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36話 素っ裸の美女がいたら見ないわけにはいかない

 

 そこにいたのは前髪が切りそろえられた黒髪の美しい裸の女性だった。


 数え切れない黒い粒子が、彼女の周りで円軌道を描く。

 粒子は瞬く間に集まって黒いドレスとなった。

 両側頭部からはねじれた角が生え、なめらかな白い肌を露出する背中には白い羽が出現し、臀部からも白い尻尾が生えた。


 ――長いまつげを揺らし双眸が開かれる。


 俺の首筋から口を離したアビロスは、驚愕に目を見開いていた。


「角在りだと……まさか、上位悪魔だというのか!? 私ですら角がないというのに、なぜ力で劣る貴様が私より上なのだ!」

「な、仲間を傷つけた、お、おおお、お前許さないぃ」

「質問に答えろ!」


 ここにきて始めてアビロスが焦りを顔に出していた。

 全意識がザインに向き、俺のことすら忘れているようである。


 投げ捨てられたところで、俺は力を振り絞って右手でアビロスの足首を掴む。


「貴様!? 放せ!」

「ずいぶん、焦っているじゃないか、そんなにザインが怖いのか」

「なにを――げぼぉ!!?」


 刹那に現れたザインが、アビロスの顔面へ拳を打ち込む。

 揺れる長い黒髪は艶やかに光を反射していた。

 貫通力を高めているのか、ザインの連撃はアビロスを後退させながらも強烈なダメージを与え続けていた。


「なぜだ!? 先ほどよりも力が出ない! 受けるダメージも増加している!?」

「じょ、じょおおおおおおおおかぁぁあああああああ!!」


 当然だ。全能力低下を直書きしたんだ。

 今のお前はザインにあらゆる点で劣る存在だ。


「ここは一度退避を――」

「にがさなぁぁい!」

「な、んだと」


 羽を出して後方に飛翔したアビロスの足を、腕を伸ばしたザインが掴んでいた。

 一気に引き戻された奴は、鳩尾へ渾身の右拳がたたき込まれる。


「げぼぉっ!?」


 地面に叩きつけられバウンドする。

 さらに浮き上がったところで腹部に蹴りをたたき込まれ、アビロスは岩に背中から叩きつけられた。


「こんなはずでは……逃げなければ」

「どこに行こうというのですか」

「ひ」


 這いずって逃げようとする奴の進行方向には、フェリスが待ち構えていた。

 その眼は恐ろしく冷たく身体からは冷気が出ているかのようだ。


「ラックスの血は美味しかったですか?」

「て、転移を」

「逃がしませんよ」


 フェリスの一振りは奴の羽を二枚とも切り落とした。

 激痛に転移魔術の構築が上手くいかず、アビロスは無様に悲鳴を上げた。


 魔剣に赤い光が波打つ。

 炎が激しく吹き出し熱風が砂を舞い上げた。

 フェリスの炎はこれまでとは比べものにならないほど真っ赤に燃えさかり、もはや剣ではなくフェリス自身から吹き出しているようであった。


「ひぃいいいいい!」


 立ち上がり駆けだした彼はフェリスに背を向ける。

 奴が前を向いた瞬間、ザインが速くしなやかな縦回転でアビロスの顎を蹴り上げた。


 だが、地面に落ちると同時に素早く起き上がり、この場から脱しようと必死で逃げる。

 その先では剣を構えたフェリスが待ち構えていた。


「――焔乱舞!」


 次々に斬撃がたたき込まれる。

 右腕が切り落とされ、胴体に深い切り傷ができる、最後に胸を刃が貫き剣から放出された熱線がアビロスを焼いた。


「ばかな、わたしがぁぁあああああああ!!」


 叫びながら目も口からも炎が激しく吹き出していた。

 黒焦げとなったアビロスが地面に倒れる。


「ラ、ラックスぅ!」

「意識がヤバい、回復を頼むよ」


 ザインは俺に聖魔術を使用する。

 傷は瞬く間に塞がり跡形もなく消えた。

 それでも血を流しすぎた。ザインの肩を借りて立ち上がるとめまいがする。


「大丈夫ぅ?」

「平気だよ。てか、女だったのか。すんげぇ美人なんだから隠さなくても良かったと思うけど」

「に、にに、人間、悪魔嫌い。ボク怖かった。だ、だから、秘密にした」

「角と羽と尻尾さえ隠せば問題なかったんじゃ……」

「?」


 アビロスみたいに隠しておけば、と言葉にしようとして飲み込んだ。

 眼をぱちくりさせ首をかしげる彼女を前にしたら、どうでもいい指摘だなとなんとなく感じてしまったのだ。


「無事ですか! 怪我は!?」

「ザインが治してくれたから平気だよ。ちょっとばかしふらつくけど」


 フェリスが心配そうな表情で、俺の身体を触って確認する。

 傷がないと分かって安堵した彼女は、次はザインに顔を向け目を点にした。


「ザインさん……ですよね? 女性だったのですね。あ、すみません。その、意外とか言いたいわけじゃなく」

「そういう反応になるよな。あの外見からこれだもんな」


 真の姿のザインはとんでもない美貌を有した悪魔であった。

 切りそろえられた前髪にぱっちりとした瞳。濡れ羽色の長い髪は癖がなくさらりとしていて艶やかに光を反射している。黒いドレスはそんな彼女によく似合っていて、優雅さと華やかさをさりげなく備えた良いデザインであった。


「その服、どこから出てきたんだ?」

「ま、魔道具、け、けけ、形状を変えられるぅ」


 へぇ便利だな。

 てことは普段着ていた黒い服が今のドレスなのかな。


「もしかして力を抑える効果とか在るの? ベルト外したら強くなったし」

「なぁい。す、すごく怒ったら、うっかり裸になった」

「うっかりね。やっぱベルト邪魔なんだろ」

「?」


 ごほごほっ、と黒焦げになったアビロスが咳き込む。

 俺とフェリスは驚いた。あれだけやられてまだ生きているのだ。

 なんて生命力。悪魔ってのはとんでもないな。


 ザインはフェリスに俺を預け、一人アビロスへと近づく。


「……思い出しました。白い羽の悪魔。アザベル公爵のもとにそのような娘が生まれたと耳にしたことがあります。悪魔でありながら聖なる魔力を使う忌み子の話を」

「お、おお、お前の力を貰う」

「どうぞお好きに。敗者の定めです」


 アビロスの胸にザインの腕が突き立てられた。

 引きずり出すのは脈動する心臓である。


 ザインは――大口で心臓をぱくりと飲み込んだ。


「お、おい」

「あ、悪魔は、再生能力が高く、か、かか、確実に心臓を潰さないと蘇る。でも、悪魔同士なら力を、う、うう、奪うことができる。こうした方が、確実だったんだぁ」

「奪うということは、つまりザインさんはアビロスの闇の魔力を使用できるようになったと?」

「ち、違う。魔力と身体能力、のみぃ」


 じゃあこれまでと変わんないってことか。

 ザインをじっと見つめていると、彼女はなぜか目をそらし顔を赤くして行く。ついには両手で顔を覆ってしまった。


「は、はは、恥ずかしい。二人とも見るな。ボ、ボクは、醜い」

「「え」」


 しゅるるとドレスは帯状になって全身を隠して行く。

 次の瞬間にはいつもの姿に戻っていた。


「自覚がないのですね」

「みたいだな。なんとももったいない」

「??」


 ザインはきょとんとしていた。



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