25話 確かに俺は腐ったものを食べるかもしれない
地下水道へは町のどこからでも入ることができる。
遺跡の上に建っているこの町は、石畳を剥がすと至る所に水道へ入る道があるのだ。
「本当にアンデッドなんているのかよ。今のところ一度も遭遇していないぞ」
「浄化したぃい……」
真横を大量の水が流れる地下水道。
俺とザインは依頼者がギルドに預けたメモを頼りに、ギルド裏にある路地から地下に降りて目的の場所へと向かっていた。
メモにはこうある。
『地下三階にて強力なスケルトンウィザードが徘徊している。名称未定にはこれを退治して貰いたい』
詳細と言うには情報が少なすぎる。
これだけで倒してこいなんて冒険者舐めてるのか。アブリルってのがどんな奴かは知らないが直接会ったら文句の一つでも言っておきたい。
ぱたりと足を止める。
振り返ると、先ほど曲がった角で三つの顔が慌てて引っ込んだ。
ぽりぽりと頭を掻いて嘆息する。
やれやれ。好奇心は猫を殺すって知らないのかね。
自身に『速度強化』を付与し、先ほどの曲がり角まで一気に戻る。
「こら! なに勝手についてきてんだ!」
「「ひゃぁ!?」」
「……見つかってしまった」
突然現れた俺に剣士ちゃんと魔術師ちゃんは悲鳴をあげる。対照的にシーフちゃんは二人と比べて反応は薄いが、僅かに口角を上げてどことなく嬉しそうだった。
宿に向かわせたはずだがなぜここにいるのだろうか。
少なくともギルドに入った時点でつけられている感じはなかった。ギルドを出たところでつけられた可能性が高いかな。まぁこいつらが何か薄暗い目的があって追いかけていたとは考えづらい。どうせS級の依頼内容が気になった剣士ちゃんがこっそり見学しようって言い出したんだろ。
「ぐ、偶然だね。あたし達もスライム退治の前の下見っていうか、肩慣らしって言うか、地下水道ってどんなところかなぁって見に来たんだよ」
「マッピングもせずに?」
「はうっ!? それは!」
見つけられた際の言い訳を考えていなかったようだ。
言葉が出なくなった剣士ちゃんに代わり魔術師ちゃんが割って入った。
「冒険者の憧れであるS級のお仕事が、どのようなものなのか知りたくて黙ってつけていました。すみませんでした。アカネちゃんは悪くありません。私が、提案し二人をここまで引っ張ってきてしまいました」
「別に怒っているわけじゃない。つけるならバレないようにつけるべきなのと、あと、ここがダンジョンだって自覚が足りない。どんな状況でもマッピングをしろ。戦闘に備えて武器は抜いておけ。新人なら特に」
「やっぱり、怒ってる」
シーフちゃんの指摘に閉口する。
なに熱くなってんだ俺は。
こいつらだって冒険者の端くれだ。自衛くらいできるだろ。
たくっ、こいつらといると調子狂うな。
『*****様、僕は貴方の盾になれたでしょうか?』
俺の腕の中で息絶える少年。
なぜか幸せそうな顔に俺は動揺し視界が揺れる。
「うっ」
過去の光景がフラッシュバックした。
かつて握っていた柄の感触が思い出され右手が震える。
「だ、大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」
「あ、ああ、ちょっと気分が悪くなっただけだ」
心配した魔術師ちゃんが声をかけてくれる。
だが、シーフちゃんは無表情で見当はずれな予想をだした。
「腐った物でも、食べた?」
「……は?」
「先生は、賞味期限を気にしないタイプ」
「ぷっ、ぶははは。確かに俺は気にしないな」
何が面白かったのか自分でもよく分からない。
ただ、こいつのどうでもいい言葉がどうでも良くしてくれた。
感謝の意味を込めて頭を撫でると「ん」とシーフちゃんは僅かに口角を上げた。
「この辺りはまだ初級向けだったな。とりあえず同行は許可してやる。ただし中級向けの階層に入ったら大人しく引き返せ。いいな」
「やった、じゃあラックスさんにサポートしてもらえるね!」
「ちょっと待って、まさかとは思うけど実はそっちが目的だったのか?」
「な、なんのことかな。あたし達は尊敬する先輩の後を追いかけてここまで来ただけだけど」
「意外に策士じゃないか。わかったよ、サポートしてやるからついでにスライムを狩れ」
三人は笑顔で飛び跳ねた。
先輩を使うなんてなかなか期待できる新人じゃないか。
あとで仕返しに食い切れないほど夕食を食わせてやるからな。覚えてろ。
「ラ、ララ、ラックス。なぜこなぁい」
「悪い」
待たされていたザインが、触れそうなほど顔を近づけて怒りをあらわにした。
◇
剣士ちゃんの剣がスライムを核石ごと切断する。
しかし、地下水道には次から次へとスライムが現れキリがない。
「下がってアカネちゃん」
「うん」
「たゆたう大気、集う風、我が望みに応え刃で敵を切り裂け、ウィンドファング!」
地下水道に激しい風が発生し、スライム達を飲み込み切り刻む。
風系統中位の攻撃魔術だ。
本当に優秀だな。あの歳で別系統の中位を使えるなんて。
スライムを片付けたところで水際から鈍重な体躯の魔物が顔を出し、緩慢な足運びで陸へと上がってくる。全長四メートルはあろうそれは、鋭い牙がずらりと並んだ大口を開けて威嚇する。
デスアリゲーターだ。
硬い表皮は剣を弾きその顎は鋼鉄をかみ砕く。
あれでまだ大人になりきれていない子供。永く生きたデスアリゲーターはドラゴンと縄張り争いをするほど強い。
「付与する。アカネ、やれる?」
「もちろんよ。あたしに任せて!」
シーフちゃんが指で魔術文字を描く。
付与術は短杖がなくとも使用可能だ。俺が使用しているのは速記しやすいことと咄嗟に攻撃を防ぐ道具としての理由があるからだ。あとは俺の中のONOFFの意味合いもある。剣士が剣を抜く意味と同じだ。
『肉体保護』を付与された剣士ちゃんは、デスアリゲーターが放った水球をひらりと躱し、振られた尻尾も危なげなく防御姿勢で受け止める。
耐えきった彼女は、隙ができたデスアリゲーターの眼へ剣を突き立てた。
表皮を貫けないと予想して視界を潰すことに切り替えたのか。
上手くいけば脳を破壊し絶命させることもできる。想定していたのかアドリブなのかどちらにしろ賢い。
「こんのっ、大人しくしろ!!」
デスアリゲーターは激しく暴れ、剣士ちゃんはさらに剣を深く突き込んだ。
刃が脳まで届いたようだ。魔物は動きを止めぐったりと脱力した。
「やったねアカネちゃん!」
「ナイス、ファイト」
「リノアの付与があったおかげだよ。その前のスライムを片付けてくれてなかったらヤバかったし、ベルのおてがらでもあるね」
はしゃぐ三人をザインはじっと見つめていた。
羨ましいのかな。ウチじゃあんな雰囲気はないから。
考えてみると名称未定では仲間を褒める場面が少ない気がする。お互い何ができるのかはある程度把握しているし、できて当たり前な空気はあるからなぁ。メンバーの向上心を刺激するのもリーダーの役割だしここは一つ。
「知っているかお前ら。ザインは腕が伸びるんだぞ」
「うそ! 本当なんですかザインさん!?」
「じ、じじ、事実。見たいかぁ?」
「「「見たい!!」」」
お、ザインが嬉しそうだ。
俺も初めて知ったときはめちゃくちゃ驚いたからなぁ。
ザインは両腕を勢いよく伸ばし自身の身体にぐるぐるに巻き付けた。
その様子に三人は「お~~~!!」と歓喜の表情で拍手する。
しかし、どうやって伸ばしているのだろう。顔よりもそっちの方が気になる。
「ラ、ララ、ラックス」
「分かってる」
先で何かがこちらの様子を窺っている。
そいつはフードを深くかぶり外套で身体を隠していた。
うっすらとフードの奥が見える。
赤い光を宿した瞳が妖しく輝いている。
もしやあれが依頼のアンデッド?
そいつは逃走する。
まるで誘っているかのようにだ。
「お前らはここで素材を回収しろ。俺達はあれを追う」
「うん。先生、気をつけて」
俺とザインは地下水道の奥へと向かった。




