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32話 俺よりも高い位置で話をするな!

 

 藍色の髪の男は笑みを貼り付けたまま見下ろす。

 こちらは警戒してそれぞれが武器を抜いた。


「初めまして。そちらのエルフは二度目ですね」

「よくも私に呪いをかけてくれたわね。今頃ヌケヌケと出てきたなんのつもり」

「おやおや、喜んでくれると思ったのですが。昔の人間はそれはもう飛び跳ねて喜んでくれましたよ。なにせ眷属化は人外の力と永い寿命を約束してくれますからね」

「眷属……? まさか始祖の呪いのこと?」

「なかなか良い魔力をお持ちでしたので部下にして差し上げようと思ったのですがね。どうして解かれているのでしょうかね」


 直後に強烈な殺意が俺達を襲う。

 極寒に投げ出されたかのような凍えるような冷気が全身を包んだ。

 さらに濃密な魔力が男から放出される。


 アブリルは「こんな魔力、あり得るの?」と怯えた表情で後ずさりした。


 俺も冷や汗を流している。

 アンデッドキングですらこれほどの圧力を放ってはいなかった。これが悪魔。人の外見をしているだけの別種の生き物だ。


 フェリスもザインも同じく極度に緊張しているようだ。


「正直に申し上げますと来るのが早すぎます。もう少し後に来ていただけたなら最高のサプライズを体験させられたのですけど。困りますね。予定外のことをされると」

「訊かせて貰うわよ。スライムを使って何をしようとしているのか」

「主の帰還を大々的にアピールするためですよ。式典の前には前夜祭がつきもの。これはその準備です。ああ、何をするかというご質問でしたね。もちろん――」


「――町にいる人間共をスライムの餌にする催しですよ」


 その時が待ちきれないとばかりに男はうずうずした様子であった。

 胸に手を当て「絶望する声が早く訊きたい。きっと素敵な表情をしてくれるのでしょうね」などとおよそまともな感覚ではない言葉を漏らす。


 男の足下では巨大スライムが今もぼこぼこ通常スライムを生み続けている。


 アブリルは絶句しておりモノを話せる状態ではない。

 代わりにと俺が一歩前に出て挙手をした。


 この先どう転ぶかはまだ不明だ。今は後のことを考えて情報を引き出すのが先決だと判断した。


「そこにいるスライムを使って町を襲わせたいのは理解した。あんたは主の帰還と言ったな。主というのは誰なんだ」

「もちろん私ですよ。かつてこの地は私の領地でした。人も物も全てが私の所有物だったのです。しかし、しばらく眠っている間にあの頃の風景は見る影もなくなっていました。その上まるで自分達が主人のように、人間共が我が物顔で歩いているではないですか。いささかショックでしたよ。私の名と顔すら伝わっていなかったことには」

「今まで寝ていた? どこに?」

「申し訳ありませんがその質問には黙秘させていただきます。強引に情報を引き出そうとするのは悪手ですよ、()()()()。相手を気持ちよくさせて喋らせなければ」


 こいつ、俺を魔術師と誤認しているのか?

 短杖からして付与士だとわかりそうなものだが。

 付与士がいない時代から来たとでもいうのか。

 だとすれば相当永く眠っていたと考えられる。


 それはそうと、この悪魔話したくてしかたがないのだろうな。

 情報を引き出すためにもここは乗ってやるか。


「準備にずぶんと時間がかかったんじゃないのか」

「時間はかかりました。しかし、それがいいのです。手ずからスライムを厳選し与える餌にもこわだわりにこだわった。ある程度成長すると捕らえた冒険者と戦わせ戦闘経験も積ませた。それだけではありません。各種薬品も投与しようやくここまでたどり着いたのです」

「悪魔は凝り性と文献にありますが、どうやら事実だったようですね」

「その情報は正しい。我々悪魔は常に興味のある物に夢中になる質です。習性といえば良いのでしょうか。ところで、私とおしゃべりに興じていてかまわないのですかね。刻一刻と私のスライムは増殖し続けていますよ?」


 スライムはスピードを落とすことなく増え続けている。

 だがまだフェリスの炎で焼き殺せる数だ。


 いや、待て。悪魔のあの余裕はなんだ。

 あいつは言ったよな。

 もう少し後に来ていただけたなら最高のサプライズになったと。

 すでに準備が完了している……?


「気づいたようですね。私は時間稼ぎをしていたわけではありません。純粋にあなた方の会話に付き合ってあげていただけなんですよ。最高とはいきませんが、前夜祭の始まりです」

「まさか――!」


 湖がうごめく。

 水しぶきを上げて飛び出したのは膨大な数のスライムであった。

 それらは大蛇のごとく宙をぐねぐねとうねり、出口を求めて彷徨っていた。


 なんて数だ。あんなものが地上に出たら町を飲み込んでしまうぞ。


「あれをここから出すな! 留めるんだ!!」

「私の炎で焼き尽くします」

「じょ、浄化かあぁああああああ」

「私のアンブレラを壊させやしない!」


「無駄ですよ。手遅れです」


 スライムの大群は天井付近に出口を見つけ勢いのまま突っ込んだ。

 フェリスが炎撃、アブリルが風の攻撃魔法を直撃させるも、大蛇の胴体は瞬く間に再生しついに全てが出口から出て行ってしまった。

 残るのは今もスライムを生み出し続けている母体だけだ。


「ここまで来てくださったプレゼントです。ソレはあげますよ。どうぞご自由に」

「ふざけるなぁ! 悪魔が! ウィンドブラスト!!」

「マジックプロテクション」


 アブリルの上位魔術がたった一枚の防御壁で防がれる。

 杖を構えたままアブリルは目を見開き絶望を目の当たりにしたように固まっていた。

 恐らく今のは彼女の持ち物で最強の攻撃魔術だったのだろう。それがたった一枚の盾でたやすく防がれたのだ。

 元A級の上位攻撃魔法がたった一枚の盾で。


「やはり眷属にできなかったのは惜しかったですね。どうですか。今からでも私の眷属になるというのは。興味がある内は生かしておいてあげますよ。私は有能で寛大な悪魔ですからね」

「ぐっ、死んでもいやよ。誰があんたなんかに」

「そうですか。残念です」


 ふわりと悪魔の足が浮き上がり噴水から離れる。

 魔力で行っているのか羽ばたきもせず浮遊していた。


「一足早く地上に戻らせていただきます。前夜祭を楽しまないといけませんからね。それでは失礼」

「待て! くそっ」


 悪魔は転移してその場から消えた。


(転移までできるのかよ。どうする。すぐに地上に戻りたいが、あのスライムを放置はできない。やるしかないか)


 俺は短杖を構える。

 呆然とするアブリルに「しっかりしろ。このまま町が崩壊するのを眺めているつもりか」と発破を掛けた。


「つっ……指示を出して。絶対に町を守るわ」

「目標はマザースライム。時間は掛けられない。俺が支援するから最短で仕留めろ」

「承知しました」

「ま、まま、まかせろぉおお」


 魔王になる前に倒さなければ。



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