30話 頼むから言い訳くらいはさせてくれ
町の至る所を走る水路。
鏡のような水面を小舟が滑るように進む。
見上げた両側には建物が壁のようにそびえ、二階の窓で洗濯物を干す、泣きぼくろのある色気たっぷりの人妻らしき姿があった。
船頭は櫂で船を操り向かいからやってくる船を器用に避ける。
「おお、おおおおおおおおおおおおおぉ」
「楽しいか?」
「たのしぃいいい」
ずいっと近づいてきて片目が凝視。
目薬のおかげか充血しておらず潤っていた。
魔術師ちゃんに良い目薬を貰ったんだな。
振り返ると、後を付いてくる小舟に新人ちゃん達が乗っていた。
「ほらね、絶対楽しいって言ったでしょ」
「アカネちゃんそれ三回目。でも本当にそう、素敵」
「あそこの魚、ベルっぽい」
「あ、ほんとだ!」
「どういうこと!? 私、魚に似てるってこと!?」
怒り始めた魔術師ちゃんが暴れ小舟が揺れている。
どこに行っても騒がしい奴らだ。
小舟はしばらく進み、目的地の岸へと接岸する。
新人ちゃん達が一足早く陸に上がり「こっちこっち」と一軒のカフェを案内した。
水路を間近で眺めることができるテラス席のある小さな店だ。
看板には『銀の小舟』と書かれ、俺は立ち止まってしばし眺める。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。五名です」
「おや、先日はどうも。どうぞお好きな席へ」
新人ちゃん達が、良い店を知っているというから案内して貰ったのだ。
数人の客がいるだけの静かな店内。
テラス席へ移動した俺達はそれぞれ好きな席に座る。
「なんで二人とも俺の横に座りたがるんだよ」
「先生の、横をゲット」
「ラ、ララ、ラックスの、横は、おちつくぅうう」
そうですか。じゃあどうぞお好きに。
右足が義足の男性店主が注文を取りに来る。
「ご注文はいかがいたしますか」
「血を」
「え!? ウチには血なんて在りませんけど!?」
ぎょっとする店主に「足を回復してやろうかって訊いているんだよ」と通訳してやった。
「お客様は回復師さんなのでしょうか。ですが、無理だと思いますよ。時間が経ちすぎているんで。お気遣い感謝します。お優しいお心をお持ちなのですね」
「回復、できなぁいいいい、ごめぇん」
「お気になさらず。そうだ、当店自慢のパフェはいかがですか。フルーツたっぷりで美味しいですよ」
パフェ……甘いのは嫌いじゃないけどそんなにはいらないかな。
可愛いデザートってのも二十三の男にはきついしさ。
メニュー表を剣士ちゃんから受け取り目を通す。
値段は比較的低めに設定されている。お勧めは店主の言うパフェだ。
これめちゃくちゃ甘いんだよな。
パンケーキ辺りが無難かな。
それからお茶。
新人ちゃん達が声をそろえて注文する。
ザインも注文し、俺はパンケーキとお茶を注文した。
しばらくして運ばれてきたパフェは、ガラスの容器に入った視覚でも楽しめるカラフルなデザートであった。目の前にしただけで新人ちゃん達ははしゃぐ。
「ん~、甘くて最高!」
「きっとこれを食べるために私は学院を出てきたに違いありません」
「極上、120点」
「お、お、お、おぃしぃ……」
え。
俺だけでなく全員がザインを見た。
なんだいまの。本当にザインの声なのか。
小さくて可愛い声だったぞ。
店主は「ごゆっくり」と言って店の奥へと下がった。
俺はお茶を飲みながら風景を眺める。
「アンブレラに来て良かったね。経験も積めてお金も手に入って、パフェの美味しいお洒落なカフェも見つけられたんだから」
「うん、アカネの英断」
「貯めたお金で何を買いますか。アカネちゃんの装備を強化するのもいいですよね」
「あたしは頑丈だから後回しで問題なし。先にベルの装備かリノアの装備を新調すべきだよ」
「だめだよアカネちゃん。前衛のアタッカーは一番危険にさらされるんだから、武器も防具も一番良いのをそろえておくべきだよ」
「そう、ベルの言うとおり」
剣士ちゃんは二人に説得され「そうしますぅ」と意気消沈する。
その間に俺は腰のマジックストレージからとある包みを取り出しザインに渡した。
受け取ったザインはこくりと頷く。
昨日の夕方、彼が悩みに悩んで買った物だ。
俺は女物についてはまるでさっぱりだが、それでも良い品だと思う。
「ベ、ベル、これ」
「包み? もしかして私に?」
「目薬、お、おお、お礼」
「開けてもかまいませんか?」
「うん」
包みを開けた魔術師ちゃんは表情を明るくする。
取り出したそれは春に咲く黄色い花を模した飾りだった。
彼女は淵の広いとんがり帽子をはずし、飾りを帽子につける。
立ち上がるとその場でくるりと回転し笑顔を浮かべた。
「す、すごく、似合ってるぅ」
「素敵な飾りありがとうございます!」
五人でたわいもない雑談をする。
小一時間ほど経ったので店を出ようとすると、剣士ちゃんがまとめて支払いを済ませてしまった。
店主に見送られ店を出る。
そこで突然、彼に呼び止められた。
「あの、記憶違いなら申し訳ないのですが、以前にも当店にお越しに来られたことがありますよね?」
「いや、初めてだ。誰かと間違えているんだろ」
「そうでしたか。申し訳ございません。どうぞお気をつけて」
気の良い店主は微笑む。
俺は彼に軽く手で別れの挨拶をして、先で待つ四人を追いかけた。
◇
日が傾き始めた頃。
新人ちゃん達と宿の前で別れ、俺とザインは町の噴水で人を待っていた。
「来たな」
金糸のようなブロンドの髪をふわりと浮かせながら、誰もが羨む美貌を隠しもせず、堂々とそれでいて美しい歩みでその人物はこちらへと向かってきていた。
すれ違う人々は足を止め見とれる。
彼女だけ周囲から切り離されたように空気感が違っていた。
俺を視界に入れた彼女はやや歩くスピードを速め、目の前で立ち止まると微笑みを浮かべた。
「遅くなってすみませんでした」
「予想よりずいぶん早い到着だよ。悪いな急に呼び出して」
「馬を飛ばしましたから。それで悪魔と戦うかもしれないというのは?」
「詳しい説明は宿でするよ。いや、それより食事の方がいいか」
「ほとんど何も食べていないのでその方がありがたいです」
本当は呼び出すつもりはなかったんだけどな。
申し訳ない気持ちである。
ただ、フェリスは怒っている雰囲気はない。
むしろ嬉しそうな印象すら受ける。
まさかワーカーホリックに?
ちゃんと休ませておくべきだったか??
「ところで呼び出しの時に伝えた”あれ”は?」
「やっておきましたよ。ギルドマスターは嫌がっていましたけど」
よしよし。これで準備は整った。
保険はいくら掛けておいてもいいからな。
フェリスは俺の隣にいるザインに声をかける。
「ザインさんもお疲れ様でした。彼は変なことはしなかったですか?」
「こ、ここ、後輩を、視姦してたぁ」
「おい!」
「本当に困ったリーダーですね。こんな人は放っておいて食事にいきましょ。さ、ザインさん案内してください」
「わ、わかった」
「おーい! せめて言い訳ぐらいさせてくれ!」
俺を置いて二人はすたすた歩いて行く。




