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26話 ブラジャーがあれば目が行くものだ

 

 人影は速すぎず遅すぎず、先を行く。


 分かれ道が来る度に、立ち止まってこちらだと知らせるように待っていた。


 足は下へ下へと向かっている。景色は次第に変わり、苔がむした石造りの古い時代の層へと踏み入っていた。魔素が濃いのか至る所に結晶ができていて、暗闇の中をぼんやりと照らしている。


 魔素は瘴気とは異なり長時間浴びても問題はない。

 ただ、魔物を活性化させる効果があるので注意が必要だ。


「とりあえずついて行っているけど……ザインはどう思う? 今すぐ倒すべきかな?」

「……」

「ザイン?」

「わからなぁいぃ」


 珍しいな。アンデッドを視界に入れたら即浄化だったのに。

 この層に来てから大人しいしここには何かあるのか。


 俺もこの中層に来るのは初めてだ。


 アンブレラの地下ダンジョンは他と比べるとそれほど深くはない。

 その代わり複雑な構造から迷いやすく、あちこちガタが来ていて脆くなっている。

 不慮の事故が発生しやすい環境だ。

 魔物も独自進化したものが多くひと癖もふた癖もある種が多い印象だ。


「どわっ!?」


 足下の石の橋が崩れ落下する。その上に乗っていた俺も同じく落下。

 脆くなっていたところに俺が力強く踏みつけたもんだから壊れたのだと思われる。


「ラックスぅ!」

「頼む」


 ザインが腕を伸ばし俺の腕を掴んだ。

 彼は足場が悪い判断し、もう片方の腕を石の柱に巻き付けて保険を掛けておく。

 引き上げられた俺は座り込んで安堵した。


「サンキュウな。ザイン。助かったよ」

「仲間は助けるぅううう」

「うん。近い近い」


 ずいいっ、と触れそうなほど顔を接近させるザインに真顔で応じる。

 立ち上がって短杖を抜くと、じっと様子を窺う謎の赤い眼に先を向けた。


「今のはお前の仕業か?」


 返事はない。フードの何者かはただじっと観察していた。

 肯定の沈黙……という感じはしない。いや、俺の勘なんだけどね。それに罠を張るならもっと殺意の高い仕掛けを施すはずだ。やはりたまたま脆くなった箇所を踏み抜いたと考える方が自然な気がする。


 なによりあいつからは殺気を感じない。


 なぜ攻撃をしてこないのか。

 どこへ案内したいのか。

 目的は何なのか。

 その辺りを知るまでは始末するのは後回しでもいい。

 前回のアンデッドキングの件もある。人が記憶を引き継いだままアンデッドになるなんて訊いたことがない。とはいえ前例がある以上はあれも同類の可能性はゼロではない。


 フードをかぶった人物は背を向け再び駆けだした。



 ◇



 フードの人は中層のさらに奥に案内する。

 入り組んだ迷路のような通路を抜けとある扉の前で立ち止まった。


 扉は明るい色の木製で、比較的新しく最近設置されたような印象を受けた。


 フードの人は扉を開けて『入れ』と言いたそうにこちらを見つめる。

 俺とザインは一度だけ見合って頷く。

 とりあえずなぜ招いたのか気になるし大人しく従うことにした。


「マジかよ。普通の依頼だとばかり考えていたんだがなぁ」


 扉の向こうには小さな部屋があって、ベッドや積み重ねられた本、テーブルに椅子など、生活感丸出しの光景があった。張られたロープにはブラジャーがぶら下げられ、俺はしばらく凝視する。


「ようこそ名称未定(アンノウン)のお二人様」


 部屋の中には女性がいた。

 ギルドで受付をしていた女性だ。


「グルだったってことか」

「騙して申し訳ございません」


「彼女は何も悪くないわ。全て私が決めたことよ」


 遅れてフードの人が部屋の中へ入る。


 フードの人は、はっとしたように慌ててブラジャーをロープからつかみ取り、部屋の隅にある籠へ投げ入れた。

 それからフードを取ったその人物は、俺達へ赤い瞳を向けた。


「待ちわびたわ。名称未定(アンノウン)


 ブロンドの長髪を後頭部で丸めるように結った女性。

 その耳は長く一目でエルフであると判別できた。

 しかし、エルフにはあり得ない赤く妖しく光る両目と鋭く尖った犬歯に、俺もザインもしばし言葉を失った。


「ヴァンパイア化、しているのか?」

「噛まれてはいないわ。似た呪いね。自己紹介がまだだったわね。私はアンブレラギルドのギルドマスターであり依頼者の【アブリル・リース】よ」


 ギルドマスター!?

 おぉおおおい、アンデッド退治をしたら終わる依頼じゃなかったのかよぉお!!

 なんでギルドマスターが呪いを受けた姿で出てくるんだよ!!


 嫌な予感がする。 


「よし、帰ろう」

「待ってください! せめてお話しだけでも!」


 くるりと反転し出口へ向かおうとしたが、女性職員が素早く回り込み逃がさないと行く手を遮る。


「もういいわ。諦めましょ。私はもういつ自害したっていいの」

「希望を捨てないでくださいギルドマスター! どうか彼女の呪いを解いてあげてください。アンデッドキングを圧倒したザインさんの聖魔術なら」

「わかったよ。話を聞くから落ち着いてくれ」

「じ、じがいぃ?」


 俺とザインは椅子に座る。

 テーブルを挟んだ向かいではアブリルと女性職員が座っていた。


「どうぞ」


 女性職員がお茶を出してくれる。

 まさかダンジョンの中にある部屋でお茶を飲むとは思わなかったな。


「どこから話せば良いかしら。まずは依頼を出した理由を説明すべきかしら」

「ヴァンパイアではないんだな?」

「そうでもありそうじゃない。私が受けたのは呪いであり、子々孫々まで受け継がれる始祖の呪いよ。つまりヴァンパイアの始祖になりかかっているの」

「どうしてわかる」

「これをかけた男がそう言っていたの」


 彼女は続ける。


「私が出した依頼はアンデッドを討伐して貰いたい。アンデッドとは私のことよ。間もなく私は人ではなくなり魔物になる。理性は残るかもしれないけど二度と陽の下には出られないし、浅ましく血を啜りながら生きるしかなくなるわ。そんなのはご免よ。だからその前に人として死ぬつもりなの」

「違います。ザインさんに解呪していただく為にお呼びしたんです。きっと名称未定なら、ザインさんなら、アブリル様を苦しみから解放してくださいます」

「全員がさじを投げた呪いよ。解けるはずがない。貴方達はあくまで保険よ。この呪いは死ぬまで何があるか分からない。死んでも本当のアンデッドとして蘇るかもしれない。私は元A級、本気で暴れたらこの子では手に負えないわ」

「諦めないでください。アブリル様」


 頬杖を突く俺は二人の会話をただ訊いている。

 ザインも暇すぎてうとうとしていた。


「ギルドの皆、アブリル様が戻ってくるのを待っているんです」

「貴方達は諦めがわる――うっ!?」


 口を押さえたアブリルが立ち上がる。

 かと思えば部屋を出て行く。


「まさか吸血衝動が!? だってついさっき飲んだばかり――」

「追うぞ。ザイン」

「解呪ぅううううううう!」


 俺とザインも立ち上がり出口へと向かう。


「ギルドマスターを、アブリル様をどうか助けてください」


 ザインと共にアブリルの背中を追う。


 はぁぁ、いつもこうだ。

 なんでウチには面倒な依頼しかこないだろう。


 彼女は行き止まりとなった部屋で立ち止まった。


「ぐるるる」


 振り返ったアブリルは犬歯を剥き出しにして吠える。

 理性が残るね。

 それすら疑わしい。



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