34話 お、おお、お前、気持ち悪い
転移でギルドにあるギルドマスターの部屋へと戻った。
直後に建物が激しく揺れる。
窓の外では大量のスライムが地下から吹き出し雨のように降っていた。
人々の悲鳴が響く。
「なんてこと……アンブレラが……」
外の状況に、アブリルは一瞬だが言葉を失っていた。
「住人の避難誘導をするべきじゃないか。俺達も協力する」
「そっちは私がやるわ。貴方達は悪魔を追って。たぶん今もどこかで見ているはずよ。これ以上何かされる前に倒すなり封じるなりしなくては」
「わかったよ。悪魔の方は俺達に任せてくれ。とりあえず応援が来るまでなんとか耐えてくれ」
「応援?」
「あんたと同じことをしただけさ。お互い無事だったらあとで会おう」
「ええ、頼んだわ。名称未定」
部屋を出てギルドの外へ出れば、アンブレラの置かれた状況の深刻さがよりはっきりと理解できた。
至る所でスライムが吹き出し住人めがけて落ちてくる。
スライムとはいえそれなりの重量だ。
屋根を突き破り室内にいる人々を襲っていた。
顔に張り付いて呼吸困難に陥っている男性を見かける。
駆けつけた剣士ちゃんが核石のみを斬り、咳き込む彼をシーフちゃんが魔術師ちゃんの張るドーム状の簡易結界の中へと引き込んだ。
「ラックス、あそこです」
「高みの見物のつもりか。向こうはまだこちらに気が付いていない。今のうちにバフをめいいっぱいかけておく」
「お願いします」
「……」
「どうしたザイン?」
「な、なんでもない……」
ザインの様子に疑問を抱きつつ、短杖で二人へ付与を施す。
相手は恐らくかなりの強敵だ。苦戦が予想される。
念には念を入れて直書きで六つのバフを付与する。
『速度強化』
『物理防御』
『魔力防御』
『物理攻撃強化』
『魔力攻撃強化』
『属性強化』
付与が終わったが、問題はどうあいつを地上に誘導するかだ。
こちらは誰も空は飛べない。
遠距離攻撃もフェリスの炎攻撃くらいだ。
一応だけどザインが光魔術を使えるが、聖魔術ほど期待できるレベルではない。やはり俺がどうにかするしかないか。
俺は腰にあるマジックストレージへ手を入れた。
「ボ、ボクが、あいつを、地上に、お、おお、落とす」
「できるのか!?」
「で、できる、でも、驚かないで」
驚く……?
一歩前に出たザインは、身をかがめ力を込める。
ばさっ。背中から現れたのは大きな白い羽であった。
同時に臀部から白い尻尾が生えてくる。
「……白い羽、まさか悪魔なのですか?」
「か、隠してて、ごめんね」
驚愕するフェリスにザインは申し訳なさそうにうつむく。
だが、俺は彼の肩を掴んで褒めた。
「なんだよ飛べたのか! じゃあ問題ないな! あいつを町から引き離して地上に落としてくれ! 支援は俺がする!!」
「お、おお、怒らないの?」
「どうして怒る必要があるんだ。誰だって言いたくないことはある。秘密の一つや二つあるものだろ。まぁ何者か気にはなってたのは事実だけど色々理解してすっきりしたよ。あいつとお前は違う。ザインはザイン。名称未定のメンバーだ。こんな割の悪い仕事さっさと終わらせてアバンテールに戻るぞ」
「ですね。ザインさんはザインさんです」
「ぅん」
ぽろりとザインの眼から涙がこぼれる。
ぐしぐしと片手で擦って拭うと彼は大きく羽ばたき飛んだ。
「見てみて、ベル! ザインさんが天使みたい!」
「薄々そうじゃないのかと思っていました。ついに正体を現しましたね」
「光に照らされて、綺麗」
ザインは急上昇し、一度羽を大きく広げて停止する。
人々がザインを見上げていた。雲の切れ間から光が差し込み彼を照らす。
直後に大通りを幌馬車の大群が駆け抜ける。
顔を出すのは狂喜乱舞するアバンテールの冒険者達だ。
「ひゃっはー、スライム狩りだぁあああ!!」
「狩って狩って狩りまくるぞ!」
「金金金! 素材を集めまくってたんまりボーナス」
「ガキにおもちゃ買ってやりてぇからな! 死ぬほど狩りまくってやるぜ!」
幌馬車は、それぞれ路地を曲がり町の各所に別れていく。
こちらにも数台の幌馬車が停車し、見知った顔の奴らが嬉々として飛び降りて、スライムへと駆けて行った。
助かったよギルマス。サンキュウ。
ザインと男がにらみ合う。
「魔力の波長からしてそんな気はしていましたが、やはり同胞でしたか。しかし、なんですかその悪魔らしからぬ汚らわしい色は。正直に申し上げて同族とは思いたくありませんね」
「ボクは、お、お前の仲間じゃない。名称未定の一員だぁ」
「悪魔が人に味方をしますか。ならばここで死になさい――ペインフレイム」
爆炎がザインを包む。
だが、彼は炎の中から飛び出し回復をしながら高速上昇する。
男はザインを追って飛翔した。
上手い。その調子だ。
「俺達も向かうぞ」
「はい」
俺とフェリスは飛び続けるザインと男を追う。
◇
町の外にある森に到達しても、二人の空の攻防は続いていた。
男の攻撃魔術を急旋回しザインは回避し続ける。
「町から私を引き離す目的でしょう。いいですよ、いくらでも付き合ってあげます。同胞との戦いは久々ですからね。人間では味わえない肌がひりつく感覚、楽しませていただきますよ」
「お、おお、お前、気持ち悪い」
ザインの蹴りを男は腕で防ぐ。
即座に反撃、男は攻撃魔術を至近距離で放ちザインは爆炎に包まれた。
火傷を負ったザインは森へと落下。
俺とフェリスはザインの落下地点へと駆けつける。
「無事か!」
「だ、だいじょうぶ」
地面に叩きつけられたであろうザインは、自身に聖魔術を使用しながら立ち上がり羽を背中へと折りたたんで収納する。
近くの木の頂上に男はふわりと降り立った。
「本当に困った方々だ。私の予定を狂わせ手を煩わせる。先ほどもお伝えしたが、あの土地は私の領地だ。そこに住まう人も建物も全て私の所有物。私が私の土地で何をしようが自由ではありませんか?」
「領地ってのは一体いつの話だ」
「ざっと千年前でしょうか」
「せっ――千年前!?」
「私が食糧兼労働力として人間共を集め作らせたのがあの場所なのです。すなわち私は彼らの主なのです。主が舞い戻れば歓迎するのが下僕の勤めでしょう?」
「アンブレラに住まう人々の意思は関係ないのか?」
「おかしなことを訊く。あるわけないでしょう。たとえ目の前で赤子を躍り食いしても私は全てが許されるのです。ああ、想像しただけで腹が空く」
男は長い舌をでろりと出して舌なめずりする。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は【アビロス】。準男爵の爵位を有するアークデーモンです。どうぞお見知りおきを」
アビロスは口角を鋭く上げ、並んだ鋭い牙を剥き出しにした。




