がり水の中へ転がり込んだ。俺は慌てて追いかけ土手を滑り降りると、背面を水に沈めたグランノーツから激しい蒸気が排出される。


 ばしゅうう、と音が響き彼の胸の装甲がぱかりと内側から押し上げられた。


「最悪。グランノーツがオーバーヒートしちゃった。よいっしょっと。あれ? うーん、おっかしいな。お尻が抜けないじゃん」


 内側から出てきたのは褐色の肌をしたツインテールの少女であった。

 歳は十七、八程度。髪は薄いピンク色である。

 ダボダボの襟が大きく緩い半袖シャツを着ており片肩を露出させていた。その下半身には黒く薄い布地の密着するタイプのハーフパンツをはいており、いわゆるスパッツというもののようだ。


 グランノーツから出てきた少女は背を向けたまま、スパッツがピチピチに張ったお尻を中から引っこ抜いて一息吐いた。


 ツインテール少女の眼が俺を捉える。


「あ」

「あ」

「ばれたああああああああああああああああああああああ!!!」

「女だぁああああ!!」


 俺と少女はほぼ同時に叫んだ。



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