38話 ゲロロロロロッ
アンブレラは救援隊が駆けつけたことで一気に状況が改善した。
不足していた物資も補充され、遅れてやってきた人員によって町全体の修復も開始された。こうなるとアバンテールからやってきた俺も他の冒険者もやることがなくなる。
一部の希望者だけを残し外部の冒険者達は撤収したのだ。
全て解決といいたいところだが、問題が一つだけ残っている。
なんと悪魔を倒した報酬はしばらく払えないということらしいのだ。
アンブレラギルドはその資金を炊き出しや人件費に使い、その上でスライムを狩った全ての冒険者にも報酬を支払った。
結果、俺達へ払う金がなくなってしまったのである。
俺が呼んだものなのに彼らを差し置いて報酬は受け取れない。
そんなわけでギルドが通常の運営に戻るまではお預けとなってしまった。
ホームに帰還した俺はソファに寝転がる。
普段はだらしない姿など見せないフェリスも今回ばかりは相当疲れたらしく、向かいのソファで同じように横になっていた。
「ホームに戻ってきたら安心して疲れが……」
「わかる。その気持ちすごく分かる」
疲れ果てて動けない。
マザースライム、アビロス、あんなのを一気に相手にした疲れが今頃出ているかのようだ。
「ア、アンブレラぁ、元に戻るかなぁ」
なぜか部屋の隅にいるザインがつぶやく。
同じ悪魔があんな事件を起こしたのが未だにショックのようだ。
俺は起き上がることはせず、その場で返事をする。
「戻るさ。全員がそう信じているんだから」
「ぅん」
「アンブレラの皆さん、ザインさんに戻った町を見せたいととてもやる気でしたよ」
「うん」
ほんの少しザインの声に元気が戻る。
悪魔がめそめそするな。まったく悪魔のくせに優しすぎる。
だから戻るとき大泣きするんだよ。
戻る際の大騒ぎはまだ記憶に新しい。
町の住人が入り口に押しかけザインへの感謝を叫び、ザインも片目から大量の涙を流して住人とザインがわんわん泣いたとんでもないお別れであった。まぁ一番泣いていたのはアブリルだけど。
その光景を呆然と眺める兵士達の顔には笑えたけど。
どすん、どすん。
ホームに重い足音が響く。
この足音は――グランノーツだ。
戻ってきたのか!
「タダイマモドッタ」
「お帰りなさい」
「お帰り」
「お、おおお、お帰りぃ」
リビングに入ってきたグランノーツはしばし固まる。
たぶん俺達の様子に違和感を覚えたからだろう。
「ナゼ、ツカレタヨウスナノダ?」
そう言って彼は身体から蒸気を排出する。
事情を知らないのだからそういう感想も出るよな。
俺達が必死で戦っている間もグランノーツは書庫で本を読んでいたはずだろうし。てか、シルクはどうした。どうして一人だけなんだ?
上体を起こした俺は、座った体勢で疑問を口にする。
「シルクは? 一緒に戻ってきていないのか?」
「マダ、ヨミタイホンガ、アルラシイ。フェリス、チチオヤカラ、テガミヲアズカッタ」
「お父様からですか?」
一枚の封筒をフェリスは受け取る。
フレアハート家の印が押された封を解くと数枚の便せんを取り出した。
「なんて?」
「はぁぁ、婿養子の話はなしにするから戻ってきてと嘆願していますね。意中の相手がいるなら連れてこいとも書いてあります」
「も、戻ったりしないよな……?」
「まさか。相手はすでに会わせていますし」
「……?」
首をかしげるとザインが「に、にぶぃいいい」と叫ぶ。
グランノーツも腕を組んで頷いていた。
2Vってなんだよ。新しい魔術か何かか?
こっちはいろんなことで一杯一杯なんだよ。
「なぁ、グランノーツ。近いうちに一緒に出かけないか」
「ドコニ、イク?」
「南部だ。たまには男同士話をしようぜ」
「……ワカッタ」
俺は重いを腰を上げてリビングを出た。
◇
ホームの地下にはこれまで集めた魔道具や武具が保管されている。
中には呪われた品もあり、お札をベタベタに貼って箱に厳重に保管していたりと危ないものもいくつかある。
さらに貴重な物や危険な奴は地下倉庫の奥に眠っている。
ごご、ごごご。
重く厚い金属製の扉を開くと、きらびやかな部屋に貴重な魔道具が飾られている。以前の屋敷の持ち主の趣味だ。ホームはどこもセンスの良いデザインだが、ここだけ妙に成金趣味となっている。これはこれで気に入っているので全く問題ない。
さらに部屋の奥に壁に埋め込まれた金庫があった。
これまで仲間にも中を覗かせたことは一度もない。俺専用の金庫だ。
ダイヤルを回し解錠する。
これを開くのはいつぶりだろうか。最後に中を目にしたのはホームを購入した直後だった気がする。
がちゃりとノブを回し扉を開いた。
「久しぶりだな」
金庫の中にあったのは一振りの片手剣であった。
どこにでもありそうな平凡な剣。
何か特殊な力があるわけでもなく呪われているわけでもない。稀少な金属で造られただけの剣だ。
――いや、ある意味では呪われているともいえる。
こいつには俺の剣聖としてのスキルのほぼ全てを封じ込めてある。
より正確にいえば。記憶の封印を解くキー。
コイツを抜くことで俺は、断片的にしか使用できなかった剣技の全てを思い出すことができるのだ。
手を伸ばそうとすると身体が震える。
心臓が速く打ち、嫌な汗が噴き出した。
視界も揺れる。
「はぁはぁ、まったく嫌になる。過去の自分の方が強いなんて」
これまでは支援でどうにかなっていた。
過去の自分が残した断片的な経験や技術で切り抜けられていたのだ。
だが、魔王や悪魔を意識してより強力な切り札が必要だと実感した。
その一つがこれだ。
いつかはと思ってはいた。
その時が遂に来たということだ。
震える手で剣に手を伸ばす。
鞘を掴んで金庫から取り出すと、ずっしりと重い感触があった。
剣を抱いて座り込んだ。
柄を握り心を落ち着かせる。
抜くぞ――。
「うっぷ」
おぇぇええええ。
きらきらと吐瀉物が床に飛び散った。
「まだ、まだだ」
再び柄を握り力を込める。
おぇええええええええええええ。
びしゃしゃしゃしゃ。
「はぁはぁ、よし、今日のところはここまでにしておこう。一歩前進だ」




