37話 偉い人が来ると引くんだけど
町に戻った俺達は、それぞれスライム駆除、行方不明者の捜索、負傷者の手当てと方々に散らばり役割を全うした。
アバンテールの冒険者達の協力もありスライムの異常増殖は早期に沈静化。
地下水道に生息していたその他の魔物も逆襲とばかりに、スライムを集中的に狙って追いかけ回しているようであった。
ギルド前に集まる人々。
その中心でザインがせわしなく働き続けている。
「血を」
「感謝いたしますザイン様。ああ、なんて優しい光」
「血を」
「すごい。足が痛くなくなった。ありがとうザイン様」
「血を」
「指が、指が生えてきた! これでまた仕事ができます! 貴方は天使様だ!」
ザインはあれから寝ずに回復し続けていた。
まるで罪を償うかのように。
「少し休め。ぶっ通しで回復しているだろ」
「で、でで、でも」
振り返った彼女は目を潤ませていた。
そこへ銀の護剣の回復師であるエマがやってくる。
「お疲れ様、ザインさん。代わるからゆっくり休んで」
「で、でもぉ」
「でもじゃないよ。町を救った一番の功労者をこれ以上働かせられません。ザインさんだけが回復師じゃないんだよ。アンブレラにもアバンテールにも沢山回復師はいるの。ザインさんがすごい回復師だってことは知ってる、だけど今は私達を信じて」
「……ぅん」
素直に頷くザインにエマはにっこりと微笑んだ。
ちなみに銀の護剣はエマ以外にも顔を出している。
ライザやブロンクはもちろんルークも大活躍だったそうだ。
ミルディアの借りを返すつもりで参加してくれたらしく、こっちとしても彼らが来てくれたのは嬉しい想定外だった。
ただ、ルークの置物状態はまだ続いているらしく、あらかたスライムを片付けると思い出したかのように引きこもってしまった。ほんと重症だな。
俺とザインは、ギルド内にある酒場席で休息を取ることにした。
食事もまともに取ってない彼女にハムを挟んだだけのパンを差し出す。
「アブリルからだ。お手製らしいぞ」
「い、いい、いただきます」
パンをかじるザインは、いつもより一回り小さく感じる。
なかなかパンがかみ切れず悪戦苦闘する姿に、これまで色々勘違いしていたのだと反省した。
ザインが俺の方をちらちら伺う。
するとベルトが外れ衣服は黒い粒子に分解され、直後に粒子は集まり黒いドレスへと変じる。彼女はうつむきながら恥ずかしそうに反応を待っていた。
「ザインは醜いと言ったけど、俺はそうは思わないな。この国の奴らのほとんどは美人だと感じるはずだ。まぁフェリス曰く顔はただの飾りらしいけど」
「み、醜くない?」
「超絶美人だよ」
「――!」
なぜか歓喜の表情となる。
悪魔だからなのか、少し価値観にズレがあるようだ。
それに彼女自身、悪魔で在ることに罪悪感を抱いているようにも思えた。
「え、えへへ、人間界に、き、来て、良かったぁ。ラ、ラックスや皆に会えて、幸せ」
「来たって、どこから?」
「ま、まま、魔界」
は?
魔界??
「アビロスみたいに眠っていたとかじゃないのか?」
「ち、違う。ご、ごご、五年くらい前にこっちに、来たぁ。す、すす、すごく、苦労したぁ。あ、悪魔としての格が、高すぎると、”門”を通れないからぁ、九割の力を捨てて、来たぁ」
「待て待て。力を捨てたってどういうことだ」
「ボ、ボクは魔界の公爵の、娘ぇだから……あ、悪魔としての格は最上位に、ち、近いぃ。で、で、でも、魔界では、汚らわしいって、誰も好きになってくれなかった」
「愛されたくて悪魔としての格を捨ててこちらに来たと?」
「そ、そう。変、かな?」
悪魔の事情はさっぱりわからないが、ザインが冷たい仕打ちにあっていたのだけは理解できる。一人孤独を抱え生きてきたのかもしれない。
思えばあの狼狽えぶりは、下に見ていた相手がとんでもない格上だったと知った時のリアクションだったのだろう。しかし、九割とはなんとももったいない。
「おかしいとは思わないさ。誰だって愛されたいし幸福な人生を送りたいと思う」
「うん」
「さて、俺はもう仕事してきますかね」
立ち上がろうとするとザインが「ま、待って」と引き留める。
「か、顔に、傷が残ってるぅ」
「傷? そんなものどこにも――」
ザインは俺の顔に触れ、聖魔術を使用した。
「もう、大丈夫」と微笑んだ彼女に俺は冷や汗を流す。
まさか――俺の本当の姿が視えているのか?
「ど、どうした、ラックスぅ?」
「いや、サンキュウ」
「ぅん」
恥ずかしそうに上目遣いをするザインは顔を赤くしていた。
何か視線が。
顔を上げると窓の外にフェリスがいるではないか。
じーーとジト目でこちらを見ている。
いそいそと外に出ると、フェリスがまだジト目だった。
「サボってザインさんといちゃついていたのですか」
「違うから。事情を訊いてただけだから」
「もしかして悪魔について?」
「なんでこっちにいるのかとか多少知れて安心したよ。ただ、新たな疑問も生まれはしたけど。ザインの扱いについては変更はない。正体については他言するなよ」
「承知していますよ。彼女は大切な仲間ですから」
俺はザインを天使のような種族として推すつもりだ。
町の人間もそう認識してくれているから問題ないと思われる。
隠す理由はザインの身の安全のためだ。悪魔なんて発表すればさらし者にされ、あげく尋問拷問、身体を切り刻まれ実験されるのは目に見えている。
この国にはお優しい人間ばかりじゃないからな。
手に入れた情報は、アビロスから聞き出したということでギルドや国に渡す予定だ。
アビロスの死体もあるし、当分はザインに目は向かないはずだ。もしそれでもザインを調べようとするなら、俺とアンブレラが黙っちゃいない。特にアブリルが。
ザインを妹のように可愛がってて、顔を隠してても隠してなくてもデレデレなんだよな。
町の住人も神々の御使いとして崇拝してるから、この町はすでにザインラブ強硬派の総本山と化している。
「しかし、アバンテールへ帰還するタイミングを見失いましたね」
「キリの良いところまで、と思ってずるずる滞在を延ばしたからな。他の連中もアバンテールに戻るタイミングで悩んでいる。領主やアブリルがギルドや王都に救援要請をしているそうだが」
「父に頼んで人手や物資を送っていただくのは?」
「ミルディアはまだ復興の途中じゃないか。無理無理」
「そうかもしれませんが……」
遠くから「来たわ~!」とアブリルがこちらへと走ってきていた。
俺達の前で足を止めた彼女は肩で息をしながら笑顔で「救援が来たの!」と顔を上げた。
それだけでギルド前の人々に明るいムードが漂う。
「ようこそいらっしゃいました。救援感謝いたします」
「同じ王国に暮らす者同士ですからね。当然のことです」
町の入り口で整列する王都から派遣された人員。
兵士や騎士もいるが、大半は回復師のようであった。
馬車に積まれた物資もよくこの短期間で用意できたなと驚くような量である。
アブリルと挨拶をするのは、ギルド本部より送り出された人物である。その後方には中肉中背の三十代ほどの整った容姿の男性がいた。
「ところで名称未定が町を救われたとお聞きしたのですが」
「あちらに来ていただいております」
「お久しぶりです! ラックスさん!」
ギルドからの使者はバックスフロウ遺跡にいた調査隊の隊長であった。
確か名前は、クラインだったかな。
彼は俺に駆け寄り握手する。
「その節はお世話になりました。隊員達も無事に帰還し、全員死んだ目で仕事に励んでおります」
「助けて良かったのかな」
「嫌々できるのも命があるからです。しかし、あの古い書物にしか登場しない悪魔と遭遇し倒されるとは。いやはや驚きました。本部もすでに名称未定の話で持ちきり。上層部も評価を上方修正しておりますよ」
「じゃあ沢山指名依頼が来るのかな」
「それはなんとも」
クラインはふっと無表情になって返事をした。
保証はできないと。
まぁ冒険者ってそういうものだよな。分かってますよ。
「君が名称未定のリーダーだね」
先ほどの整った容姿の男が、いつの間にかクラインの背後にやってきていた。
派手すぎず品のある実用的な鎧に青いマント。腰にはずいぶんと使い込まれた剣が佩かれている。整った顔立ちながら鋭い目とその頬にある傷跡が目立っていた。
空気を読んだクラインは横に避けた。
「クラウディオ・ゴンザレスだ。よろしく」
「どうも。ラックス・サードウッドです」
「私を見ても驚かないのだね」
「いえ、充分驚いてますよ。まさか将軍様直々にお越しになるなんて」
クラウディオ・ゴンザレス――若くして将軍の役職を与えられた傑物。その剣は剣聖にも匹敵すると言われ次の剣聖の候補と言われている。
「悪魔を倒したS級パーティーをぜひこの目で見たいと思ってね。無理を言って一任させて貰った。もちろんアンブレラを助けたい気持ちも本物だ。そこは勘違いしないで貰いたい」
手を差し出すクラウディオ。
俺は一瞬ためらい、彼の手を握った。
「落ち着いて話をしたいが後日としよう。今は救援が最優先だ」
彼が手を上げるだけで救援隊が動き出す。
「あとのことは私と軍に任せなさい」
マントをはためかせクラウディオはアンブレラへと入った。




